インヴィズィブル・ファング 弐

maria159357

第1話 綺麗な薔薇には棘がある

第1話 綺麗な薔薇には棘がある



インヴィズィブル・ファング 弐

綺麗な薔薇には棘がある



     登場人物




       グラドム・シャルル四世


       リカント・ヴェアル


       ロイヤス・ミシェル


       ギルイラ・アイ―ヌ


       メデューサ


       オーガ
































神はこの世の終わりを決めている。だが我々は、その声を聴いてそれを避けることができる   キャサリン・ノリス




































 第一牙【綺麗な薔薇には棘がある】




























 全てを擲ってまで守るものなど、この世に存在するだろうか。


 もしあるとしたら、それは本当に守るだけの価値があるのだろうか。








 闇夜の生き血を啜り、薔薇色のワインを呑み干し、宵闇とともに堕ち、錆びた朝を唄い、狂楽に踊りだす。


 貴方の愛に齧り付き、骨の髄まで噛みついたら、一番美しい表情を見せる。


 満月、三日月、新月、いつの夜でも姿を見せるその姿は、まさしく蝙蝠。


 ただ蝙蝠と違うのは、その姿は妖艶に口元を歪めて笑い、二足歩行することが出来、蝙蝠よりも性質が悪いということだ。


 誰もその存在を認めないまま、時代は進み続けて行く。


 だが、時代が認めなくとも、存在が確実であり、進化しているのもまた、今から知る事実となり、現実離れした現実となる。








 月がその身を隠し始め、太陽がその存在を消す為に、神々しく光を放ち始める時間。


 森の奥、霧の道を通り抜けてさらに奥へと歩みを進めて行くと、そこに、薄らと姿を現したのは、茨に呑みこまれそうな城。


 蝙蝠が城へと向かって飛び、とある小窓から部屋の中へと入っていく。


 その部屋は、埃を被り蜘蛛の巣もはっている、錆び付いた豪華なシャンデリアがあり、大きな額縁の中には、この城の持ち主だろうか、こちらもすでに色褪せた肖像画が飾られていた。


 背もたれの長い椅子に座り、足を組んで優雅にワインを呑んでいる男が一人。


 「今宵も美しい満月だ。ジキル、ハイド、お前たちもそう思わないか」


 天井にぶら下がってる蝙蝠たちに声をかけるという、怪しげな男。


 その男のもとに、もう一人、別の男が現れた。


 「シャルル、手紙が来てるぞ」


 「手紙だと?」


 手紙の封を切って、その中に入っている紙に書かれた文字を読んで行く。


 すると、シャルルと呼ばれた男は、すぐさまその手紙を破り捨て、さらには暖炉に放り投げた。


 「何て書いてあったんだ?」


 「・・・・・・招集を受けた」


 「招集って、何の?なんかあったっけか?」


 ふう、とため息を吐くと、シャルルは椅子から立ちあがってマントをバサッとはらった。


 「ヴェアルはジキルとハイドを頼む」


 「え?あ、ああ。わかった」


 何処に行くとか、いつ頃帰るとか、そういうことは一切に言わずに、シャルルは城を出てひゅうっと飛んで行ってしまった。


 残されたヴェアルは、自分の連れてきたフクロウのストラシスを撫でたあと、自分に懐くかも分からない蝙蝠を見上げた。








 森に囲まれたその中央に、まるでお堀のように深く深くまで削られた岩。


 さらにその真ん中には、雲に届きそうなほど高い場所に建物が聳え立っていた。


 建物の手前にある大きな門ではなく、天井に備わっている、シャルル専用といっても良い入口から入ると、もうそこには、多くの闇の存在と言われる種族がいた。


 ゆっくりと床に足をつけると、シャルルはいつものように定位置にある椅子に座り、長い足を組んだ。


 「なんだ、この茶番は」


 「茶番じゃないんだよ?現頭首のシャルル?」


 シャルルの前に来たのは、顔の横を長めにしてある青い髪の男だ。


 そしてその横にいるのは、蛇の髪をした女と、ニット帽を被った紫の髪の、気弱そうな男だ。


 「ギルイラ、お前、どういう心算だ?」


 「それはこれからお話しますよ」


 そう言うと、青髪の男ギルイラは、他にも集まった存在に声をかける。


 「集まっていただいて、感謝します。早速ですが、本題に入らせていただきます」


 次に、女が口を開いた。


 「この度、我々は頭首の交代を望みます。シャルル四世ではなく、ここにいる、ギルイラ・アイ―ヌに頭首を務めていただきたいと思っています」


 「おい待て。俺は頭首になったつもりはないんだ。勝手にすればいいだろう」


 「そうは言われましても、現に我々のまとめ役はあなたなのです」


 シャルルの祖父は、闇の存在たちにとってリーダー的存在だった。


 だからといって、特に頭首になるとかリーダーになるとか、そういったことは言ったことがないのだ。


 それはきっと、グラドム家の力が強いと皆知っていたこともあり、敵わないと分かっていたからだ。


 人間との共存を望んだ祖父は死んでしまったが、シャルルはそれを無理強いしたこともなければ、好きにやれと言った覚えがある。


 それなのに、なんだこの待遇は。


 「人間との共存など、求めるべきではないのです。私は統制した暁には、人間どもに恐怖を与えることを保証しましょう!」


 「・・・はぁ・・・・」


 シャルルの考えなど気にせず、周りはどんどん熱くなっていく。


 「しかし、シャルルがいたのでは、どうも私は自分を思い切り出すことが出来ない。そこで、グラドム・シャルル四世には、ここで滅んでもらうのがよろしいかと」


 「ああ?」


 やっぱりこれが目的だったのかと、シャルルはギルイラをちらっと見た。


 いくら統制するとはいっても、実力でいえば、どうしても劣るところがある。


 そこで、卑怯だとしても、ここでシャルルの存在を消してしまえば、完全に自分のものになる。


 そもそも、こんな会議に出ること自体、今回が初めてだというのに。


 「頭首になりたいのなら、勝手にやればいいだろう。ジキルとハイドに何かすると書いてあったからわざわざ来てやったというのに、こんな仕打ちか。俺には関係ない。今までだって俺無しで会議だのなんだのやっていたんだ。お前が頭首にでもなんでもなれ」


 「そうはしたいけど、今まで会議に出たことのないあなたは知らないでしょうけど、一応決まりがありましてね」


 「決まり?」


 「ええ。現頭首が死んでから、次の頭首を決めるという決まりです。だから、あなたが興味無かろうがなんだろうが、生きているだけで困るんですよ」


 「生憎だが、まだ死ぬ心算はないんだ」


 「今ここで・・・!」


 これまで沈黙を貫いていたニット帽の男が、シャルルに向かってきた。


 頬杖までついて余裕そうにしていたシャルルは、マントを靡かせながら空中に浮いた。


 「逃げるんですか?」


 「俺に相手してほしいなら、もっとまともな奴らを引き連れてくるんだな」


 そう言って、シャルルは城へと戻っていった。


 その後ろ姿を見ていたギルイラたちは、ちらっと互いの顔を見た。








 城に帰ったシャルルは、ジキルとハイドが寝てしまったことにガクッと肩を落とすと、ヴェアルがワインを運んできてくれた。


 「おかえり。なんだったの?」


 グラスにワインを注いでいくと、それを見てシャルルは椅子にさっと座った。


 足を組んで不機嫌そうな顔のまま頬杖をつくと、ワインを口にする。


 「大したことじゃない。頭首の交代を求められただけだ」


 「えええ!?だって、確か頭首って、現頭首が死んでから決めるんじゃなかったっけ?」


 「なんで知ってるんだ」


 「なんでって、俺はシャルルよりは頻繁に会議に出てたからね。で?誰がなる予定なの?」


 「ギルイラだ」


 「じゃあ、一緒にいたのはメデューサとオーガか・・・。大変なことになりそうだね」


 人事のように言うと、ヴェアルはストラシスをめでる。


 「ヴェアル」


 「なに?」


 「いつまでいるつもりだ?」


 「え?そういうこという?ジキルとハイドの世話してたのに、そういうこという?」


 ブツブツ文句を言いながらも、ヴェアルはシャルルの城から出て行った。


 「どうなることやら」


 自分の家に向かって歩いていたヴェアルだが、なんだか誰かにつけられているような感じがする。


 ストラシスも、なんだか落ち着きがないようで、ヴェアルのことをじーっと見ている。


 がさッ・・・


 「!?」


 物音がして、ヴェアルは勢いよくバッと振り向くと、そこには大きな牙だけが見えた。


 「!!!」








 翌日、シャルルは棺桶の中でスヤスヤ寝ていた。


 普通ならば、吸血鬼というのは夜行性なのだが、シャルルの場合、どうも夜が苦手なようだ。


 昼間に寝ていればいいと思うかもしれないが、太陽を浴びても平気なシャルルは、太陽の光をたまに浴びたいと言って、一人で散歩に出かけることもある。


 そして夜になると、まるで子供のようにぐっすり寝てしまうのだ。


 それで吸血鬼といえるのかは不明だが、それでもシャルルは正統な吸血鬼なのだ。


 「んん、良い朝だ」


 隣で寝ている可愛いジキルとハイドを見つめると、シャルルは優雅な朝を迎えようとしていた。


 ワインとパンのかけらを準備すると、一人広い城の中で食事を始めた。


 のだが・・・。


 「シャルルーーー!!!たいっへーん!!!」


 「・・・最悪だ」


 一瞬にして耳障りな声が聞こえてきて、シャルルはチッ、と舌打ちをした。


 天井近くにある窓から、箒に乗って現れた少女は、操作するのが下手なのか、それともそういうものなのか、階段の壁に激突していた。


 それを助けることもなく、シャルルは埃っぽくなった部屋にため息を吐き、ジキルとハイドに埃が被らないようにと、棺桶の蓋で埃をガードするのだった。


 「ミシェル。ここに来るたびに何かしら壊すのは止めろ」


 「酷い!それよりも私を心配してよ!嫁入り前なのに、こんなにボロボロになってるのよ!」


 「安心しろ。お前は嫁になんかいけない」


 「ぴええええええええ!!!!シャルルってば最低――――!!!」


 「それで、何の用だ」


 「あ、そうだ」


 嘘泣きをピタッと止めると、ミシェルと呼ばれた少女は、箒を持ってシャルルのもとへと駆け寄ってきた。


 「ヴェアルが怪我したの!誰かに襲われたみたい!」


 「ヴェアルが?」


 ミシェルの説明がなんとも下手で、よくわからなかったが、シャルルはそれを解読した。


 ミシェルに着いてきた烏のハンヌと黒猫のモルダン。


 モルダンは、なぜか飼い主のミシェルよりもシャルルに懐くと言う、なんとも飼い主泣かせな猫である。


 「放っておけば治るだろう」


 「そうは思うんだけどね。やっぱり心配じゃん?ヴェアルって、普段は誰かを庇って怪我したりするけど、狙われることってほとんどないもん。シャルルと違って、恨みを買うような性格じゃないし」


 「なら見舞いにでも行ってやれ」


 「行くよ!勿論!それよりさ、噂で聞いたんだけど、シャルル、頭首じゃなくなるの?」


 「・・・もうお前のとこにまで広まってるのか。困ったもんだ」


 正直言うと、ミシェルはシャルルが頭首であることなど知らなかった。


 ただ、ミシェルの魔女仲間からその話を聞いたのだ。


 以前、ミシェルたちは魔女狩りに遭い、その時にシャルルに助けてもらったことがあるため、シャルルのことを知っている。


 それ以前に、シャルルは有名なはずなのだが、どうも自ら目立とうとするのは嫌いらしい。


 「放っておけ」


 「うん。シャルルのことはいいんだけどさ、その・・・メデューサなんでしょ?次の頭首の仲間?っていうか・・・」


 「知ってるのか」


 「知ってるよ!すっごく嫌な女だもん!魔女のこと馬鹿にしてるし!髪の毛蛇のくせになんか色っぽいし!」


 「・・・・・・」


 「メデューサってさ、普段は目つぶってるじゃん?みんな石にしちゃうからさ。でも、あいつの場合、戦う前に目ぇ開いて、石にしちゃうんだもん!戦えないじゃん!」


 「おい」


 「なに?」


 「俺の膝の上で悠々と寝てるこいつを連れて、さっさとどっかに行け」


 ん?と首を傾げながらシャルルの膝を見てみると、そこには、普段から愛情たっぷりに可愛がっているはずのモルダンがいた。


 それも、自分のときよりも気持ちよさそうな顔をして寝ている。


 「モルダーーーーーン!穢れちゃうわ!ダメよーーー!」


 「五月蠅い奴だ」


 「私の可愛い可愛いモルダンを誘惑しないでよね!」


 ビシッ、とシャルルに人差し指を突き出しながらモルダンを抱き寄せると、拍子に起きてしまったモルダンは、シャルルのもとに戻ろうとニャーニャー鳴いた。


 心を鬼にして、ミシェルはモルダンとハンヌを連れて城から出て行った。


 「二度と来るな」


 「また来るわよ!ばーか!」


 「・・・なんで来るんだ」


 折角の朝食が台無しになってしまったと、シャルルは深いため息を吐いた。


 すると、起きてしまったのか、ジキルとハイドがシャルルの傍に寄ってきた。


 「すまなかったな。ゆっくり寝ていていいんだぞ」


 そう声をかけると、ジキルとハイドはいつも寝ている天井へと向かい、逆さになった。


 「そろそろステーキも食いたいな」








 ヴェアルの見舞いに行ったミシェルは、病院に突っ込んでいた。


 案の定、偉い人に怒られてしまい、ペコペコと頭を下げて謝る。


 なんとかヴェアルの病室に辿りつくと、そこには思ったよりも元気そうなヴェアルがいた。


 「もー、心配しちゃったよー」


 「はは、ごめんな。ありがと」


 「シャルルは来ないって。ほんとに酷い男よ!またモルダンを奪おうとして!」


 「シャルルが見舞いに来ても、それはそれで気持ち悪いよ」


 「まあね」


 用意してあった椅子に腰かけると、ヴェアルになにがあったのかを聞いてみた。


 「あれはオーガ。きっとギルイラに言われたんだろう」


 「メデューサもいたの!?」


 「いや。はっきりとは見えなかったけど、多分オーガ一人だったと思う」


 「そっか・・・」


 ちょっと残念そうなミシェルに、何かあったのかと聞いてみると、あいつとは天敵なのだと言っていた。


 きっと、ミシェルが一方的に敵にしているだけだとは思うが。


 「ねえ、ヴェアルって、どうしていつも怪我するの?なんか知らないけど、怪我してるよね?頻度高いよね?」


 「俺そんなに怪我してるか?」


 「してるよね?してない?」


 「・・・してるかな」


 「でしょ?前だってストラシスを雀から助けようとして、どっかの沼にはまってたし。その前だって、ストラシスを蚊から守ろうとして、なんだから知らないけど病気にかかってたし。その前だって、ストラシス・・・」


 「もういいよ、ミシェル」


 首を傾げて、なんでだろうねー、なんて言っている、悪気のないミシェルには、文句も何も言えなかった。


 確かに、ヴェアルはよく怪我をする。


 それは何かを助けるためであって、決して勝手に喧嘩をしたとかではない。


 シャルルにはお人好し過ぎると何度も言われたが、言われて直るようなものでもない。


 ミシェルは知らないだろうが、ミシェルが飼っているモルダンも助けたことがある。


 あの時は、モルダンがきっとミシェルではなく、シャルルを探していて、シャルルは城の扉を開けてくれないからと、下水道でも通ろうとしていたのだ。


 だが、途中で詰まってしまって、数日間、誰にも見つけてもらえなかった。


 そんなとき、シャルルの城にしょっちゅう来ているヴェアルが、猫の鳴き声が聞こえることに気付いた。


 ようやくヴェアルに見つけられたとき、モルダンは餓死しそうだったが、命に別条はなく、ヴェアルの料理を沢山食べて元気になった。


 ミシェルは数日見ないモルダンを必死に探していたが、シャルルが隠していると思っていたようで、まさかあんな場所にいるとは思っていなかったようだ。


 怪我というほどではないが、怯えきったモルダンは、ヴェアルに噛みついたり、爪でひっかいたりしていた。


 まあ、今の怪我に比べれば、可愛いものだ。


 「シャルルは城にいるのか?」


 「うん、いたよ。ねえ、それよりも、シャルルどうなっちゃうのかな?だって、頭首ってその人が死なないと次は決められない決まりだよね?」


 「んー・・・」


 顎に手を当てて、何か考えていたヴェアルだが、どうも思い浮かばない。


 「ねっ、ギルイラとメデューサ、それにオーガだっけ?どういう関係なんだろうね?」


 「俺が知るかよ。シャルルは会議出たの初めてで、あいつら見たのも多分初めてなんだろうし」


 うーん、とミシェルは両腕を組んで目を瞑り、険しい顔をしていると、にゃーと泣きながらモルダンがヴェアルの寝ているベッドの上に乗って寝てしまった。


 そんなモルダンが可愛らしくて、ヴェアルは思わずモルダンの身体を撫でていた。


 ふと視線を感じて顔をあげれば、ストラシスがこちらをじーっと見ていて、プイッと顔を背けてしまった。


 ヴェアルは口を大きく開けて涙目になっており、まるで浮気現場を見られたかのような光景だが、あくまで動物を愛でているだけだ。


 「あー!モルダン!なんでこんなところで寝ちゃうのよー!」


 「しー、起きちゃうだろ」


 「起きてほしいのよ!連れて帰るんだから!ヴェアルにモルダンは渡さないわ!」


 「それにしても、本当にミシェルはモルダンに好かれないな」


 なんともなしにいったヴェアルの言葉に、ミシェルは一瞬固まり、石になって、ガラガラと崩れていった。


 やべ、と思ったヴェアルは、口を手で覆ってみるが、もはや意味無し。


 シャルルの次にヴェアル、そして最後に自分なのかと、ミシェルは大泣きを始めてしまった。


 わんわんと泣いてしまって、ヴェアルはなんとか泣き止まそうとするが、モルダンは起きず、ストラシスは知らんぷり。


 しばらくして大人しくなったかと思うと、ミシェルは寝てしまっていて、起きるまでモルダンと一緒に寝かせるのだった。


 「ちょっとー!なんで起こしてくれなかったのよー!!!」


 「モルダンが寝てたから」


 「も・・・じゃあ、仕方ないわね」


 どうして怒られるのかとも思ったが、まあ、ミシェルはこんな感じだと、ヴェアルはまだ寝ているモルダンを撫でた。


 痺れを切らしたミシェルは、まだ寝ていたいモルダンを無理矢理起こして抱っこをすると、箒に乗って帰って行ってしまった。


 帰ったといっても、シャルルの城に居候しているだけなのだが。


 「おい」


 「んにゃー」


 「おい」


 「すぴー」


 「おい起きろ」


 「むにゃむにゃ」


 「モルダンとハンヌをジキルとハイドの餌にするぞ」


 「きゃーーーーーーー!!!!そんなの絶対にダメーーーーーー!!!」


 シャルルの城に着いたミシェルは、きっとシャルルに追い出されると思い、着いたと同時に逃げるように何処かの部屋に入っていった。


 少しカビ臭かったが、シャルルに見つかって怒られるより全然マシだと、ミシェルはそこで寝ることにしたのだ。


 シャルルが夜の散歩にいっている間にシャワーを浴びて、さあ寝ようというとき、モルダンが何処かに行ってしまった。


 一生懸命探したが見つからず、そうこうしているうちにシャルルが帰ってきてしまったので、いつもシャルルが食事をしているテーブルに伏して、寝た振りをしていたのだ。


 だがあんな下手な寝た振りでバレないはずがなく、起きるとシャルルの赤い目がぼうっと暗闇に浮かび、もう一雄叫びあげたのだ。


 そして現在、何も敷かれていない床に、正座をさせられている。


 「何しに来たんだ」


 「ヴェアルのお見舞いにから帰ってきて、今から家に帰ると遅くなっちゃうから、泊めてもらおうと思ったの!」


 「帰れ」


 「酷い!てか、モルダンどこよ!いっつもいっつもどっかに隠すんだから!」


 「いつもいつもモルダンに逃げられてる飼い主に言われる筋合いはない」


 「きーーー!なんて奴なの!!」


 私帰らないから!と強引にシャルルの城で寝ることを宣言したミシェルだが、モルダンが見つからないと落ち着かないようだ。


 シャルルがワインを楽しもうと思うと、ミシェルが走りまわっていてワインが零れる。


 ジキルとハイドと遊ぼうと思うと、モルダンを一緒に探せとマントを引っ張られる。


 それならばいっそ寝てしまおうと棺桶に入ると、女の子より先に寝るなんて何事かと、棺桶の蓋を開けられる。


 「いい加減にしろ」


 「こっちの台詞よ!なんでモルダンがいないのよ!」


 「知るか」


 「シャルルって、いつもそうよね。誰に対しても冷たい。ヴェアルにだってそうよ!ヴェアルはいつもシャルルの為に頑張ってるのに、シャルルはヴェアルのことなんて下っぱ扱いじゃない!」


 「・・・お前は馬鹿なのか」


 「へ?」


 棺桶から出てきたシャルルは、棺桶の淵の部分に腰を下ろした。


 「誰に対しても冷たいといったが、それはあくまでお前の意見だ。お前は俺が今まで接してきた者全てを知っているのか?見たことがあるのか?話したことがあるのか?」


 「え?え?いや・・・」


 「ないのに誰に対しても、というのはおかしくはないのか。俺がお前に対して、馬鹿だのとんちんかんだの弱いだのと言っても、それは俺がお前を知っているしこうして話もするからおかしくはない。そもそも、ヴェアルが俺のためにというが、それもヴェアル自身に聞いたことなのか?それともお前はヴェアルの考えていることが分かるのか?透視能力でも持っているのか?ヴェアルがわざわざ『シャルルの為に棺桶を掃除しよう』とか思っているのをお前は知っているのか?」


 「知ってるわけじゃ・・・」


 「ならば、お前の言っていることは肯定することは出来ない。そもそも、誰かの為に何かするときに、誰かの為にやろう、などという言い方はしない。本人にしかわからないのだからな。例え周りから見て、明らかにその人の為にやっていると、周りが判断したとしても、実際本人はその人の為にしていることなのかなんて、誰がわかることが出来よう?そいつの趣味かもしれんし、自己満足のためかもしれないだろう。それを回りの判断のみで、誰かの為だのなんだのと言うのは、あまりにもおかしいことではないか?」


 「・・・・・・ごめんなさい」


 「わかればいいんだ。それにしても、ミシェル、お前は本当に馬鹿だな」


 「なによお!馬鹿だけど・・・!馬鹿だけどぉぉぉぉぉぉ!」


 ふと、シャルルが座っている棺桶の中から、何か音がした。


 続いて聞こえてきたのは、猫の鳴き声だった。


 「にゃー」


 勢いよく棺桶の中を覗いてみると、そこには、散々探したのに見つからなかった、黒猫の可愛いモルダンがいた。


 モルダンをぎゅーっと抱きしめると、シャルルはやれやれと言った具合にため息を吐き、棺桶の中へと入って行った。


 「そいつがいると猫臭くて寝られん。早く連れて行け」


 「うん!」


 きっとシャルルの匂いや温もりが残っていた棺桶を見つけ、入ってしまったのだろう。


 どうしてシャルルが良いのかと聞かれても、きっとモルダンにも分からない。


 だが少なくとも、どこかミシェルより安心するところがあるのだろう。


 こんなこと、ミシェルには冗談でも絶対言えないことだが。


 棺桶に入ったシャルルは、あっという間に寝てしまった。


 ミシェルも部屋に入ると、モルダンを抱きしめながら寝るのだった。


 「モルダン、もうシャルルのところに行っちゃだめよ。いつか食べられちゃうからね」


 「にゃー」


 「よし!良い子ね!」








 「ギルイラ、いつ乗り込むの?」


 「そう焦らなくていいよ。会議で公言したんだから、シャルルももう逃げられない」


 「だからって、いつまでも待機、ってわけにはいかないでしょ?」


 「大丈夫だよ。オーガにヴェアルを襲う様に頼んだから。きっと、俺達が喧嘩を売ったことは分かってるはずだよ」


 「分かってなかったら?」


 ギルイラとメデューサは、針のように尖った崖のてっぺんにいた。


 そこから見える景色は、とても美しい。


 だが、どうももう一味足りない気もする。


 きっと、シャルルたちを倒せば、その理由も分かるかもしれないと、ギルイラはこれから起こることに胸躍らせ、思わず口角をあげて笑ってしまうのだ。


 「分かってるさ」


 興味なさそうに見えても、関心のないふりをしていても、シャルルには隙がない。


 なにも、今まで産まれ持った威圧感だけで頭首を担ってきたわけではないのだ。


 最後の最後までは手助けも一切しない。


 だが、最終的には、利益になろうと損害になろうと、シャルルは闇たちを助ける。


 「人間との共存?なにを甘いことを。だから俺達は、人間から消されてしまったんだ」








 「ねえシャルル」


 「当たり前のように俺の食卓に並ぶのは止めろ。不愉快だ」


 「折角今朝早くヴェアルが退院してきたのに!お祝いしなきゃでしょ!」


 「で、退院早々料理を作らされてる俺って何なの?」


 「だって、ヴェアル以上に美味しく作れる人なんていないもん!」


 「これだから女は嫌なんだ。自分が矛盾していることを言っても、何食わぬ顔をする。泣けば許されると思っている。自分の正当性のみを主張し、間違いは見ようともしない。それなのに、相手の間違いには敏感に反応し、物や金でその対価を払わせようとする。対して可愛くもない女に引っ掛かる男も、顔が良くても中身がからっきしダメな女に引っ掛かる男も、要するに、馬鹿の集まりだな」


 「えっと、いい?カルボナーラ出来たんあだけど」


 「わーい!おいしそー!」


 「なぜカルボナーラなんだ?俺がトマトをこよなく愛しているのを知っていて、なぜカルボナーラなんだ?」


 「文句言わないの!ヴェアルが作ってくれたんだよ!自分の退院祝いなのに!」


 「お前が作ってって言ったよな」


 ため息を吐きながら、ヴェアルは頭に包帯を巻いたままの状態で椅子に座った。


 ミシェルはヴェアルの作ったそれが気に入ったようで、まるで口に吸い込まれるかのように、どんどんなくなっていく。


 一方、足を組み直して頬杖をつき、不機嫌そうな表情で目の前の皿を睨みつける。


 「シャルルいらないの!?私食べてもいい!?」


 返事を待たずして、ミシェルはシャルルの前から皿を移動させると、ブラックホールのように吸い込んで行った。


 あまりの食いっぷりに、ヴェアルは思わず顔を引き攣らせていた。


 「あ、それよりも」


 麺を口に含んだまま、ミシェルが喋る。


 「ミシェル、食べ終わってからにしな」


 「メデューサは知ってるんだけどさ、ギルイラとオーガのこと知らないなーと思って。ねえ、どんな奴らなの?」


 メデューサはあまりにも有名だった。


 彼女を見た者は、次々に石にされてしまうのだ。


 小さい頃、悪いことをするとメデューサに石にされる、と言われていたため、覚えていたのだ。


 下手をすれば、シャルルだって簡単に石にされてしまう。


 「ギルイラっていうのは、確か、モズマのことだ」


 「モズマ?って何?もずくみたいな?海藻類のこと?」


 「そんなわけないだろう。本当にお前の脳味噌は素晴らしく低レベルだな」


 「なによおおお!」


 パタパタ、と羽根をばたつかせながら、ジキルとハイドが器用にもシャルルのもとにトマトジュースを持ってきた。


 それを見て満足そうに笑うシャルルは、ヴェアルから見れば子供のようだ。


 「モズマっていうのは、昼間は棺桶で過ごして、夜になると人間を襲う怪物だよ。人間の脳味噌を吸うって言われてる」


 「シャルルみたい!キャラ被るね!」


 「俺は脳味噌なんて気持ち悪いものに興味はない。それにキャラも被らない。どうして俺のような、この世に存在している中で最も美しいと称される俺が、あんなどこにでもいそうな奴とキャラ被りするんだ」


 「それはいいとして。で、オーガっていうのは、人喰い鬼のことだよ。残忍だけど、一節には臆病者だって言われてる」


 「ふーん。ヴェアルとキャラ被るね」


 「え?被ってる?」


 「だが、オーガの方が髪の毛の色にしてもニット帽を被ってることにしても、ヴェアルよりもキャラは濃いな」


 「え?嘘だよね?ここに来てまさかの薄いキャラを押し付ける心算?俺だってストラシスをこよなく愛しているという、尋常じゃないキャラ設定があるでしょ!?」


 「最近じゃ、フクロウだって人間に飼われる時代らしいよー」


 ミシェルの何気ない一言に、ヴェアルは固まった。


 「それに比べて、私は全くキャラが被ってなくて良かったー!」


 「ああ、確かにな」


 というか、比べるところがないというべきなのだろうか。


 顔の整い方にしても、身体つきにしても、性格にしても。


 良い意味でも悪い意味でも、ミシェルとメデューサはどこも被ってはいない。


 ミシェルの言葉で落ち込んでいたヴェアルは、ストラシスへの愛情を確かめるように、強く強く抱きしめていた。


 苦しかったのか、ストラシスに嘴で物凄い速さで突かれていて、直りかけていた頭の包帯からは、また赤い物が流れ出してきていたが、まあ、見なかったことにしよう。


 「なァシャルル」


 「なんだ」


 「あいつら、また来るかな?シャルルを狙いに来るよな?」


 「知らん。そのときは、やるしかないだろ」


 こんなクールなことを言っていても、ジキルとハイドが誘拐でもされてしまったら、きっと余裕などなくなるのだろう。


 穴と言う穴から汗が出て、気が狂わんばかりに相手を打ちのめす。


 そんなことを知ってか知らずか、ジキルとハイドはシャルルの肩に乗って何か話をしているようだ。


 「私、みんなに応援頼んで来ようか?」


 ミシェルのいうみんな、というのは、魔女たちのことだ。


 「いや。魔女もグルだと分かれば、何かされるかもしれないからな。何も言わない方がいいと思うよ」


 「そっか」


 モルダンに餌をやると、モルダンは当然のようにシャルルの膝の上に乗っかった。


 あまりに自然と行ったため、ミシェルは口をあんぐりと開き、目も大きく見開いて、わなわなと怒りを押さえている。


 シャルルもシャルルで、モルダンが膝の上に乗ることに抵抗を感じていないようで、こちらも自然とモルダンを撫でていた。


 それを見てさらにミシェルは目を白黒させ、ヴェアルに泣きついた。


 いつものことなのだが、飼い主という立場からしてみれば、やはり屈辱だろう。


 「ふえー!裏切られたー!それでもモルダンが好きなのーーー!」


 「よしよし」


 「騒がしい奴だ。耳障りだから何処かに連れて行け」


 「お前のせいなんだけど」


 ミシェルのモルダンを撫でながら、シャルルは眉間にシワを寄せる。


 シャルルに撫でられているモルダンは、気持ちよさそうに喉を鳴らしながら、尻尾まで振っている。


 ああ、ミシェルには勝ち目なんてない、そう思ったが、本人には言わないのが、ヴェアルの優しさというものだ。


 「モルダン、お前も大変だな。あんなへんてこりんで、へなちょこなのが御主人だなんてな。ハンヌもたまにはストラシスに鬱憤を晴らしてもいいんだぞ」


 「なんでストラシス?そこはシャルルじゃないの?もしくはジキルとハイドでしょ!?」


 「何を言っている。俺はモルダンで手いっぱいだ。ジキルとハイドなんてもっての他だ。もしも怪我でもさせてみろ。そのときにはミシェルを地獄の底まで呪い続けてやるからな」


 「何こいつ」


 未だ泣きやまないミシェルは、いきなりヴェアルから離れると、箒を持ってきた。


 そして箒をシャルルに向けて、何か魔法をかけようとしたのだが。


 「にゃー」


 「も、モルダン!?」


 シャルルを庇うようにして起きたモルダンを見ると、あらぬ方向へ魔法を飛ばしてしまった。


 そしてそれは階段の中央あたりにある、大きな鏡にあたって、ミシェルに戻ってきた。


 「ひえーー!」


 「なんとも哀れな」


 それは、子供になる魔法だったようだ。


 座っているシャルルの腰あたりまでしかない身長でもなお、ミシェルはシャルルに八つ当たりをする。


 ハンヌはミシェルを宥めようとするが、モルダンがシャルルを庇ったとあって、怒りは更にヒートアップしていく。


 ぽかぽかシャルルを殴っていると、突如、シャルルが立ちあがった。


 その拍子にモルダンはシャルルから下りて、棺桶の影に隠れた。


 「どうした?シャルル」


 「静かにしろ」


 こんなときのシャルルは、きっと何かが近づいてきたことに気付いたに違いない。


 気のせいだろうか、ヴェアルたちの周りの空気もピリピリしてきたように感じる。


 「ハンヌ、モルダン、隠れてなしゃい」


 「ストラシスも隠れてな」


 子供言葉になっているミシェルはさておき、近づくにつれて、どうやらヴェアルたちも異変を察知したようだ。


 「なんだ、この空気」


 まるで静電気でも走っているかのように、全身が痛い。


 どこからか風が舞いこんできて、シャルルの髪やマントを柔らかくなじって行く。


 この城唯一の灯りとも言える蝋燭に灯っていた明かりも、ふうっと消えて行き、窓から差し込む陽の光だけが頼りだ。


 「来るぞ」


 ゴゴゴゴ、と地震の余震のような小刻みな揺れが来たかと思うと、ピタッと止まる。


 動かず、息を殺して辺りの気配を感じ取っていると、急に台風のような強い風が身体を押していく。


 ひゅん、ひゅんっと何かが通り抜けたかと思うと、すでに横にいたヴェアルもミシェルもいなかった。


 「シャルル!気をつけろ!」


 ヴェアルの声が頭上から聞こえてきて、奴らが来たことだけが分かる。


 すうっと前に人影が現れたかと思うと、そこにはモズマ、ギルイラの姿があった。


 「残念です。こんな強引な手を使うつもりはなかったのですが」


 「ふん。心にもないことを」


 「ここで死ぬのもなんですから、我々の未来を見据えてから遅くもないと思いまして、生け捕りにします」


 すると、蛇の髪の毛を持ったメデューサが下りてきて、目をゆっくりと開けた。


 その目を見れば、どうなるかくらい、シャルルは分かっていたのだが、決して目を背けることはしなかった。


 そして。


 「シャルル!!!」


 シャルルは石化してしまい、三人は捕まってしまった。








 捕まってしまった三人は、石化してしまったシャルルを助けようとしていた。


 「どうしようヴェアル!シャルルが石になっちゃったよぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 「落ち着けミシェル。お前魔女だろ?解けないのか?」


 「ああ!そうか!その手があったか!一本取られたよ!」


 「お前大丈夫か?」


 ここぞ魔女の見せ場をいわんばかりに、ミシェルは杖を振るって呪文を唱えると、シャルルの石が徐々に解けていった。


 ムクッと起き上がると、シャルルの一言目。


 「ジキルとハイドは何処だ」


 「それかよ」


 「私頑張ったのに・・・」


 どうやら、ジキルとハイドだけでなく、ストラシスもモルダンとハンヌも、シャルルの城に置いていかれたようだ。


 何よりもジキルとハイド不足で倒れそうになったシャルルは、隠し持っていたトマトジュースを飲んで自分を落ち着かせる。


 ストラシス不足のヴェアルは、常に持ち歩いているストラシスの写真を眺めている。


 「ちょっと!私だってモルダンもハンヌもいなくて寂しいけど、我慢してるんだからね!それより、ここから脱出する方法を考えなくちゃ!」


 ここが何処かも分からない中、ミシェルは檻を壊す呪文を唱える。


 だが、魔法がかからないようになっているのか、檻を壊すことは出来なかった。


 「それにしても、あのメデューサは厄介だな。見たら終わりだろ?」


 「そうよ。シャルルみたいに石にされちゃんだから。てか!シャルルもなんで見たのよ!見たら石になることくらい、分かってたでしょ!?」


 きゃんきゃん喚いているミシェルに対し、シャルルは胡坐をかいて背中を壁にくっつけた。


 そして目を少しだけ開けてその赤い目でミシェルを見れば、すぐにミシェルは黙ってしまった。


 「俺があんな蛇女に負けるわけないだろ」


 「じゃあ!なんで捕まったのよ!」


 「お前もしかして、ここで何か情報掴もうとしてワザと捕まったのか?」


 ヴェアルの言葉に、ミシェルはハッとヴェアルの方をみたあと、シャルルを見て思いっきり睨みつけた。


 そういうことかと、ミシェルは歯をむき出しにして怒りを見せたが、シャルルには無意味だと分かると、諦めてヴェアルの隣に腰を下ろした。


 「もう。石のままにしておけば良かった」


 「シャルルが石のままなわけないだろ。あいつは解く方法を幾つかしってたはずだよ」


 「何それ!助け損した!」


 文句を言うミシェルだったが、そのうちに寝入ってしまった。


 ヴェアルも寝ようとしていて、シャルルは両手を後頭部に回した格好で目を瞑っていた。


 そんなとき、人の気配がした。


 「起きてるだろう」


 「・・・なにか用か」


 そこには、ギルイラが立っていて、手には何か紙の束を持っていた。


 「これは、あなたを追放する署名です。本来であれば消そうと思ったんですけど、それでは俺の心象が悪くなってしまうので、追放という形を取ることにしました」


 そこには何人もの名前と拇印が押されていて、すでに必要な人数は集まっているようだ。


 シャルルはそれを見ることもなく、ふん、と鼻で笑った。


 「好きにすればいい。俺は鼻から興味はないと言ったはずだ。別にお前が頭首になろうと、俺には敵わないのは変わらないからな」


 「聞き捨てならないわね」


 「止めておけ、メデューサ」


 そこにひょっこりと現れたメデューサ。


 シャルルの石化が解けているのを見て、ミシェルの仕業だと気付く。


 いつもは目を閉じて生活しているメデューサは、なかなか仲間であるギルイラの顔もオーガの顔も見ることが出来ない。


 相手が自分を見ない限りは、出来るだけ目を開けて生活しているようだが。


 「私達の方が強いに決まってるわ。現にあなた、私に石化させられたじゃない」


 「ふん。まったくめでたい奴だな」


 「なんですって!?」


 シャルルに飛び付きそうになったメデューサの前に、スッと手を出してギルイラに止められると、メデューサは大人しくなる。


 「まあ、せいぜい余生を楽しむと良いですよ、シャルル四世」


 「・・・・・・」


 片方の目だけを開けて、ちらっと二人の背中を見ると、またすぐに目を閉じた。


 「やれやれ」




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