4話 最強の番人とボディチェックとラッキースケベ

 折り返し階段を少しだけ登ると扉がある。その扉を開けると屋上があるのだが、一つ問題がある。

 屋上の扉前には一人の女子が竹刀片手に立っている。

 番人だ。

 月島さんに会うためには、まずこの人を説得しないと屋上には入れない。


「ここは男子立ち入り禁止だぞ」


 扉前に立つと、番人は俺のほうを睨み、剣先をこちらに向ける。

 向けられて怯む俺。一歩後ろに下がってしまった。

 橘 夏樹。三年生で俺の一つ上の先輩。

 この人は剣道部に入部していて大会に出ては好成績を収めている凄い人だ。

 表彰式でよく名前を呼ばれているので、人の名前を覚えることが苦手な俺でもすぐにこの人の名前が思い浮かんだ。

 なるほど最強の番人ってわけか。

 無理矢理強行突破という作戦はやめた方がよさそうだ。この人と戦ってもきっと負ける。ボコボコにされるだろうな。

 もし戦うことになったら即土下座しよう。決意した俺は唾をゴクリと飲み込む。


「月島さんはここに……」

「なんだ?」

「ひぃっ!!」


 ダメだ。俺、橘先輩にビビってます。めっちゃくちゃ怖い。足がガタついている。

 でも……美人だ。ショートヘアが似合うし。キリっとした瞳に、剣道で身につけた理想の体。凛とした女性である。

 俺はせき込む。そしてもう一度。


「月島さんはこの屋上にいますか?」

「あぁ、美羽姉さんは屋上にいるぞ」


 美羽姉さんって、あんたの方が年上だろ?


「大事な話があるんですけど、屋上に入ってもいいですか?」

「ダメだ。どんなことがあっても屋上に入れることはできない」

「じゃあ、呼んでもらってもいいですか?」

「今美羽姉さんは昼寝中だ。だから起こすことはできない。さぁ、いますぐここから立ち去れ」

「ちょっと待っ____」


 上から何か降ってきた。いや降ってきたんじゃない。素振りだ。

 橘先輩は俺の顔すれすれに竹刀を振り下ろす。見えなかった竹刀にビビってしまった俺は腰が抜けてしまってそのまま尻もち。


「もう一度言う。ここから立ち去れ。従わらないのなら次は斬る」


 目が怖かった。この人ならマジで竹刀でも斬れそう。

 どうしよ。

 このままだと月島さんと話すことができない………しょうがない。黒須神が言うとおり自分の名前を言おう。正直これで入れるとは思えないが。

 俺はゆっくりと立ち上がり、尻もちのときについたズボンの汚れをパタパタと手で綺麗にする。お尻の痛みを我慢しながら唾を飲む。


「………荒巻晴太」

「?」

「俺の名前は荒巻晴太って言います」

「荒巻晴太………本当に言っているのか?」


 俺の名前を知った瞬間、橘先輩の目が大きくなった。


「おい、お前学生証見せろ」

「え? はい」


 着ていたブレザーの内ポケットから学生証を取り出し、橘先輩に渡す。

 学年と名前と顔写真などが載っている学生証。それと交互に橘先輩は俺の顔を何度も見る。

 その後ポケットから携帯を取り出して、耳に当てる。誰かと通話しているようだ。


「私だ。急いで美羽姉さんを起こしてくれ………あぁ、いますぐにだ……ターゲットが現われた」


 ターゲット?

 通話が終わった橘先輩に俺は質問をする。


「あの~? ターゲットってなんですか? 現われたって誰のこと?」

「特別に屋上に立ち入ることを許可しよう」

「すみません。ターゲットって?」

「決して怪しい真似をしないようにな」

「………もしかして俺ですか?」

「分かったか?」


 無視かよ。

 質問に答える気がない橘先輩は学生証を俺に返しながら、話を進める。


「屋上に入る前にボディチェックだ」

「ボディチェック……?」

「以前屋上で小型カメラが見つかってな。何者が何の目的でやったのかは知らんが、カメラを隠して屋上の様子を撮っていたんだ」

「え?」


 心当たりがある。名前は『く』から始まるあいつ。

 俺の頭にメガネを付けたぽっちゃり男の姿が思い浮かぶ。


「もしかしたら生徒会が偵察のために設置したかもしれない」


 違いますよ。偵察じゃなくて盗撮です。


「とくにお前は生徒会長の弟、荒巻晴太だからな……検査が必要なのだ」


 その話をいますぐ終わらせたい俺はすぐに両手を上げる。

 黒須神、月島さんを撮ることは無理そうだぞ。恨むならお前を恨むんだな。


「では始める」


 橘先輩が近づいた時、ラベンダーみたいないい匂いがした。男子じゃない女子の匂い。

 俺の目の前に整った顔。緊張か照れかは分からないが鼓動が早くなっていた。

 一番最初に両腕、そのあと胸と腹、最後に太ももと足の順に隅々まで躊躇なく触る橘先輩。顔を赤くしながら触られる俺。にやけるな。平常心だ平常心。


「最後に後ろだ」


 そう言うと橘先輩が抱きつき、俺の背中、尻などを触る。

 体が密着する時に感じるマシュマロみたいな柔らかさ。胸だ。橘先輩の胸が俺の上半身に当たっている。

 見た感じ胸はFカップはある。そのFが俺の体に押し付けてくる。

 しかし橘さんはその事に気づいてないみたいで夢中で俺の体を触っている。

 おう……これがラッキースケベっていうやつか。


「最高かよ………」


 つい言葉が出てしまった。


「なんだ?」

「なんでもないです!! でもなんで抱きつくんですか? 後ろから回って調べれば__」

「うるさい。お前は大人しく私に身を預ければいいのだ」


 美人の先輩に抱きつかれているこの状況。

 え? なんですか? そのまま身を預ければいいんですか?

 変な期待をしてしまっている俺。このまま始まっちゃう? 今からラッキースケベ以上のことが始まっちゃうの? 大人の階段登っちゃう?


「なに鼻の下を伸ばしているんだ。気持ち悪いぞ」


 ですよね。そんなに人生は甘くないですね。

 彼女からの冷たい目線。俺のにやけ顔が橘先輩に見つかってしまった。俺は「すみません」と謝る。


「携帯以外………問題ないな。お前の携帯はしばらく私が預からさせてもらう」

「分かりました」


 至福の時間………いや、ボディチェックが終わり、後ろポケットに入れていた携帯を没収された。

 これで屋上に入れる。とりあえず第一関門は突破したということになるな。

 俺は小さくため息を吐く。

 だけどなんで名前を言っただけで入れたのだろう? それにターゲットのことも気になる。


「それじゃ行くぞ。美羽姉さんが待っている」


 橘先輩が言うと緊張が走る。

 これは今から月島さんと話すという緊張と絶対にこのミッションは失敗はできないという緊張だ。

 唾を飲みこみ、「はい」と答えると。

 屋上エデンの扉が開いた。

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