第86話 ~頼りない警察と茜~



 結局、市長達は「ただで済むと思うな」と呪いの言葉を吐いて逃げて行った。

 逃げ遅れた茜の尻に敷かれた男だけは少し違っていた。


「あ、茜の姐さん!」


 と、土下座から復帰するや否や茜をそう呼んでくる。額に砂をくっつけて。

 これには茜も目を瞬か驚いてしまう。


「ん? え? あ、姐さん?」

「はい! こんなに可愛いのに強いし、怖いし!」


 と、一般の少女であれば怒りそうな言葉を男は感情が抑えきれないといった具合に吐いてくる。

 さすがの茜もそんな男の言葉に少し戸惑い気味だ。


「刀を振り回す姿なんてもう侍みたいで!」

「はぁ……」

「お尻も柔らかくて暖かかったっす!」


 茜の事を褒めたいのだろうが空回りし、失礼でセクハラな男の発言。

 そんな男に茜は突っ込む気力もない。


「あの……もう帰ってくれないかな……」

「し、失礼しました! では!」


 茜は眩暈に似た感覚を覚えつつそう言うと、男は満面の笑みで子供のように手を振って走り去っていった。

 その後は市長達を追い返した茜をクララや子供達が称賛し、取り囲んでいた。

 

「いやぁ、スカっとしたわ茜ちゃん。ありがとう」


 と、クララ。

 ポンポンと肩を叩かれる茜は照れるように笑って「いえいえ~それほどでも」と謙遜して返していた。


「茜ちゃんが追い返してくれたんだ!? すごい! ありがとね!」


 と、遅れてきた唯には抱き着かれ茜はデレデレだった。

 それを雪花にじっと睨まれる茜。

 茜の中身は男。いくら唯から抱き着いて来たとはいえ、それは茜が少女の姿だからに他ならない。茜は雪花を睨み返しながら、唯を優しく引きはがしたのだった。

 クララと唯に感謝されていると警官が二人、孤児院にやって来た。どうやら唯が裏で通報してくれていたようだ。


「は? 何で逮捕しないんだよ!」


 だがそこでも、ひと悶着あった。

 事の経緯を話して市長らを逮捕しろとクララは進言するのだがこれを警察が聞き入れてくれないのだ。


「証拠がないし」

「皆見たって言ってるじゃない!」

「よくあるんですよ。身内で嘘をついて警察を騙す人達が」

「でもほら! 窓も割れてるでしょ!?」


 クララが指さした先には割れた窓ガラスが多数ある。しかしどれが先程割れた窓なのか分からないくらいに割れている窓は多い。


「元々割れていたのでは? それに市長がそんな事をするわけないじゃないですか」

「はぁ?」


 と、こんな具合に警察はまともに取り合ってくれないのだ。

 市長は言っていた。警察に証拠を出しても動かないと。孤児院のいう事と市長のいう事であればどちらのいう事を聞くか。警察は後者のようだ。

 そもそも暴れている男が四人なのに警官を二人しかよこさない時点でおかしいのだ。警察にやる気が感じられない。


「あと、青い髪の少女が刀を振り回したとの通報もありましたけど?」


 その通報は恐らく市長だろう。

 青い髪の少女は茜。

 市長側の罪はのらりくらりと躱し、今度は孤児院側の過失を追求してくる警官。

 そこで青い髪の少女は手を上げる。


「はーい、私でーす。正当防衛でーす。刀はこれでーす」


 茜は青桜刀を手に持って掲げて振って軽いノリ。

 まともに取り合う気のない警官に茜もまともに取り調べを受ける気が無いのだろう。


「青い髪の少女……確かに。でも銃刀法違反だよ? 許可証はあるの?」

「ありまーす」

「じゃあここにスマコンをかざして」


 茜は警官が持っている手帳程の端末に手のひらサイズのスマコンをかざす。一定の個人情報であれば警察であれば直接閲覧できる権限があるのだ。

 そして刀や銃を持つことは違法なのだが、ボディガードや警備といった職業柄、金持ちのお嬢様や要人といった特殊な事由でのみ携帯を許可される。


「ちょっと! 何で私達ばかり調査してるんですか! さっきの市長と男達を調べて下さいよ!」


 と、雪花が吠えるがもう一人の警官が間に入って落ちつけと、両手で制す。


「確認します。携帯理由は……ん?」

「ん?」


 警官は少し驚いたような表情でその理由が映った端末を見る。

 そういえばと、茜は思う。

 銃刀所持許可証発行の理由がそこには記載されているはずだ。だがその理由を茜はまだ目を通していなかった。セレナが適当に作った理由だからだ。

 だからそーっと覗こうとすると警官が顔を上げてきたので茜は直ぐに居直った。

 その警官は茜の顔を見つめてくる。


「……え? 何か?」


 警官は茜とその許可証の理由を何度か往復して見て何度か頷いた後「確かに」と呟いた。


「許可の確認取れました」


 警官の持っている端末を茜は覗き見ようとするが、気づいた警官はさっと端末を引っ込めた。

 

「問題ありません。今回は大目に見ますが今後同じような事があれば我々も対処しなければならないので気を付けて下さい」


 何故か正当防衛を行った茜が叱られ、警告を受けたのだった。


「ちょっと!」


 それに黙っていられないのが雪花。だがそれを茜が手で制す。


「もういいよ、雪花」

「よくないでしょ! 国民を守る警察があんなっ」


 その横で成り行きを見守っていたクララが溜息をついて「やっぱりか」と呟いた。


「今までもそうだったのよ。私達が何を言っても聞いてくれなかった」

「そんなっ」


 警察に言ってもやっぱり無駄だったかと、唯もただ黙って成り行きを見つめるだけ。

 クララのそんな言葉も警官には聞こえている筈なのに抗議もしない。警官も分かってやっているのだろう。

 唯の表情は薄く無感情のようにも見える。だが少しだけ悲しみのような色が混じっていた。


「……では、我々はこれで」


 警官は帽子で表情を隠すようにして踵を返す。だがその口元は何故だか少しへの字に曲がっていた。


「ねぇ、警察の人」


 ここで茜が警官を呼び止める。


「え? あ、そういえば君もここの子かい?」

「いえ、ここの子の友達です」

「そう、でも犯行現場見たって言ったって身内の証言じゃ無理だからね」


 茜が警官に対し抗告しようとしたと思ったのだろう。警官が先手を打ってそれを潰してくる。

 それに茜は何故だか不敵な笑み。


「成程、腐ってるね」


 茜は警官の神経を逆撫でするような言葉を投げかける。

 正義を掲げた警察という大きな権力の事を言っているのだろう。

 流石にその言葉に警官は立ち止まって振り返る。不服そうな表情で。

 だがその視線は茜を捉えていないなかった。


「君も……怪我をしたくなければここには近づかない方がいい」

「あんた達も怪我をしたくないからあいつらを逮捕しないって事でいいの?」


 まるで喧嘩を売っているかの茜の言葉。

 雪花達は驚いて茜と警官を交互に見る。


「国民の正義の味方たる警察がこの体たらく。恥と書いて警察と読んだりして?」


 更にそんな言葉を追加で警官二人に浴びせる茜。

 こんな事を警官に言えば侮辱罪で逮捕されるかもしれない。

 

「くっ、この――」

 

 雪花は慌てて茜の口を塞ぎ、フォローを入れる。


「あはは、この子、ちょっと口が悪くて」


 そんな愛想笑いの雪花に警官は悔しそうに口を開く。


「……俺達だって――」

「おい!」


 何かを言おうとしたところをもう一人の警官が肩を掴んで引っ張っていく。


「ああ……」

「では、我々はこれにて失礼します」


 こうして警官は孤児院から去っていったのだった。

 茜と雪花は孤児院でカレーを振舞われ、少しして帰宅したのだった。


◇寮にて


「と、こんな感じで依頼に書いてあった日時にアルドマン孤児院に行くと市長とその用心棒らしい奴等がいたので接触してきました。ちゃんと獄道組の手下共にちょっかいかけておきましたよ」


 寮に戻った茜はベッドに寝そべりながら一人で話す。

 耳にはイヤーセットが取り付けられており、その先はもちろんセレナに繋がっている。


『御苦労様です。唯さんはお元気でしたか?』

「ええ、少し痩せてましたが。セレナさんも人が悪いですね。唯が絡んでいるって言ってくれたら文句も言わず依頼を受けたのに」


 茜が言うとセレナは笑いながら「馴染みがある」と言った筈だと反論してきた。

 確かに唯は馴染みがある人物だがそれだけでは分かるはずがない。


『では受けてくれるという事で詳細をこれから話します』


 茜が桜之上市に来て直ぐ、スマコンに送られた依頼書には事細かな詳細は書かれていなかった。

 身辺調査した結果、一般人である茜は依頼を引き受けるようだ。

 だからセレナが追加の詳細と直近の状況をこれから話してくれる事になった。


「よろしくお願いします」


 この依頼内容は桜之上市を救う事。

 獄道組を潰し、桜之上市を平和にする事だった。

 簡易な詳細欄には獄道組と警察がグルになって地上げを行っていること。決まった日時にアルドマン孤児院へ市長が来ることが記載されていたのだ。

 だから茜は唯が暮らすアルドマン孤児院に行きたいと雪花に進言していたのだった。


『天空都市襲撃後、有名になった桜之上市は国からの補助金と多くの企業が入ったことは知ってますね』

「らしいですね」

『そこへ真っ先に目を付けたのが獄道組です。桜之上市の土地を買い漁り、立ち退かなければ暴力で強制退去させる。アルドマン孤児院もその対象になってしまっているようです。更に悪い事に公の機関や企業との関係も持ったようです』


 アルドマン孤児院であったような破壊行為が他の場所でもされているのだろう。そうやって退去させて土地を買い、関係を持った企業に高値で売るか安く売って何らかの見返りを要求する。

 金あるところにヤクザありだなと茜は溜息をつく。


『そしてこれは確認中なのですが獄道組が桜之上市に来てすぐの頃、警察との抗争が起きたこと分かりました』


 警察とヤクザである獄道組との間に抗争。となると普通であれば警察が獄道組に踏み込んだのだから組員は逮捕され解体されるのが通例である。しかしジュリナや先程の市長の用心棒の獄道組が、まだ幅を利かせていた。つまり抗争に勝利したのは獄道組だという事だろう。


「警察が負けたと?」


 警察は獄道組側に立っていて唯達の言った事も聞いてくれなかった。

 戦争でも負けた方が勝った方のいう事を強いられる。力関係としては獄道組に軍配が上がるのは明白だ。


『詳しくは不明ですが当時、獄道組の本丸に突入した機動隊がいたそうです。しかし機動隊はこれに失敗。更に上の許可無く、独断で強行した為、処罰され現在は解体されてしまったそうです。そして獄道組が健在、ということつまりそういう事なのでしょう』


 獄道組のようなヤクザは悪、警察は正義。そこへ我に正義有りと、独断先行したとなれば失敗は許されない。

 だがそれに失敗したとなればその責任は突入に関わった全隊員に降りかかってくる。更に獄道組を潰せなかった機動隊員には世間から冷たい視線が向けられた事だろう。


「でも突入が失敗したからってそのまま獄道組を放っておきますかね?」

『獄道組の悪事をもみ消すような、権力を持った何かがあったのでしょう』

「何か……成程、中まで腐ってるんですね」


 警察を動かす事が出来る組織は限られている。公の機関なのだから恐らく政治家がらみだろう。

 独断で強行したと言う事は獄道組への突入許可が上から下りなかったという事に他ならない。

 当時、機動隊に属していた警官達はまだ獄道組を潰す気概があったようだ。現在では獄道組側に回ってしまったようだが。


「その解体させられた人達はどうしているんですか?」

『主要メンバーは一人残らず他の地域に飛ばされているようですね。桜之上市に残って警官を務めている者もいるようですが』


 当時の機動隊員は獄道組に対して並々ならぬ憎悪を抱いているに違いない。

 だから主要メンバーを見せしめとばかりに別の地域に飛ばしたのだろう。


『先程の茜さんの証言通りであれば、現在の警察は使い物にならないようですね』


 セレナは残念そうにそう言った。

 アルドマン孤児院での警察の振る舞いを聞いて失望したのだろう。

 組と名のつくのであればそれは一人二人の集まりではない。多対多の戦いとなれば味方は多い方がいい。

 他の依頼でもそういった状況は多い。紛争地帯で一般市民に危害が加わらないよう、裏で手を組んでいる国同士を戦わせ被害を抑えたりした事もある。その点に置いて警察という組織はとても優秀な駒なのだが、牙を抜かれたような様では使い物にならない。

 だが茜はそう思っていないようだ。


「そうでしょうか?」


 茜はベッドの上で寝そべりながらニヤついてそんな事を言う。

 続いて茜の口から紡がれる不敵な言葉。

 

「今回は割と楽に事が運びそうですよ」


 と、課題は山積みと思われた、桜之上市を救うという抽象的な依頼に茜はそう言い放つ。

 セレナは一瞬の沈黙の後、「頼もしい発言ですね」と笑うのだった。


「では情報と当時の機動隊員の詳細なリスト貰えます? あとやって欲しい事がいくつか」

『承知しました』

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