第30話

 昼休み、僕は着信のないケータイを眺めていた。これは無視されているのか。あれから泉からの返信はなかった。僕は仕方なく、泉の教室に向かった。


 ドア越しに教室を覗いたら、小金井の姿はなかった。しかし、泉は自分の席で突っ伏して寝ているように見える。


 僕は教室に入って泉の席へと向かう。


「泉、寝てるの?」


 泉はわずかに顔を上げてこちらを睨んだ。


「なに」


 声は低く、眼光は鋭い。思わず後退りをしてしまう。


「いや、その、メール見てくれたかなと思って……」


「見たわ。それで?」


 泉が怒っていることは火を見るより明らかだった。


 だから僕はすぐに頭を下げた。


「ごめん。あの時のことは誤解で。あれは陰口とかそんなんじゃなくて」


 泉は頬杖をついて言う。


「じゃあ、なんだったの?」


「えっと、それは、そう、占いをやってて」


「占い?」


「うん、占い! 小金井さんって結構そう言うのが好きでさ。それで泉が最近悩んでるように見えたから、小金井さんに占ってもらったんだよ。そしたら、なんか結果がひどくて。ハハッ……」


 泉は訝るような視線をこちらに向けてくる。僕は怯むことなく、泉の目を見続けた。


 泉は一つため息を吐く。


「まあ、いいわ。そういうことにしといてあげる」


 泉はそう言うと立ち上がった。


「ありがとう」


「別に気にしてないわよ。それより学食行くんでしょ?」


「あ、うん、それなら近江も呼んでこようか?」


 僕が近江を呼びに行こうとすると泉は僕の手を摑んだ。


「亮太はいい……」


 泉は俯き気味に言った。


 僕らはそのまま学食へ向かった。


 その日の食堂はいつもよりも人が少なかった。普段は長蛇の列なのに今日はほとんど並んでいない。席にも余裕があるように見えた。


 僕らは学食の中華そばを頼んで一番端の席に着いた。


「ハルはさ。小金井さんと付き合ってるの?」


 泉のその言葉に思わず吸いかけの麺を吐き出してしまう。


「な、なんで?」


 泉はラーメンをつるんと啜った。


「最近、いつも一緒にいるじゃない?」


「そんなんじゃないよ」


「そうなの? でも、好きなんでしょ?」


 僕は再びラーメンを吐き出し、何度か咽せた。泉は「汚い」と呟いた。


「別に好きとかそう言うのじゃないし……」


 泉はこちらをじっと見つめて笑った。


「あれよ。好きなら早めに告白しといた方がいいんじゃない?」


「からかうなよ」


 泉は終始笑みを浮かべていた。でも、その笑顔はどこか空々しかった。


「それで、どうして今日は近江を誘わなかったの?」


 泉はレンゲでスープをゆっくりと混ぜていた。


「そんなの理由なんてないよ。ただ今日はハルと話したかっただけ」


「嘘でしょ?」


 僕はじっと泉の顔を見ていた。そうすると泉も視線をこちらに向ける。


 そして一つため息を吐く。


「実はさ。亮太には言いづらくて……」


 泉はスープをかき混ぜるのをやめる。


「私、転校するかもしれない」


 僕は思わず手を止める。


「どうして⁉︎」


「家の問題でね。両親が別居するって言い出して、だから、お母さんの実家の方に引っ越すことになりそうで」


 急すぎて頭が回らなかった。


「もちろん今すぐにって話じゃないんだけど、八月頃には引っ越すかもしれない」


「でも……」


 泉は押し黙った。


「近江にも言ったほうが──」


 僕の言葉を遮るように泉は言う。


「私ね。亮太に告白しようと思う。それで全部終わりにする」


「終わりって……」


「終わりは終わりだよ」


 泉はまだ食べかけのラーメンを乗せたトレーを持って立ち上がる。


「ちょっと、泉!」


 泉はひらひらと手を振って、学食を後にした。


 僕は何も言えなかった。家の事情に他人が口を挟むべきではないと思ってしまった。


 理不尽に変わっていく現状に僕はわずかな怒りを感じていた。そして、何もできていない自分が情けなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る