4月14日(火)ー①
翌日、
私は【実戦的魔術】という授業を受けるため、ここを訪れていた。
この授業はその名の通り、戦闘を前提として行われる。そしてその内容も生徒が悲鳴を上げるようなキツイものということを聞き、気になって受けに来たのだ。
「よし!では本日は、貴様らの実力を見るために実際に戦ってもらう!一対一の決闘方式。武器も魔術も自由に使え!」
そして軽く挨拶が済んだ矢先、先の説明が担当講師であるマルクスより告げられた。ルーシーから他の講義と比べても、実戦魔術は少しおかしいと聞いていたが、話の通り初めから実戦をやるとは。
「運動場にも制限があるから、どうしても至近距離での戦闘となるが……。まあ安心しろ。危ないときには俺が止めるし、死ななければ学園専属の治癒士が治してくれる!」
マルクスは安心させたかったのだろうが、その言葉は生徒たちをさらに混乱させるのみであった。もちろん、全員が貴族として訓練を受けてはいるのだろうが、死を意識せねばならないレベルはよほどの家でなければやらないだろう。まあ、リコリスネーロ家はそのよほどの家なのだが。
だがだからこそ、とマルクスが腕を振り上げ熱弁する。
「そこまでしなくとも、という意見ももちろんわかる。だがな、貴様らはこの学園に入った以上、真の意味で貴族として扱われる。そして貴族の役割とは、戦いの矢面に立ち、民に害を為す者どもを滅すること!」
彼の言い分は正しい。だがだとしても、ただの生徒たちから納得が得られるかと言えば、そう簡単にはいかなかった。
熱血と言えば聞こえはいいが、それも行き過ぎればただ迷惑なだけで、なんとなく彼に殿下と似た雰囲気を感じた。
「平和な時代とは言え、盗賊や魔物への対処で命を失う者も少なくない。だが、このマルクス・ヴィルフォルムはその終わりを否定する!例え地獄に落ちることになろうが、その地獄で生き抜けるよう、お前らを鍛え上げてやる!」
握りしめた拳を天に突き上げ叫ぶ姿は、どこぞの世紀末覇王のような気迫を感じた。言ってることはいいことなんだけどなあ。
生徒の一人が疑問の声を上げても、彼の答えは変わらなかった。
「えーと、つまりそれは……」
「授業の内容を変えるつもりは毛頭ない!」
もうこの人のことがだいぶ分かった。善い人間ではあるんだろうけど、見た目通り脳が筋肉なんだ。
「なんなら、一度死にかけておくのもいいぞ!戦場に出ればそんなこと珍しくないだろうからな!」
笑いながらそう告げる彼に驚きつつも、命のやり取り《そういうこと》に慣れている私は、周りの生徒が戸惑っている間に訓練の相手を探す。
訓練用の短剣の振り心地を確かめながら、女の私にも気を使わない相手がいないかものかと辺りを見回していく。同じ女性であれば気を使う必要もないだろうが、残念なことにこの授業に参加している女子は私一人だけであった。
他の生徒もようやく動き出した頃、マルクスが忘れていたと、更なる爆弾を投げつけてくる。
「あ、こちらで手を抜いていると判断したものは学園の外縁を一周、身体強化無しで走ってきてもらうからそのつもりでな」
その言葉に、生徒たちの顔が青ざめていく。学園の面積が、確か33㎢。その外縁を身体強化無しで?
それは何としても避けなければ。できるかできないかで言えば出来るだろうが、この小さな町のような学園を一周なんてのはさすがの私でもやりたくない。
マルクスの脅しを聴いて、慌てた生徒たちが次々に対戦相手が決めていく。私もいい相手がいないか見渡すと、その中に見知った顔を見つけることが出来た。
「ランス!私の相手をしなさいな。知り合いのがやりやすいでしょう」
「え?あ、メグ。僕は構わないけどさ、君がこの講義受ける意味ある?」
ランス・トルペロート。リコリスネーロの分家として、普段は後方支援や事前調査などを務めているトルペロート子爵家の次男。
幼い頃はよく遊んでいたのだが最近の交流は少なく、噂を聞く限りでは騎士団を目指して体を鍛え、現在はこの国の騎士の頂点、次代の筆頭騎士を期待される存在となっているらしい。記憶の中の彼はどこにでもいる怖がりな少年だったというのに、一体なにがあったのだろうか。
「身体を動かしたい気分だったのよ。でも流石に学園一周なんてやりたくないから、ランスがいてよかったわ」
「はぁ……。お手柔らかに頼むよ。いや、お世辞じゃなくね?君が本気を出したら、授業どころじゃなくなるから」
失礼な。そんな言い方だとまるで私が化け物みたいではないか。確かに子供の頃は遊びと称して、ランスに何度か宙を舞ってもらっていたが。言い訳をしておくと、私は師匠であるユーティの教えを守っていただけなのだ。曰く、男に容赦はいらないと。
相手をしたくないような口ぶりであったが、授業をさぼる気もないようで、ランスはこちらを向き構えをとった。
昔の彼は剣も魔術も私には勝てなかったが。さて、騎士団を目指してどう変わったのか。
「ふふ、勝てるといいですわね?泣き虫ランス」
「次それ言ったら黒歴史ノートをルーシーに渡すから」
「ちょっと!それは忘れる約束でしょうが!」
言葉で戯れながら、私は短剣を、ランスは長剣を構え睨み合い、身体の内側に集中し、魔力を練り上げていく。
私とランスの間に流れる異様な雰囲気に気が付いたのか、いつの間にか周りには生徒が円を描くように集まり、遠巻きにこちらを観戦していた。マルクスも真面目にやるよう叱ってはいるが、その当人すら私たちに注目していた。
授業に参加している女生徒が私一人であるためか、こちらに向けられる視線はランスと比べて多いように感じる。悪役令嬢が戦うことは珍しいのかもしれないが、先ほどマルクスが言っていたように貴族とは戦う者であり、その前提は女性であろうと適用される。
私としても、戦いの場では淑女らしく振舞う必要がなく、すごく、楽しいのだ。
徐々に周りの音が消え、視界が目の前の獲物だけになっていく。
その空気を感じたのか、観客までも静まり返る。いや、私が無意識に周りの音をシャットアウトしているのか?
肌に感じる風が止んだのを合図に、身体強化を発動させる。同時、ランスが踏み込んできて、私も短剣を構え前に進む。
ガッ、キイィィン……。
大気まで揺らす激しい衝突音。しかし体格差もあって迫り合うことはできず、弾かれた勢いを利用して距離を取る。
後方に吹き飛びながら魔力を具現化していき、次の手を握る。
「強欲(マモン)!」「炎弾(ファイヤバレット)」
空いた空間へ互いに魔術を放ち、彼の火球を私の不完全な槍が相殺する。
炎か。確かにランスの魂の色は赤だった。ただ幼い頃は、怯えてこんな大きな火など出せていなかったのに、今は何事もなく戦えている。その事実に少しだけうれしくなった。
やはり、純粋な力比べはいい。それが歯応えのある相手ならばなおいい。
剣を打ち合うたび、魔術をぶつけ合うたびに、見知った顔が昔と比べてこれだけ強くなったのだと理解して、内側から歓喜の気持ちが湧いてくる。
のちにランスから指摘されたのだが、私は知らぬうちに笑顔を浮かべていたそうだ。
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