彼女の妹から告白された

星乃森(旧:百合ノ森)

第1話

 私には付き合っている彼女がいる。


うらら先輩のことが……好きなんです」

「え、私?」


 だから告白されるのは困る――というより想定外だった。

 なぜならば。


「そ、そうなの?樹ちゃん」

「本当です!」


 今しがた私に告白してきた子は、私の恋人の妹だからだ。

「さっき見た洋服、可愛かったね」


 放課後の帰り道、2人で寄り道した洋服屋の感想を言い合っていた。


「うん。来月こそお小遣いを貯めて買いたいよね。そんで、新しいコーデで麗とデートしたい」


 隣を歩く私の彼女、沙果さいかちゃんは握り拳を作って決意していた。

 

 肩口くらいまでの長さに切り揃えられたサラサラな髪、堂々としていてキラキラ輝く笑顔。クラスの中心グループにいるような沙果ちゃんは、制服だろうと私服だろうと文句なしに可愛い。


 地味でもなければ派手でもない、中庸を地で行く私と沙果ちゃんが付き合っているなんて、今でも夢なんじゃないかと思うことがあるくらいだ。


「楽しみだな。私も久しぶりに何か買おうかな……」


 とはいえ、夢であっても現実であっても沙果ちゃんといる時間が楽しいのは変わりない。

 私も彼女の横に立つに相応しい装いを考えないと。


「あ、友達から電話が。ごめん、ちょっと出るね」

「うん」


 沙果ちゃんの家の最寄り駅に着き、地上に出たのと同時に彼女のケータイが鳴った。


「あの、麗先輩ですよね」

「うん?」


 横で沙果ちゃんの通話を聞いていたその時、後ろから声をかけられた。

 あまり聞いたことはないが、しかし聞き覚えもある声の主は私の名前を知っている。


「あっ、樹ちゃん?」

「――はいっ!」


 振り向いた先には、黒い長髪を風になびかせる美少女がいた。

 記憶に刻まれたその名を口にすると、樹ちゃんはとびきりの笑顔で頷いた。

 良かった、合っていた……。お付き合いしている人の身内だ、あまり間違えたくはないよね。


「こんなすぐに気付いてもらえて嬉しいです。最後に会ったの、1年くらい前なので……」

「印象変わったなって思ったけど、樹ちゃんだってすぐに分かったよ?」


 確かに樹ちゃんと会ったのは去年が最後だった。当時は小学6年生で、たまに沙果ちゃんが迎えに行っていた記憶がある。

 一緒に帰っていた時に私と樹ちゃんは出会ったのだ。


 当時と違うのは服装で、今目の前にいる樹ちゃんは中学の制服を着ている。あと前髪も当時より少し短くなっていて、眼鏡もかけていなかった。コンタクトにしたのかな。


「あの、どうでしょうか……姉と同じ制服ですけど、似合ってるか心配で」


 樹ちゃんはチラチラと沙果ちゃんを見ながら、不安そうに尋ねてきた。

 この子は可愛いし自信を持っていい努力家だと思うけど、昔から抱えているお姉さんへの劣等感は相変わらずのようだ。

 だから、樹ちゃんの瞳をまっすぐに見て、本心をぶつける。


「可愛いよ、樹ちゃんは。制服も似合ってる。沙果ちゃんと比べてとかそういうことじゃなくてね、樹ちゃんには樹ちゃんだけの可愛さがあるというか――ん、樹ちゃん?」

「……っ!!」


 樹ちゃんはフイッと顔を背けてしまった。

 少し肩も震えているのが気になる。はっ、まさか泣かせてしまった!?嘘を吐かないことを信条にしていたのに、嘘っぽく聞こえちゃったのかな……?


「はいはい、そこまでね」

「沙果ちゃん」


 通話を終えたらしい沙果ちゃんが拗ねたような顔で私を見ていた。


「私という彼女がいながら、人の妹を口説こうとするなんて~」

「ごっ、誤解だよ!樹ちゃんに自信を持って欲しかったんだって!」


 ありえない誤解をされそうになったので慌てて弁明する。

 既に彼女がいるのだ、口説こうなんて気は全くない!


「あははは、分かってるよ。ありがとうね」


 どうやら冗談だったらしく、沙果ちゃんはカラカラと笑いながら私の頬に軽い口づけをした。

 ほっ。浮気すると勘違いされるのは心臓に悪いよ……。


「じゃ、また学校で」

「麗先輩、さようなら」

「またね、2人とも」


 仲良く並んで歩く沙果ちゃんと樹ちゃんの背中を見送り、私はバス停を目指した。

 随分と印象が変わった樹ちゃんの姿は、バスに揺られている時も瞼の裏に焼き付いていた。

 約1年ぶりに樹ちゃんと会った日から数日。彼女と再び会う日が程なくして訪れた。


「急に呼び出してしまってごめんなさい、麗先輩」

「気にしないでいいよ。それより何か食べる?」


 樹ちゃんからメッセージを貰った私は、学生にもリーズナブルなファミレスで向かい合っていた。連絡先は沙果ちゃんから聞いたのだろう。

 緊張した面持ちでメニューを眺める樹ちゃん。


「とりあえずドリンクバーにします」

「ん、オッケー」


 ボタンを押して注文を伝えると、すぐに店員さんが伝票を置きに来てくれた。

 注文伝票を確認し、私たちは飲み物を取りに行った。


「あの……麗先輩は姉と付き合ってるんですよね……?」


 徐に樹ちゃんが口を開いた。

 視線をどこに置いていいか分からないといった様子で、薄っすら頬も赤くなっている。


「うん。沙果ちゃんとはお付き合いさせてもらってるよ」


 隠すことでもない、というか、最初に会った時点で既に知られていることなので、何も考えず事実を口にした。

 すると、樹ちゃんの表情が少し曇った。


「樹ちゃん?」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 そして繰り返される謝罪。な、なんだろう?呼び出したことを気にしているのかな?

 気にすることないのに。


「私なんていくらでも呼び出してくれて良いんだよ?」

「違うんです……こんなこと言ったら困らせるだけだって分かってるのに」

「樹ちゃん?とりあえず、私で良ければ聞くよ?」


 私がそう言うと、樹ちゃんは意を決したように顔を上げた。

 立ち上がり、正面から私の隣に座り直す樹ちゃん。

 なんだ。何が始まろうとしているんだ……。


「私は麗先輩のことが好きです。その、こういう意味で――」

「……!?」


 小さな声で、しかしはっきりと紡がれた樹ちゃんの言葉。

 言い終わった直後に私の頬に触れた、柔らかい唇の感触。

 しばし私の脳みそは機能を停止した。


「2番目でいいから、麗先輩と――はっ!?すみません!いきなりこんなこと!」


 私が返事をするより先に、テーブルにお金を置いて樹ちゃんは去ってしまった。


「……私、告白された!?」


 樹ちゃんがいなくなって、どれくらい経っただろう。

 だいぶ遅れて現実を理解したのだった。

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