ナンセンス初恋
黒瀬
ナンセンス初恋
「それでねー!」
私の隣でころころと笑うこの子は幼馴染の
クラスは違くて、最初は嫌だったけど今はそれで良かったと思っている。だって、同じクラスだったらきっとれんの事が気になって授業に集中出来ないし他のクラスメイトと話している所を見たら嫉妬してしまうに決まっている。……まあ、違うクラスの今もれんのクラスメイトと仲良くなっているのではと不安に思う事はあるが。自分が思う以上に自分は依存癖があり嫉妬が酷いのだ。
話は変わるが、私はれんに恋をしている。だが、この恋は絶対に叶わない。なんせ相手には好きな子がいるし、それ以上に私たちは同性だから。好きだからこそ相手の恋は応援したい、なんて綺麗な考えは持っていないが、もう諦めている。好きという気持ちを消すつもりは無いけれど。
「そう、本当に格好良いの……」
そして、今は好きな子の惚気を聞かされている。相手は私の事を親友だと思っているから話しやすいのだろう。全く、私の気持ちも考えてほしい……なんて思いつつ適当に相槌を打って聞き流していると、れんの家に着いた。
「じゃあねー」
「ん、また明日ー」
お互い手を振って、れんは家に入っていった。
「……はぁ」
完全にれんと別れ、一つ大きな溜息を吐く。未だに胸がドキドキしている。何だあの可愛い笑顔。あんな気安く手握ってきやがって……言葉に出来ない限界化した感情を、手を強く握って何とか落ち着けて、そのまま家に帰った。
私の苗字……、
ただいま、誰もいない部屋に一言放つ。小さい頃「誰も居なくてもただいまって言うんですよー」と親か先生かに言われた影響で、今でも癖で言っているのだ。
手を洗って、スマホを開く。そのまま青いアイコンをタップし、相互が一人だけいる鍵垢にアカウント変更してこの限界感情を吐き出す。一通り吐き出してすっきりしてからメッセージアプリを開いて、友人に連絡をした。
〈今帰ったゾ〜 今日もめっちゃ可愛かった……〉
〈おかえりー うん、めっちゃ荒れてたね笑〉
即既読が付き、返信が来る。この子は山田という名前のネットの友人……所謂ネッ友で唯一の理解者。
同じ県に住んでいる同い年の女の子。因みに学校には行っておらず、ネットに溺れている人間の為このようにすぐ返信が来る。私も割とネットが好きで依存になりかけなので山田とは話も合うし、出会って一年も経たないけど実際会った事もある為信頼出来る。
その後暫く連絡を取り合っていると、がちゃ、と家の鍵が開く音がした。誰だろうと思いつつ無視していると妹が入ってきた。友人を引き連れて。
「ただいまー。部屋で友達と遊ぶねー」
「ほーい。勝手にしろー」
帰ってくる前と変わらず山田と連絡を取り続け、通話もした。するとあっという間に親が帰ってくる二時間程前になり、通話を切った。
〈今日もありがとー〉
〈こちらこそー また今夜しよー〉
〈おけー また寝落ちになるかな?笑〉
スマホを置き、夕飯の準備をする。今日の夕飯はカレー。食材を用意して、カレー作りに取り掛かる。簡単だし美味しいから私はカレーが大好きだ。
作り始めてから約一時間、美味しそうな匂いをさせ、完成を知らせてくる。少し掬って食べてみる……うん、美味しい。私は天才かもしれないと自分を過大評価して、後片付けに取り掛かった。
洗い物をしたり着替えたりしているとあっという間に親の帰ってくる時間になり、親と顔を合わせたくない為部屋に引きこもって鍵を締めた。直後、玄関の鍵の開く音と、妹のおかえりー、という声が聞こえる。そういえば、とメッセージアプリを開いて、今日の夕飯はカレーだよと簡素なメッセージを残し、布団にくるまった。
――ぴりり、アラーム通知が届き、すぐに止めた。うるさいなあ、と思うと同時にまたオールしてしまったという事実に頭を抱える。実は私は所謂ロングスリーパーというもので、昔から長い睡眠が必要だ。それに加えてちゃんと寝ないと体調が悪くなる。
最悪だ、なんて思いつつ後悔してももう遅いため重い身体を無理やり起こして、学校に行く準備を始める。
ベッドから降りて、制服に着替え、大嫌いな自分の容姿を写す鏡には布が掛かったままに鞄を持って部屋の外に出る。
そのままキッチンに向かい、おにぎりを三つ作って私と親の弁当と水筒を用意した。私のは小さめのおにぎり一つに麦茶。親のはおにぎり二つに水。自分の分を鞄に無造作に突っ込み、既に起きている妹におはようを言ってから親を起こしに行く。
「お母さん、朝だよ」
「んー……、いと、おはよう」
お母さんは、寝起きが良い上に睡眠時間は六時間あれば良いらしい。あまり尊敬はしていないけど、そこだけは素直に羨ましい。
親が起きたのを確認し、また自分の準備に取り掛かる。歯を磨いて、親が勝手に飼ってきた猫の世話をして、スマホを確認。見ると、愛しのれんから連絡がきていた。
〈今日、休む。ごめんね〉
何時も一緒に学校に行っているから態々連絡をくれたのだろう。それにしても、れんが休むなんて珍しい。体調不良かな、と心配して連絡すると、直ぐに返信が来た。
〈りょうかい れんが休みなんて珍しいね〉
〈うん、実は昨日きっくんの悪い噂聞いて……今日会うのは辛いから〉
原文はもっと長いが、要約するとこんな感じ。きっくんとはれんの好きな人の渾名。つまり、失恋したということだろう。私も、
その事を理解すると、腸が煮え返るような感覚に陥る。私は綿杉のせいで、為に、諦めたのにそんな事が起こるなんて。私なら、悲しい思いなんて絶対させなかったのに。
……いや、私は諦めた理由を他人のせいにしていただけで、心の奥には告白するのが怖かったという思いもあった。それなら、私は決意を固めて、今日告白しよう。善は急げというし、この気持ちが変わってしまう前に告白してしまいたかったから。
そんな風に色々と考えていると、れんからの連絡から十分以上が経っていた。もう学校に行かないと遅刻する。れんには適当な返事をし、家を飛び出した。
学校にはれん以外に友人が居ない為一人黙々と授業を受け、一人で帰った。
家に帰ってから仕度をし、また家を出る。朝、れんに連絡して放課後会おうと約束していたのだ。れんの家の前に着き、れんの事を待っていると、五分程で出てきた。
「行ってきまーす……あ、もう来てたんだ」
可愛い。見てほしいこの可愛さ。否、誰も見るなこの可愛いれんを。見たら名前の通り恋してしまう。
私服姿のれんなんて久々に見た。中学に上がってから制服姿のれんしか見てなかったから、本当に久しぶり。
「どうしたの?」
余りの可愛さに見惚れていると、心配になったのか不安げに声を掛けてきた。その声と顔もまた可愛い。だけど流石にずっと見つめている訳にはいかない為、れんの家の方に視線を移し口を動かした。
「あっ、うん、大丈夫だよ。行こっか」
珍しくれんの手を私が引いて、昔よく行っていた山の方へと向かった。
着く頃には、れんに手を引かれる様になっていた。れんは昔から歩くのが早かったから。体温の高いれんと手を繋いでいたから、好きな人と手を繋げたから、色々な理由で手が、熱い。
「着いた……、ここ来るの久々だね」
「そう? れん最近来たよ」
なんて無意味な言葉を数言交わして、地面に座った。そこからは、綺麗な夕日が見えた。嫌なくらい綺麗で、汚れきった私の心には何かクるものがある。どちらも何も話さない静かな時間を過ごしたあと、決心してれんの方を向く。
「……あのね」
「うん?」
変なところで天然なれんは、これから話すことが全く分かっていないのか何時もの様子で話してくる。それもそうか、まさか親友が告白してくるなんて思いもしないだろう。
「れん、好きだよ。あ、いつもれんが言ってくれる友人としての好きじゃなくて、恋愛の方の意味で」
いやに静か。苦しくて、俯く。中々答えが無くて、怖くなる。……もう答えなんて無いのではと思った頃、息を吸う音が聞こえて、声が聞こえ始めた。
「れんも、好きだよ。でも、れんはオトモダチとして好きなだけで、恋愛的には、違うかな……。ごめんね」
「ううん、気にしないで。私の方こそごめんね、急にこんな事言っちゃって」
結ばれるなんて思っていなかったから、別に吃驚はしないし、ショックでもない……いや、少しショックかも。でも、これで良かったんだ。私達が結ばれたって、きっと良い事なんて無かった筈。れんには、普通の道を歩んで欲しい。
でも、やっぱり、れんが死ぬときには私の事が一番記憶に残っていてほしい。なんなら、今後一生私の事を忘れられなくて恋愛なんか出来ないでほしい。
そんな考えのまんま、れんの唇に自身の唇を重ねた。れんは驚くものの、拒みはしない。なあんだ、れんも、私のこと。
最期に見たれんの顔は、意外なことに歪んだ笑みだった。
――一年後
二人で思い出の場所に行って、告白されたあの日。あの日、いとちゃんは私にキスをした後、山から飛び降りた。私はあの日の事を忘れられない。それは、実際私もいとちゃんの事が好きだったから。いや、好きという言葉は相応しく無いかも知れない。私はいとちゃんの、悲しそうな姿を愛していた。サディズムでは、無いはず。加虐心は無い。ただ、綺麗ないとちゃんの顔が悲しそうに歪むのが、何よりも綺麗で美しく、大好きだったのだ。
いとちゃんが私の事を好きなのには、随分前から気付いていた。私が好きな人の事を話すと悲しげな表情をするのが可愛くて、やめられなかった。実際、綿杉の事は好きだったし。
「れんちゃん、どうしたのー? 早く行こー」
周りのみんなは、最初の内は話題にしていたものの一年も経った今ではもういとちゃんが居なくなった事に順応している。元々いとちゃんは影が薄かったし、当たり前と言えば当たり前か。
私も、もう――
わすれな、いと。
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