悪役令嬢マーガレットの迷走

九頭展

プロローグ-1

 マーガレット・リコリスブラックは悪役令嬢である。

 悪役令嬢とは読んで字のごとく、悪事を働いた令嬢である。

 彼女は蝶よ花よと育てられ、その美しい赤髪と侯爵家の娘として叩き込まれたまつりごとの知識を用いてあらゆる政敵を蹴落とし、国母の地位にまで迫ろうとしていた。

 そこまでならば貴族として正しいことだ。自身の求める姿を目指し、その障害を排除する。そしてそれは、自らの手で成さなければ一人前とは認められない。

 しかし彼女は護るべき民をも傷つけ、虐げ、搾り上げた血税をもって己が趣味に傾倒し、平和な領地にまで戦火を広げた。

 そうして彼女は貴族を名乗るに値しないと、婚約者であったはずの第二王子から直接、その地位を追われることになるのだ。


 とある日、とある館にて。王国の次代を担う若者たちを集めた晩餐会が開かれた。訪れる者は皆、婚約者や愛している者、信頼に足る者を侍らせ、会場に姿を露わした。だが第二王子は婚約者であるはずのマーガレットを選ばず、見知らぬ女性を連れて、マーガレットの前に立つ。

 そのことに、会場は少しざわつきを見せていた。

「あら、サミュエル様。ご機嫌麗しゅう。ところで何故私ではなく、我が妹と共にいるのか、説明していただけるのでしょうね?」

「……ああ、もちろんだ」

 向かい合う噂の令嬢と我らが国の第二王子。そして、王子の腕に抱かれた謎の美少女。三人の間に形成されたその異様な雰囲気は、従者を含め会場中の視線を集める。

 腕に抱かれた女性が不安そうに第二王子に目をやり、王子はそれに気付かぬままに口を開いた。

「マーガレット・リコリスブラック。貴様に婚約破棄を言い渡す!」

 いつのまにやら静寂に包まれていた会場がその言葉によって切り裂かれる。会場にいた全員は漏れなく、ついに来たかと息を飲んだ。

 だがなぜだろう。裁かれる立場であるはずの悪役令嬢は小さく笑みを。逆に王子は苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべる。

「どうして、私が婚約破棄など」

「分かっているだろう。お前は、俺の隣に立つべき者ではない」

「私はあなたに尽くしてきました。なのにどうして」

「そんなもの……。何の価値もありはしない」

「……後日、侯爵家から書状をお送りいたします。本日は、もう」

「そうか。ではな、マーガレット。もう会うことはないだろう」

 そうして会場は静寂に包まれたまま、王子は少女を連れて歩き出す。

「「ああ、ついに」」

 ほぼ同時に呟かれた二人の言葉を聴いたのは、ただ一人の少女のみであった―――


***

 剣と魔導の未だ残る異なる世界いせかい

 鉱人かねびとのように鉄を打てず、森人もりびとのように獣を従えず、改人あらびとのように異界の知識もない。

 それでもそれらを模倣して、今や世界一の国土を持つ徒人ただびとの国、アイリス聖王国。

 その王城の北側に作られた貴族街の、その北側に構えられたリコリスブラック侯爵家の館。その裏手の、貴族の庭には似合わない殺風景な訓練場で赤髪の女性が剣を構えていた。その姿は女性ながら、達人と見紛う雰囲気を纏っていた。


 己を鍛えることは、マーガレットにとって息をするのとほぼ同義であった。

 民を護る、己を護る。目的は数あれど、鍛えること自体を好いているのも事実であった。

 剣を構え、幼い頃から叩き込まれた型を幾度か繰り返し、今度は拳を構え、また型を繰り返す。途中、魔力を練り上げ、魔術を放つふりだけをする。訓練場だろうが、荒らすと片付けも自分でやる羽目になるからだ。

 この国の軍人でも、ここまで美しい型を舞えるのは珍しい。だが建国時から王家の護衛を務めてきたこの家の歴史を鑑みれば、出来て当然の事であった。母は幼い頃は嫌な顔をしていたが、淑女としても問題ないところを見せてやればすぐに黙った。

 そんなわけで、私は今日も自由に技を鍛えることが出来るのだ。

 幾度かそれを繰り返し、美しい髪にも汗が滴り始めた頃、父 ブランデンが一人の少女を連れて現れこう言った。

「マーガレット。この子は今日からこの家で暮らすことになる。これから仲良くね」

 そう父から告げられた後、私が真っ先に心配したのは父の身の安全であった。

「セシリアです!今日からお世話になります!」

 父から手を向けられた金髪碧眼の少女は大変純朴そうで、さらに言葉遣いなどから最近田舎から出て来たような、都会の恐ろしさを知らない子なのだろう。つまり……。

「父様、今回ばかりは庇い切れません。存分に母様に絞られてきてください」

「いや、違う。そうじゃない」

「そのセリフも一体何度目ですか。私はもう両親の修羅場など見たくありませんよ」

「それは本当に済まないが、今回ばかりは本当に違うよ!」

 必死に首を振る父からは視線を外し、隣に佇むセシリアと名乗った少女に目を向ける。すると彼女は一瞬肩を跳ねさせキョロキョロと目を泳がせた後に、フワリと人当たりの良い笑みを浮かべて見せた。

 父の言葉と彼女の顔色。そこに今まで何度も見て来た、経験の済んだ男女特有の熟れた雰囲気は見られなかった。

「……とにかく、こんなところでする話ではないでしょう。私も汗をかいておりますし」

「ああ、そうだね。じゃあ部屋にいるよ」

「分かりました」

 私の返答に父はニンマリと笑顔を浮かべ、そのまま背を向けセシリアを連れていく―――かと思いきや、途中で足を止めてまた話しかけてくる。

「あ、サミュエル殿下との婚約はなくなったからー」

「分かりました」

 父はその返答にも頷いて、今度こそセシリアのエスコートを始めた。


***

「……じゃ、ないでしょう!」

「ん?どうしたの、セシリアちゃん」

「いや、だって、さっきのはあまりにも……!」

 私、セシリアは、自分をここまで連れてきてくれた男性、ブランデンに、恥も人目も、これまでの恩も忘れて喚いていた。

 これまで北の寂れた村で、ただの平民として暮らしていた自分では想像もつかないような事情が貴族にはあるのだろう。だとしても、婚約というものはあんなに軽く流していいものではない。

 それは平民でも、いや、平民だからこそ理解していることであった。婚約で手に入る家同士の繋がり、村の中の立ち位置、そして次代へ血を繋ぐ事。それを護るのが夫婦で、さらに言えば婚約者なら、愛し合うものだろうという憤りがあった。

 自分が世間知らずで夢見がちだというのは理解してはいるが、それでもブランデンさんの言葉には文句しか浮かばなかったのだ。

 それに対しブランデンさんも、すべてを理解したような苦笑いで、私のようなただの平民に頭を下げ、そのくすんだ赤色のつむじを見せつけていた。

「申し訳ない。でも、世界はそう単純にはいかないんだ。……君にとってもね」

「私にとっても?」

「今はいいよ。マーガレットが来たら話すからさ、それまで僕と楽しくお茶でもどうかな?」

 そう言いながら顔を上げたブランデンの顔に私は何も言えなくなり、渋々彼の後をついて行った。……ちなみに、出されたお菓子は今まで食べたこともないくらい美味しかった。ブランデンさんは侍女らしき人に、仕事をしろと叱られていた。


***


「あ、マーガレット。もうそんなに経った……?それじゃあ、詳しい話をしようか」

「私に話をする前に、母様に弁明すべきでは?」

「だから違うし、カレンにはもう理解してもらってるよ」

 館に戻って髪と服装を整えた私を迎えたのは、書類に埋もれた父であった。セシリアの前にも手伝おうとした形跡があったが、少し前まで平民だった彼女に理解できる内容ではない。今はもう放心状態で菓子を齧るだけの機械となっていた。

 それを横目に見ながらセシリアの隣に座り、机に突っ伏しているブランデンに角砂糖を投げつける。だが、その角砂糖は頭に当たる前にそのまま父の口の中に消えていき、モゴモゴと動かされた後に再度口が開かれた。

「すべての始まりは、サミュエル殿下に勇者の証が見つかったことからだ」

 サミュエル・アイリスレーギア。このアイリス聖王国の第二王子で、もとより勇者だったと言われても不思議ではないほどの正義漢。剣の腕も最上級の教育と本人の資質もあって、この国の騎士団長から認められるほどであった。

「なるほど、それで婚約破棄ですか」

 私は幼少の頃に彼に一目惚れされ、婚約者として長い時間を過ごしてきた。今や楽には切れない縁となっているとは思っていたが、だというならば仕方がない。

 なにせ勇者という存在は、災厄を退ける者としてしっかりとこの王国の歴史に刻まれている、なのだ。その証拠に各地には、戦争終結の起因となった明らかに自然なものではない谷や一山ほどもある魔物を封じた要石などが石碑と共に残っており、今でも観光地として賑わいを見せている。

 だからこそ災厄も実在すると考えるべきで、であれば我々は最大限それに備える必要がある。私と殿下の婚約破棄もその一端だろう。

「その通りだよ。それに、別にいいでしょ?」

「ええ、元々ただの政略結婚でしたし」

 頷きながらハッキリと告げると、父は笑いながら天井を見上げて言った。

「うーん、ここまでハッキリ言われると、殿下が可哀そうになるなあ!」

「私としては、なぜそこまで好かれたのか理解できないんですもの」

「あの……」

 いつものやり取りに初めての声。いつの間にか再起動していたセシリアが割って入ってくる。同時に私たちが視線を向けたからか、初対面の時と同じように肩を跳ねさせていたが、目線だけはずっとこちらを見据えていた。

「どうしたの、セシリアちゃん。お菓子、おかわりいる?」

「いや、そうじゃなくって」

 慌てるセシリアを横目にブランデンはお菓子を口に放り込んで、咀嚼してからまた口を開いた。

「分かってるよ。何故こんなにもアッサリしてるのか、でしょ?」

「は、はい!その、貴族様からしたら普通なのかもしれませんが……」

 不安そうなセシリアに反してゆっくりとカップを啜ってからまたブランデンが口を開く。

「まあ、あり得ないことではないけど、普通というほどでもないよ」

「であれば!」

「さっきも言ったけど、そう単純にはいかないんだ。君が聖女であることも含めて、ね」

「聖女?彼女が?」

 私はその言葉に驚きを隠せなかった。

 聖女とは勇者に並び立つ伝説として来た物語だ。時に勇者の伴侶として、時に神の使いとして世界を救ったとされているが、こちらは勇者のような確固な証拠がなく、その存在自体疑問視されていたのだが……。

「間違いない。天教てんきょうの奴らも認めたし、その一端は僕も見せてもらった」

「本当ですか?なんとも信じ難いことですね」

「なんなら後で見せてもらえば?凄い、というより特異かな。とにかく、僕らの使う魔術とは根本から違うみたいだ」

 疑わし気にセシリアのことを眺めながら言うと、父も笑みを崩さずに返す。この父のことだ。それ以外にもそれを担保する情報はすでに確保したうえでの発言だろう。普段こそ女癖の悪いクズだが、こいつはこの国の諜報部の長を務めているのだから。

「えと、どうにもそうらしくて。昔から変なものが見えたり、何故か傷が癒せたりしたんですけど、まさか聖女だったとは……」

 セシリア自身も信じ切れていない様子で、その様子が逆に騙す意図はないのだと理解できる。これは、父のいたずらの線も消してよいだろう。

「とりあえずは信じましょう。では家に迎えるというのは?」

「名目上は素質ある平民の確保。真意は聖女の保護とだ。君にも姉として手伝ってもらうよ」

「微力を尽くします」

「この家で囲む意味は分かるね?彼女のことはくれぐれも内密にということだよ」

「子供扱いしないでください。それくらい理解しています」

「そうかい?じゃあ、よろしくね。我が家の天才様?」

「やめてください。子供の頃の妄言です」

 息を吐いてから紅茶を飲み、ちらりとセシリアの方を見る。互いに目を向けることもなく、サクサクと進んでいく内容についてこれなかったようで、彼女はすでに会話を諦め、小動物のごとくお菓子を食んでいた。

「報告は以上でしょうか?であれば、セシリアとも話してみたいのですが」

「それは夕食の時か、寝る前に頼む。これから彼女には部屋割りだったりマナーだったり、今日だけでも伝えることがたくさんあるからさ」

「でしたか……。ならまた訓練に「君にも、話しておくことがあるんだ」……わかりました」

「じゃあセシリアはユーユエ、このこわーい侍女長様について行ってね。ユーユエ、案内よろしく」

「承知いたしました、旦那様。まずは奥方様のところに行って、今日の事を報告してまいります」

「今日は何もしてないよね!?報告ってセシリアの事だよね!?」

 後ろに控えていたユーユエは何も言わずに微笑んでセシリアに立ち上がるよう促した。それを追うように私も父も立ち上がり、セシリアに向かって、努めて優しく微笑む。

「これからよろしくね、セシリアちゃん。本当の親子みたいに頼ってくれていいから!」

「セシリア、父に何かされたらすぐに私に知らせなさいな。すぐには難しいかもしれないけれど、姉と認めて貰えるよう私も頑張るから」

 するとセシリアもお手本のような笑顔を返して、こう言った。

「はい!不束者ですが、これからよろしくお願いしまひゅ!」



 二人きりになり静かになったで先ほどのふざけた様子を消したブランデンが静かに口を開いた。

「ここからは、我らの使命と君への依頼についてだよ」

「はい。父様」

 私も佇まいを直し、直立にてブランデンの話を聴き始めた。

「まず、彼女はこれから王都の魔導学院に入学させる。年齢も君と同じだしね」

「学院にですか?能力観察は我が家で行えばよいのでは」

 魔導学院はその名の通り魔術についての学習と研究を行う場として各地に広がっており、魔術士には貴族が多いことから貴族のマナーなども教えている巨大組織だ。その中でも王都のものは歴史も規模も最大であり、ここに入学できたこと自体がステータスになりえるレベルで会った。

 これから魔術士として暮らす以上、今のセシリアにはピッタリの場所かもしれないが、それでは彼女の保護という点が難しくなる。

 そう考えての事だったが、ブランデンは肩をすくめて笑いかけて来た。

「おいおい、君ともあろう者が忘れてしまっているのかい?」

「え?」

「聖女は勇者の伴侶とも呼ばれる存在だ。そして、語り継がれている物語はすべて、覚醒させていた」

 そう言われて初めて気付く。そして、貴族社会の残酷さに嫌気がさした。

「まさかあのような、今までただ平穏に暮らしてきた民を、勇者の旅路に駆り出そうというのですか?一体どれだけ過酷な旅路になるか!」

「必要があればそうする。それが貴族だよ」

 先ほどとは比べものにならないほど鋭い視線で、しかし口だけは変わらぬ弧を描いていることに、何度目かもわからない父への恐怖とこの世界への憤りを感じる。だが、今の自分ではどうしようもできないことも十分に理解していた。

「またいつもの道徳の授業かい?そういえば、サミュエル殿下も君に感化されてのことだったね」

「あれと一緒にしないでください。ただ、争いに関係ない人を巻き込むのが嫌なだけです」

「ははは!そんな嫌そうな顔をするものじゃないさ。あそこまでバカになれるなら、逆に感心できるだろう?」

「それが王族というのが問題なのですよ……」

 サミュエル殿下の正義は行き過ぎている。これは王国の貴族であれば全員知っている事実であった。正義漢には間違いないがその正義は自己中心的なもの。さらには周囲の空気も人の顔色も読めないと来た。私はその火消しに何度も駆り出され、何度も彼に進言したが聞き入れてもらえたことはない。

 父もそれは理解していて、だからこそ婚約破棄に対する私の態度にも突っ込んで来ないのだろう。

「じゃあ続きだ。知識と経験を得るためというのもあるが、本命はさっき言ったことの検証だ。勇者に聖女は必要なのか。聖女が勇者にどのような影響を与えるのか。そして何故、聖女は歴史に残らないのか」

 聖女についてわかっていることは少ない。なにせこれまで作り物としか思われていなかったのだ。それを確かめられるならば、今やっておく必要があるだろう。

「今まで創作でしかなかったものが実在する。ならば今確認できることは全て確かめる必要がある」

 ブランデンはそこで言葉を区切り、今まで以上にニッコリと笑みを浮かべて言い放つ。

「だから君には聖女の持つ【愛の力】をレポートしてほしい」

「あ、愛?」

 思わず聞き返すと、父は笑みをより深め、芝居がかった動作で答える。

「そう、愛」

 そして広げた両手を胸の前で組むと、詠うように語り始めた。

「古い文献にはこうあった。『愛する聖女の接吻を受け、勇者は凶星を切る光を得た』『愛する勇者の誓いを受け、聖女は輝星を生む光を得た』と。これがどういうことなのかははっきりとは分からない。でも察するに、攻撃と回復の極致なのかな?それがどんな現象なのか、ものすごくそそるじゃないか!」

 父が諜報部に入った理由は、今まで知りもしなかったものが知れるかららしい。それなら自分で研究すればと思うのだが、それではため、この道を選んだのだと。

「だから、勇者であるサミュエル殿下と聖女であるセシリアを引き合わせるのですね?」

 今も狂ったように口を動かし続ける父を現実に引き戻すために声を張り上げる。父もそこまでトリップしていなかったのか、すぐに真面目な顔に戻った。

「その通りだ。ただそこで問題があってね……」

「セシリアの格や教養でしょうか?サミュエル殿下は王太子ではありませんが、確かに見初みそめてもらうには少々時間がかかるかもしれませんね」

 父はそこで初めて肩を落とし何とも言いようがない表情で口を開いた。

「そうじゃなくて、君だよ」

「私がなんですか?婚約破棄なら決まったのでしょう?」

 そういうと父はため息をついて、子供に教えるように一つ一つ丁寧に質問を投げかけて来た。

「サミュエル殿下は君のことが好きだよね?」

「そうですね?」

「そんな君との婚約を破棄するわけだ」

「そうですね」

サミュエル殿下が素直に頷くと思う?」

「……あ」

 私は猛烈にこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。だが逃げても何も変わらないことも承知していた。

「婚約破棄はまだ内密のことだ。公表したとして今のままでは殿下は君を手放さないだろう」

 何もそこまでと思うところもあるが、確かに今までの殿下からすれば否定しきれない。

「さらに言えば、そんな男が勇者の力を手に入れた。万が一その力で暴れられたり、君を攫おうと国敵になってしまったら目も当てられない」

 元々自分で正義を名乗るような思い込みの激しい男なのだ。勇者の力を手に入れたとなれば、その確率は十分あり得た。

「という訳で。君個人の任務は、【勇者と聖女を恋人関係にする】ことと【殿下から婚約破棄の言質を得る】ことだ。できるね?」

 何事もないかのように指を立てて笑顔で父が言い切り、反対に私の顔はさらに苦い表情へと変わっていった。

「そういうのは父様のが得意では?」

「そんな!私は禍根の残る恋愛をしたことはないよ。そんな不誠実な付き合い方、女性相手にできるものか」

「母様に言いつけてやる……」

「それだけはやめてくれ、本当に」

 こればかりは本当の事なのだろう。真顔に戻った父が一つ咳払いをして、今度はキッと鋭い目線を向けてくる。

「これは国の存亡をかけた任務だ。マーガレットの好きなように動いてくれて結構。こちらもできる限りの支援はしよう。ただ、任務の失敗は国の滅亡だと思いなさい」

「……拝命いたします」

 色々な思いを飲み込みながら私は何とか敬礼を返し、重い足取りで部屋を後にした。


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