5月10日(風)ー①
ダンジョンの話にする?
幼馴染と久しぶりに出会ったことと、怪しい眼鏡の先輩に会ったのを最後に、私の日常は変わることなく続いている。
殿下の相手に疲れながら、日々
殿下と聖女の護衛についてはファルジュと協力し、たまに何かを企む生徒を懲らしめながら問題なく続けている。
それ以外だと、月に一度、礼儀作法のテストのために開催される夜会に参加したのだが、私がセシリアのことをいじめて、それに殿下が反抗するといういつもの流れをなぞるのみ。
ランスのことを探してみたが何故か参加してなかったし、美味しい料理以外は特に見どころのないイベントであった。
などと
入学から一か月以上が経ち、生徒たちも学園生活も慣れてきた頃というのもあって、今月は大きなイベントとして一年生全体での野外訓練が予定されていた。
野外訓練とは、ある程度整備された自然に生徒を放り込み、与えられた任務をどのように達成するかによって生徒個人の練度とクラスの協調性を見るものである。
学園の
自然環境と言っても、普段から学園が管理している森である。訓練前にはさらに多くの人員を使い危険が排除され、安全に配慮したうえで行われる。だとしても、様々な人間の思惑が入り込む余地があるため、護衛としては心がすり減るイベントだ。
「というわけで来週我々のクラスは、学園から東にあるオーステンの森に向かうことになりました。森の生態系を調査し、そのレポートを提出してもらうのが主な任務となりますね。あとは、五人一組で一晩過ごせるよう野営の準備もしてもらいます。班の中で調査計画なども考えておいてくださいね」
朝、クラス教室に集められたフェルトクラスの我々は、先生から今回の野外訓練についての説明を受けていた。クラスメイトたちもいくつかの集団に分かれて座っており、楽しげな声をあげていた。
私の班は、私・サミュエル・セシリアと、クラスメイトとして潜入している護衛のカーパータ、ミーレスの男性三名女性二名で行動することになった。
護衛はもちろんこちらの手回しの結果だが、セシリアを引っ張ってきたのは殿下だ。なんでも私と特待生が仲直りできるように、とのことだが、そこに下心があるのは想像に難くない。
「今日は訓練の準備のために街に出てもらいます。学園の購買では足りないものもありますからね。食料などの必要最低限のものは学園側で用意しますが、各自で必要だと考えるものは自分の手で調達してください。もちろんその内容も評価されますので、成績も野営も真面目に取り組んでくださいね」
そこでフェルトは言葉を区切り、どこからか取り出した硬貨の詰まった袋をドンと教卓の上に置く。
「予算はここに。1班3000ダラー、平民がひと月裕福に過ごせるくらいですが、貴族の皆さんからすると少ないですかね。まあ、訓練だと思って受け入れて下さい」
その内容にクラスメイト達が、主に殿下が驚いているが、平民がひと月暮らすのに必要な金額が1000ダラー程度。分隊規模が二日活動すると考えれば十分だし、食料費や移動費もかからないとなると多すぎるくらいだ。
さらには、この程度の予算のやりくりができないようだと、貴族としても王族としてもまずいだろう。将来軍事に関わる身からすれば、金に苦しむこと(普段と比べてだが)という貴重な経験できるのは喜ぶべきことであろう。研究職を目指す子は、まあ、うん。頑張って。
最悪何も用意できなかったとしても、流石に学園も王族を地べたに寝かすことはないだろうし、紅茶や湯あみを楽しめない程度だと考えておけばいいだろう。
「ああ、何かしら使い慣れているものを持ち込むことは問題ないですよ。ですが、『家のベットでないと寝れない』『虫がいるなんてあり得ない』などと、甘ったれたことを言うようなら、どうなるかお分かりですよね?」
そう言い放った先生の顔はさっきと変わらない笑顔なのに全く違うように見え、先ほどまで楽しげだったクラスのみんなも、すっかり静かになってしまった。
しばらくの間、先生の説明だけが教室内に響く。
しかしさすがは貴族の連座。先生が説明を終わる頃には全員が嫌がるような様子を収めて、覚悟を決めた表情をしていた。
「では何か質問はありますか?」
その声にみんな顔を見合わせた後、一人の生徒がおずおずと手を上げる。
「あの、先生。この指輪は思い入れのあるものなんですが、持って行っても……」
「これは野外訓練ですよ?本当に必要なのであれば、私は何も言いませんがね」
生徒の一人があげた声はさらに迫力を増した先生の笑顔によって封じられた。しかし、先生の言い方から察するに、必要と言い張れば何でも持っていけそうな予感がするのだが……。
それ以降質問が出ることもなく、各班、予算をどう使うか、調査対象はどうするのかの相談が始まった。
我々五人も向かい合い、訓練に向けて相談を開始した。
最初こそ真面目なものであったが、その最中にも、殿下が議論を引っ掻き回していく。
いや、殿下。野営訓練でフルコースを食べ始める軍人がどこにいますか……。
「わあ……。こんな大きなお店、始めてきました!」
私たち五人は今、ネドルモール商店を訪れていた。もちろんルーシーの家族に会いに来たわけではなく、野外訓練に必要なものを調達するためだ。
あの後殿下にこの訓練の目的を伝え、なんとか了承を得たうえでここを訪れた。普段王族として扱うなと言うくせに、こういう時には世間知らずを発揮するのだから本当に頭にくる。
皆で相談して決めた必要なものは主に五つ。テント、リュック、携帯調理器具、採取器具、応急セット。
それらを入手した上で余りがあれば、汚れを拭ったり寝床の嵩増しなど色々使える綺麗な布や丈夫な縄なんかを購入しようと相談していた。動きやすい服と着替えも必要になるが、これは流石に自費で用意して問題ないだろう。
そう考えて、何でも揃うと民衆も認めるこの店を訪れたのだが、問題が一つ。
「これ、お金足りますかね……」
そう、予算が足りないのだ。ネドルモール商店は貴族になるだけあり上流階級向けの店なのだ。さらに言えば、この品々は訓練で使うにはいささか美麗に過ぎた。
「そうね……。まとめて済めばと思ってここに来たけど、品が良い分値段も高くなってるから。でもここでダメとなると、お店を知らないわね……」
ここで、貴族である弊害が出た。店の場所を知っているのはほとんどが高級店で、この店よりも金がかかる可能性だってあった。さらに言えば、家の使用人が使う消耗品なども、トルペロート
どうしようかと悩んでいると、セシリアが何かを言いたげに指を突き合わせていた。
「どうかしたの?ここには私とユーティしかいないのだし、緊張しないでいいのよ?」
「あ、その。私、お店知ってます……」
「いいじゃない。私はなにも気にしないから教えてちょうだい。良し悪しはこの目で判断すればいいんだから」
「でも、そうするとシャロット様の【悪役令嬢】にとってまずいのかなと……」
そのセシリアの言葉には納得しかなかった。悪役令嬢であれば仲の良い友人に誘われてもそんなところ行かないだろうし、セシリアと二人きりなんてもっとない。もしやるのであれば、色々対策が必要だろう。
と、そこで一つ、妙案を思いついた。これはもしかして、殿下と聖女の仲をさらに進めさせるチャンスなのでは?
そうと決まれば話は早い。ここで二人きりに、いや護衛は必要だが、私のいない空間を作ることが出来れば、勇者と聖女の
少しの間考え込んで、セシリアに向けて指示を出す。
「なら、あなたは私に追い出されたと言って、殿下と一緒にそのお店に行ってくれる?それなら私が嫌うポーズをとれるし、目利きはカーパータとミーレスの二人ができるはずよ」
「護衛のお二人ですね!彼らに守られていれば、殿下と同じ扱いをされてるようにも見えるし。……ですよね?」
私は出来のいい生徒を見るつもりで頷く。そう、セシリアにも教育の成果が見えてきて、この程度であれば理解してくれるようになった。
細かな振る舞いはまだまだだが、察する、ということができるようになったのは大きいだろう。
「じゃあ殿下に伝えてきてくれる?私はここで待っているから」
「わかりました!それでは、行ってきますね」
そう言ってセシリアは入口の方に駆けていく。途中、振り返って手を振ったり笑顔を向けてきたりして、それを見ただけでいくらでも待っていられる気がした。
ちょうど太陽が真上に昇る頃。近くのカフェで時間を潰してからお店に戻ると、ちょうど二人が護衛に荷物を持たせて戻ってくるところだった。
二人の手に軽食があるのを見ると、ずいぶんと楽しい時間を過ごしたようだ。
では、ここからは私の手番だ。
「殿下!一体どこに行っていたのですか!うちのものに探させても見つかりませんし、平民と二人きりなど……!」
セシリアの方には目もくれず、如何にも怒っていますというように殿下へ詰め寄る。
だが殿下はこちらの怒りなど気にせずに、買った品物を掲げ、笑顔を浮かべていた。
「喜べ、マーガレット!セシリアが必要なものを揃えてくれたぞ!内緒で行ったのは、まあ、すまん!」
「以前にも申し上げましたが、どんな理由があろうとも婚約者を放っておく理由にはならないでしょう!」
演技ではなく心の底からの怒りを込めてそう叫ぶと、それに対しても、殿下はニッと歯を見せて、その品物を見せつけてきた。
「だがこれを見れば、きっとお前も喜ぶはずだ!」
そう言って見せてきたのは確かに相談で決めた品々であったのだが、少々量がおかしかった。
リュックは人数分で正しい。だがこんな大きなテントを人数分用意しても仕方ないし、調理道具も料理する人間以外には必要ないものだ。もしかして、あのお金を全額使ったのか?
予備だと捉えれば困ることはないだろうが、余りで布や小皿などが欲しかったし、残った金額で学園からの評価が上がる可能性もあったのに。
痛みを訴える頭を抱え、いつも通り一つ溜息をついてから現実に目を向ける。
「……とりあえず、その荷物は学園に預けてきましょう。野外訓練用だと言えば、学園側で保管してくれるはずです」
そこでセシリアが目を合わせてきて、安心してください!というように自信満々で頷いていた。もしかして、セシリアの方でお金の管理をしてくれたのだろうか。
なんにせよ確認は必要ではあるが、彼女が殿下を制御出来ているのは、非常に喜ばしいことだった。
その後学園に戻り荷物を検める。予想した通り、品物が詰め込まれた袋の底には、綺麗な布や丈夫な縄、余った小銭などが詰められていた。きっとテントや調理器具は殿下への
確か近くに、以前ルーシーたちといったカフェがあったはず。そこでスイーツでも食べながら、セシリアを精一杯褒めたたえてあげなければと、口角が上がるのを確認しながらそう思った。
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