陸山

武内ゆり

第1話

 小役人の陸山が悩まされているのは、跋扈してやまない盗賊の存在だった。


 彼らが山や洞窟を棲家にしている、のであるならば、まだ可愛気がある方で、実際は百、千単位の徒党を組んで、村に押し寄せることもある。彼らが起こす被害は甚大で、だからこそ一度はとっちめたいと思っていた、人間を不幸の絶頂に陥れるのは、自然界の現象よりも人間の事象であることの方が多い。


 陸山の上司は、盗賊から村を守るために、柵で囲い、見回りの番を立てさせた。昼夜問わず見張っていれば、盗賊が来た時にいち早く知らせることができるという計画だ。

だが、上に政策あれば下に対策ありで、盗賊団と繋がりある、いわゆる不定の輩は、盗賊団に哨戒ルートやその死角を伝えた。盗賊は夜陰に乗じて村に襲い掛かった。瞬く間に上司の家も襲撃され、上司は吊し上げられた後、惨殺されたという。見回りをしているという安心感が、逆に隙を生むという結果になった。


 陸山は先祖代々から伝わる偃月刀を振るって応戦し、生き延びた。周りは地獄絵図の壮観に変わってしまっていたが、陸山にとっては、ここからが始まりとなった。

 上司の死によって、後任に据えられてしまったのだ。昇進祝いに、大量の賄賂と大量の陳情が降ってきたが、陸山は全くもって嬉しくなかった。なぜなら、次、盗賊団が狙うのは陸山の命に違いないからである。


 畑も荒らされ、家畜も虐殺され、貧窮した村を、それでも守らなくてはいけない。そのために陸山はない知恵を振り絞って、考え続けた。

 一番いい案だと思えたのは、村民の民兵化だった。時の朝廷に懇願すればどうにかなるなどという、甘い期待をしてはいけない。訴えるまでに数年がかりで準備をしなければならず、しかも聞き届けられるのがいつになるかわからないものに頼っていては、被害は深まるばかりだ。自分たちの命は、自分たちで守る気概があってこそ、初めて生きる誇りも、適切な自尊心も生まれてくるというものだ。

 民兵制度と言ったが、これは一種の屯田兵と言っても良い。平時には畑を耕し、緊急時には兵士に代わる、というものだ。


 そのために鍛冶屋が繁盛した。経費は当然の如く陸山持ちとなった。渡された武器を金にかえて、「壊れたからもう一本くれ」なんていう奴もいたが、そんなしょうもないやつの最後まで面倒を見る義理はないと思い、無視した。

 盗賊は村に被害を及ぼすが、彼らも悪知恵に長けている。村の持久力を見て、壊滅的被害の手前で止めて去っていくのだ。そして村が回復してきた頃、作物や資源を「収穫」していく。


 だから、ここ数年が勝負どころだった。

「任命された以上、やるしかない」

それが陸山の結論だった。村に被害が出れば、次に死ぬのは自分だ。家族に被害が及ぶことだけは、何としても防ぎたい。


 集会所となっている寺院に村人を集め、陸山は自分の計画を伝えた。陸山の提案を、村人の7割は受け入れた。残りの3割は、そんなことをすれば、盗賊にもっと酷い目に遭わされる、だとか、うちにそんな余裕はない、とか言って反対した。

「余裕がないのはどこも一緒だ。それでも、なけなしの力をみんなが出せば、総量は大きくなる。盗賊に対抗するには、これしかないんだ」

陸山は説得に当たる。最後には、ものを握らせて黙らそうとした。


 数年後、盗賊団が再来した。来襲を告げる銅鑼の音が鳴った。

 陸山には多少の軍才があったと見ていい。陸山の指揮のもと、急拵えの兵士たちは奮闘し、盗賊を撃退した。逃げ散っていく盗賊の後ろ姿を、村中の人々が呆然と眺めていた。自分たちに撃退できる力があったことが、信じられなかったのだ。村に取り残された残党は、村人たちの自主的な制裁を加えられ、平和が訪れた。

 陸山も、胸を撫で下ろした。これでこの村は安泰だと、崩れるように空を見上げた。ここ数年の気苦労で、眉間に皺が刻まれてしまった。


 ところが、村に平和は訪れても、陸山の心に平和は訪れなかったのである。もちろん、村人は陸山に感謝し、生き神様のように崇める人まで出た。木建築の邸宅まで与えられた。

 だが常時、敵の存在に神経を尖らせていた彼は、心の平安というものを忘れて久しかった。

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