第一章 魔獣の刻印

第1話 従騎士

 初めて『彼』を見た時、まるで精巧に作り込まれた陶器人形のようだと思った。

 透き通るように白い肌はどこか硬質で、その下に赤い血が通っているような感じがしなかった。


 ゆるく癖のかかる銀の髪は肩に掛からないくらいに切り揃えられ、光にあたり銀細工のように輝いている。

 けぶるような同じ銀のまつ毛に縁取られた瞳は、上質なエメラルドのような深い緑で、まるで本物の宝玉を嵌め込んでいるかのように、冷たく何の感情もうつしてはいない。


 通った鼻筋も赤い花びらのように形の良い唇も、誰か腕の良い職人が自身の技の限りを尽くして創り上げたのではないかと思わせた。


 これは、本当に『人』か?


 まだ十代なかばほど、背は高いが幼さの残る少年の手足はほっそりとしており、同じ年頃の子供達より華奢な印象をうける。

 白いブラウスと黒いズボンだけの簡素な衣服を身につけているが、それがかえって彼の美しさを際立たせていた。

 


「ロイ、紹介する。私の子供だ。お前の従騎士にして欲しい」



 聞き慣れた上司の声にそちらを見て、ようやくこの人ならざる者の呪縛から解かれた。



「閣下、こちらが?」



 少年の父エルガルフは苦笑いしながら頷いた。



「すまぬ。本来なら私が面倒を見るべきなのだが」



 王国の守護神とも称されるエルガルフ・マーズヴァーン侯爵は、王の近衛騎士団である金獅子騎士団の団長であると共に、戦時には四つある全ての騎士団と軍隊をまとめあげる将軍の地位にある。


 まだ四十手前の銀髪の美丈夫で、鍛え上げられた体躯を黒い軍服に包み、常に王の背後に控えている。

 腹心の従者も手練れの者ばかり。まだ子供の従騎士を連れては居られぬ。



「わかっております。が、本当に私などの下に置いて良いのでしょうか?」



 侯爵家の十四歳になる子供を従騎士に、と打診があったのはほんの十日程前。

 ロイこと、ロイゼルドが黒竜騎士団の副団長に昇格した次の日だった。

 

 このエディーサ王国には白狼騎士団、赤鷲騎士団、黒竜騎士団、そして金獅子騎士団がある。


 北に豊かな森林を広げる神山ホルクスがそびえ、その山を水源とした清流リューネ川が流れる国土は肥沃で美しい。

 南は他国からの交易船を受け入れる港町を構えており、貿易も盛んである。

 それ故に周辺の国々から、その国土を奪おうと狙われることも多い。


 また、深い森には魔獣と呼ばれる獣達がいる。まだ人間が神々と共に暮らしていた頃にいた獣達である。

 神々がその姿をかくし、世界から魔法と呼ばれる力の大半が消え去ってから数千年と言われている。

 かつて神獣と呼ばれていた不思議な力を持つ獣達は主人をなくし、暗い森の中で人間を襲う魔物となった。


 四つの騎士団の騎士達は、自国の民をそれらの脅威から守るために創られた。

 白狼は西、赤鷲は南、黒竜は東の大地を主に守る。

 そして北のホルクス山を背後に広がる王都ブルグワーナを金獅子が守護している。


 ロイゼルドは黒竜騎士団であり、三月程すればまた東のレンブル領の国境の地に赴任する予定だ。


 彼の地に広がる森は魔獣が多く、幾度も我が国に戦を仕掛けてきた隣国とも近い。

 まだまだ経験の浅い少年には危険が多い。


 それにマーズヴァーン侯爵夫人は数年前に亡くなられたと聞くが、確か王の妹姫だったはず。だとすれば、この少年は現王の甥、遠いとはいえ王位継承権すら持つ。

 金獅子騎士団の誰かに頼む方が、このとびきり高貴な貴族の令息には良いのではないかと思うのだが。


 エルガルフはロイゼルドの疑問を息子に対する不安ととったのか、わずかに頷き答えた。



「お前に頼みたい。一応、王宮で王女付きの小姓をさせていた。一通りのことは学ばせている。戦場以外で手をかけさせることはさほどないと思うのだが」



 と、ちらりと隣を見た。

 少年は首を傾げ視線を父親に向ける。

 初めて動いたその姿を見て、ロイゼルドはその人形が生きていることにほっとした。



「それに黒竜騎士団にというのは、これの希望なのだ」



 父親の言葉に少年はまっすぐロイゼルドに向いて目を見た。

 表情は相変わらず変わらない、が、それまでの人形のような印象が瞬時に変わった。

 緑の瞳に強い意志の光が灯る。



「はじめまして。エルフェルム・マーズヴァーンと申します。僕のことはエルとお呼びください」



 声変わりしたのかどうかわからないような、すずやかな声で名乗る。



「よろしく、エル。私はロイゼルド・デガント。ロイと呼んでくれ。デガント伯爵家の三男で黒竜騎士団の副団長を拝命している」




 エディーサ王国は完全なる実力主義をとっている。

 武官だけでなく文官や王の側近も全て、身分関係なく優秀であれば採用される。

 それは国王ですら徹底しており、代替わりの際には王族の中で一番優秀とされる者が選定される。


 貴族の称号もただ漫然と世襲されることはない。

 なので、貴族に生まれた者は幼い頃から徹底して教育される。

 我が子が残念ながら武にも智にも秀でていないと判断した親は、将来息子の周りを固める優れた側近を見つけ出し育てようとする。

 貴族達は自分の領地に多かれ少なかれ幾つかの教会を建て、教会は子供達を教育する学校を作った。


 そこでは貴族も平民も、豊かな者も貧しい者も関係なく競い合う。


 この豊かな国が他国に脅かされることもなく、豊かであり続ける理由がここにある。

 エルフェルムもまた、幼い頃より騎士となるべく教育されているようだった。



「エル、君は何故黒竜騎士団に行きたいと思ったんだ?王都から離れてしまうけど」



 彼の希望で、という言葉に純粋な興味があった。東の地に何かあるのだろうか?


 エルフェルムは表情を変えずに答えた。

 目の前の新しい主に打ち明けても良いか、しばし躊躇っているように視線だけが揺れている。



「七年前、レンブル領の森で僕達は魔獣フェンリルに襲われました。母は僕を庇って死に、僕の双子の片割れは崖から落ちて行方不明になりました。遺体は見つかっていません」



 魔獣フェンリル。かつて神の子とも呼ばれた狼が、東の大地にいる。


 ロイゼルドは息をのんだ。



「……僕は母と兄弟の仇を探したいのです」

 








  〜〜〜〜〜〜〜



 はじめまして。藤夜と申します。

 この小説に興味を持っていただきありがとうございます。

 昨今の見せ場を序盤におくことが多いWEB小説にしては前置きが長いな、と思われるかも知れません。が、序盤からイチャイチャさせるとヒーローが完璧ロリコンになってしまいます。最後はハッピーエンドに持っていきますのでどうかお許しください。

 これは十四歳のヒロインが十八歳の大人になるまでの成長の物語と思って、どうぞ気長にお付き合いください。

 


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