不完璧ヒロインしか出てこないラブコメの主人公を務める俺の話を聞いてくれっ!
晴ノ日
1話 友達の土下座から始まるラブコメ
とある休日の出来事。
スマホのアラーム音と窓から入ってくる日光で目が覚めた。
アラーム音を消すと鳥のさえずり、背伸びしたときに鼻に入ってきたのはインスタントコーヒーの匂いだった。
そして横を見ると、友達の土下座。
「……」
午前10時。
目覚めると、友達の情人は額を床につけながら俺に向けて頭を下げていた。寝起きのせいでまだこの状況を完全に理解していないが、不法侵入されて、勝手にコーヒーを飲まれていたことだけは分かった。
それにしても起きてすぐに友達の土下座を見るっていうのは気分が良いものではない。
ツッコミどころは山ほどあるが、まず、こいつがなぜ土下座しているのか?
俺が質問しようとしたが、先に情人は大声を出した。
「晴太殿!! お主の姉上、荒巻結城様をどうか我の彼女にしてくれないか?」
人の家で何言ってんだこいつ?
俺は体を起こしながら深いため息をついた。
「……なぁ、情人」
「黒須神と言え!」
俺はポリポリと頭をかきながら、めんどくせぇと思った。
目の前で正座しているぽっちゃりメガネは黒須神情人。アニメ大好き男だ。彼は好きなアニメの「ブラック・ザ・ブラック」の主人公に影響を受けてから白衣を身に着け、自分のことを我を呼ぶようになった痛々しい野郎である。
ちなみに黒須神と書いて『くろすかみ』と呼ぶ。これは中二病ネームとかじゃなく本当に彼の苗字だ。父は黒須神 真司、母は黒須神 舞、その二人から授かった子供が黒須神 情人だ。
珍しい苗字だが、本人はこの黒須神という苗字はかなり気に入っているみたいで(カッコイイから)、このように情人ではなく黒須神で読むことを強要する。
「黒須神」
「なんだ?」
「どうしたんだよ? お前は二次元しか興味なかったんじゃないのか? リアルの女はゴミだってあんなにも三次元の女に嫌悪感を抱いていたじゃないか?」
「くくくっ……」と笑う黒須神。メガネをクイっとかけ直す。
「たしかに昔はそうだった。三次元の女なんてただおっぱいがあるぐらいしか取り柄のない生き物だと思っていたが………」
ひどい言いようだな………今の発言は女全員を敵に回すぞ。
「我はあの人と出会って変わったのだ。そう!! 荒巻結城様…… 彼女に出会って三次元の素晴らしさに気づいたのだ!! あれは日本の宝だ!! 女神だ!! 我は一目見て虜になってしまったのだ!! 結城様バンザーイ!」
もう一度言う。人の家で何言ってんだこいつは。しかも大声で。
どうやらこいつは三次元の価値観が変わってしまうほど、俺の姉ちゃん、荒巻結城に一目惚れしたみたいだ。それで弟である俺に土下座している。
荒巻結城。俺の姉ちゃんで、春咲高校の生徒会長。
簡単に説明すると、なにをやってもすぐにできてしまう天才少女である。
肩まで伸びている黒髪とぱっちりした二重、清潔感のある顔。そして誰にでも見せるエンジェルスマイル。それらが男心を掴んでいるみたいで、黒須神のように姉ちゃんに好意を抱いている人は多い。
「頼むっ、せめてデートの約束でもしてくれないか?」
綺麗な土下座を見せる黒須神。こいつにはプライドというものはないのか?
……まったく姉のどこがいいのか、弟の俺には理解に苦しむ。
成績優秀でスポーツ万能、そして美形と高スペックの生徒会長。たしかに惹かれる存在なのかもしれないが、皆はオフの姉ちゃんを知らない。
……自宅の姉ちゃんといったら、そりゃあもう、怠惰だ。
休みは一日中ソファーに寝転んで、スマホ・ゲーム・テレビとこの三つを繰り返すだけの怠け者。
家だと薄着、白のぶかぶかのTシャツに下はパンツだけ。思春期真っ最中の俺がいるのに下着は丸見えである。
恥じらいが一切ない姉ちゃん。
「きゃ~エッチ!! 見ないで~」とかあってもいいんじゃないのか?
俺はため息を吐く。そして土下座している黒須神の肩をポンっと叩いて、
「あのな……黒須神。お前が思っているほど良くないぞ生徒会長は。羞恥心ゼロだし、女らしいところなんて一つもない。しかも変人だぞ。女好きで__」
「シャラッープ!!!」
いきなり大声を上げる黒須神。そのまま俺の胸ぐらをつかむ。
「貴様!! 我の……いや、我らの女神、結城様を侮辱する気か!! たとえば神や仏が許してもこの我が許さんぞっ!!」
「……俺は本当のこと___」
「さては貴様!! 結城様を他の者に渡さまいとわざと悪く言いているのだな。なんて卑怯なっ!!このシスコンめ!」
黒須神が床に投げ飛ばすと、俺はそのまま尻もちをついてしまった。ヒリヒリする尻を我慢しながら黒須神を睨む。
「しかし、そうはいかんぞ。卑怯者の声に我は耳を傾けない!! 我、黒須神情人。結城様のためなら死ねる!!」
胸を叩く黒須神。なんか「言ってやったぜっ」みたいな顔をしているけど、全然カッコよくないからね? 全くもって意味不明だからねっ!!
あぁ、こいつはダメだ。完全に沼にハマっている。
さっきから姉ちゃんのこと様付けだし。
めんどくさくなった俺はため息をはく。
「……分かったよ。だけど姉ちゃんを我の女にしてくれって具体的に何すればいいんだよ?」
「そ、それは………」
頬を赤く染めながらもじもじしている黒須神。気持ち悪いんだよ。
「結城様のことを教えてくれないか?」
「姉ちゃんのこと? 好きな食べ物とか教えればいいのか?」
「笑止だな。結城様の好物など一般常識……好物は甘口カレーとバニラアイス、春咲学園の近くにある喫茶店のチョコレートパフェも大好きで、逆に嫌いな物は納豆、酢豚、パセリ、あと辛いもの全般は苦手だ」
「……なんで知っているんだよ」
「他にもあるぞ! 身長は一六五センチ、バストサイズはD。犬派か猫派って聞かれると犬派で、結城様のベットの上には犬のぬいぐるみが五匹置いてある。ぬいぐるみにはそれぞれ名前が付けられており、名前はビスケット、なっちゃん、パチ、中村、一之助………ふっ…まだまだだな晴太殿」
長台詞を一回も噛まなかった黒須神は鼻で笑いながら、メガネをくぃと上げる。
いや、「ふっ……まだまだだな」じゃねぇよ。
ストーカーじゃねぇか!? なんでベットの上に犬のぬいぐるみがあること知っているんだよ!? しかもあのぬいぐるみに名前があったのかよ!? 知らなかったわっ !あと姉ちゃんのバストのサイズとか知っているのもおかしい。あぁっ!ツッコむところが多すぎる!!
うちに隠しカメラとかあるのか?
俺より姉ちゃんのことを知っている黒須神。本当にこいつを家に上がらせてもいいんだろうか? 不法侵入して人の家のコーヒーを勝手に飲み、盗撮・盗聴の疑い。通報すれば捕まるレベルだ。
「で、お前は何を知りたいんだよ?」
もう教えられる情報はないと思うけど………
黒須神はまた頬を赤く染めながら、もじもじ。その後カッコつけながら答える。
「好きな男性のタイプだ!」
随分かわいい質問だな。さっきまでバストサイズとか早口で言ってたじゃねぇか、なぜ男性のタイプを知らないのか謎。
姉ちゃんの好きな男性のタイプか、ないな。ないと言うよりかは俺が思い浮かばないだけ。
手に顎を乗せて考えてみる。
そもそも男に興味あるのか?
可愛い女の子が大好きというイメージしかないんだが。よく女の子の画像を眺めてニヤニヤしてるし、よく後輩にセクハラしてるし、あれ? 女子が女子の胸を触るのはセクハラなのか?……とにかく男に興味があるとは到底思えない。
しかし、「男よりかは女が好き」って言ったら、また黒須神に胸ぐらを掴まれるだろう。俺は考える。
「なぁ、黒須神。お前女装する気はあるか?」
「あるわけないだろ?」
「じゃ、無理だ諦めろ」
「貴様っぁぁぁぁ!!! 我が真剣に悩んでいるのに………真面目に考えんかぁぁぁぁ!!」
「ぐぇっ………」
「女しか興味がないなら、女になればいいじゃない」という斬新な発想は黒須神には納得いかなかったみたいで、俺は再び胸ぐらを掴まれた。そして顔面に一発。顔を殴られるのは予想外だった。
黒須神はもう一発殴ろうと左手をグーにしているので、俺は必死に謝る。
「一番いいのは姉ちゃんのことを諦めることなんだよ」
「なにっ!! 唯一の友の恋路を邪魔する気か」
いきなり顔面を殴るやつは果たして友達って呼んでいいんだろうか? 俺は殴られた頬を撫でながら思う。
「あのな………俺はお前のことを思って言っているんだよ………悪いけど姉ちゃんは諦めて他の女にしとけ、お前にはもっとお似合いな相手がいるはずだ。そん時は俺も応援するから」
黒須神は「うーむ」と声を漏らしながら悩む。
「分かった。そこまで言うなら結城様のことは諦めよう………よくよく考えたら付き合ったとき我の命が危うくなるな」
「そうか………」
「しかし条件がある!!」
安堵している俺に向け、黒須神は白衣をなびかせる。
「一年三組 月島美羽ちゃんを我の彼女にすることだ!!」
「は!? 月島さんを!?」
「あぁ、『百獣の女王』と恐れられている、あの美羽ちゃんが我の彼女になったら結城様のことを諦めてやろう」
「お前結局彼女出来ればそれでいいんだろ?」
「うるさい!! 美羽ちゃんと付き合うために、まず晴太殿が美羽ちゃんに我のことを紹介してほしいのだが」
「なんで俺が?」
「晴太殿と美羽ちゃんは小中高同じだから、話しかけやすかろう?」
「同じだったけど、月島さんとあんま話したことねぇぞ! てか俺が話しかけてどうするんだよ? お前話しかけろよ、口達者だし」
「俺は!! 女子の前ではシャイだっ!!」
腕組みをしながら威張る黒須神。
いや、そんなこと名言ぽく言われても………呆れてため息が出てしまった。
もうめんどくさくなった。
さっさとこの話を終わらせて、こいつを家から追い出そう。
「とにかく………話しかけるのはお前、いいな?」
黒須神のメガネがきらーんと光る。そしていやらしい笑みを浮かべながらコーヒーを飲む。
「………ところでさっき結城様のことを羞恥心ゼロと言ったが? それはどういうことなのだ?」
「あぁ、家にいるときの格好だよ。姉ちゃん、めんどくさいからって服着ないんだよ」
「ほう~それじゃ結城様の下着姿が見えてるのか?」
「まぁな」
しばらく間が空いて、俺は「はっ!」と気づく。しかし遅かった。
黒須神には手元にスティック状の機械。それはボイスレコーダーだった。そのボイスレコーダーからピィっという音が聞こえる。その後に「録音が完了しました」というアナウンス音。黒須神がボタンを二回押すとさっきのやり取りが流れている。
「フハハハハハっ!! 撮ったぞ貴様の声っ!!」
そうだった、こいつ。いつもボイスレコーダーを常備しているんだった………
俺がドン引きしているのに対して、黒須神は高笑いしている。
「晴太殿。さっきレコーダーしたこの声を放送で学園全体に流したら………一体どうなるであろうな?」
「……は?」
「分からないなら教えてやろう。もしこれが、晴太殿が結城様の下着姿を見たことが全生徒に知られたら、まず結城様を崇拝している『結城愛好会』が動くだろうな。それに『結城ファミリー』も黙っていないだろう………結城愛好会・結城ファミリー合わせて234名の生徒が怒り、武器を持って晴太殿に襲いかかってくるだろう。つまり晴太殿の穏やかな学校生活は戦場へと一変することになる!!」
「姉ちゃんの下着姿見ただけで230人ぐらいの生徒に襲われるって………そんな大袈裟な」
「信じていないようだな………それでは」
黒須神はスマホを取り出す。そしてスマホで文字を打ち込んでいる。そして画面を俺に見せる。画面にはグループメールが映っていた。グループ名は『結城愛好会』、人数は………224名!? 随分と大規模なグループだな!
「試しに『結城様の下着姿を見たことがある不届き者がいたらどうする?』と質問しよう」
黒須神は送信。
5秒も経たないうちに既読がつく。
『殺す』
『殺すっ』
『殺す!!!
『殺すぅぅぅぅぅ!!』
『八つ裂きだろ』
『いや火あぶりだな』
『誰だ?』
『ぶち殺す』
『呪い殺す』
『黒須神、誰なんだ? そいつは』
瞬く間に表示される物騒なメッセージたち。目を大きくさせている俺の額に大量の汗が流れてくる。これは冷や汗だ。
『荒巻晴太だろ?』
『晴太』
『晴太』
『なに?』
『弟だし、犯人の可能性は高いかと』
『あいつだ!!』
『あいつしかいないっ!』
『殺せっ』
『殺せっ!!』
『あいつ何組だっけ?』
『三組』
『帰宅途中に拉致ろう』
『いや、昼飯に毒を盛ろう』
おいおいおいおい!! 犯人俺って決まっているんだけど!! もう殺人計画立てているやついるんだけど!!
焦る俺を見て満面の笑みの黒須神。
「どうだ………これで俺の条件を受けざるを得ない………1対234の大乱闘は避けたいだろう?」
「………お前情けはないのか?」
「結城様の下着姿見たやつに情けもクソもないわっ!! さぁ、答えるがいい。結城ともデートの約束を取り付けるか、月島美羽ちゃんを我の彼女にするか、それとも死ぬか」
「分かったよ……」
こんなことで命を落とすなんて、たまったもんじゃない。アホらしい。そう思った俺はため息を吐き、渋々黒須神に従った。
百獣の女王を黒須神の彼女にするころを選んだ俺は、
……あぁ!! めんどくせぇ!!
心の中で叫んだ。
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