第28話
目を覚ましたところは見知らぬ古びたベッドの上だった。
「目が覚めてよかった」
僕の眠っていたベッドの横にはスツールが一脚おいてあった。そして、その隣に立っていたのはこの前海岸で会った白い服の学者の女性だった。
「どうして?」
「ずっと眠ってたから」
その人は静かに言った。
「いや、違うんです。さっきまで家にいたはずなのに……」
その人はなおも静かな笑みを浮かべているだけだった。
「父は、どこにいますか? 心配かけると悪いので」
その人はただ頷くだけだった。
僕はベッドから抜け出した。その人は僕の腕を摑んだ。僕はそれを振り解いてひたすら走った。ここがどこなのかもわからず無我夢中で出口を探したのだ。
いくつかの階段を下って廊下を走った。玄関らしきひらけたところに出た。
玄関のガラス戸から月明かりが見えた。そのまま僕はその扉を押し開いた。
空に輝く月ばかりが明瞭に見えた。外はすっかり暗かった。ここはどこなのか。僕は辺りを見回した。
ここを僕は知っている。
ここは僕が西海に殴り飛ばされた場所、山内病院の駐車場だった。
「何で?」
おかしい。
周りは山に囲まれている。確かにあの場所のはずなのに何故か全てが風化してしまったように見えた。
頭がおかしくなったのだろうか。それともただの夢なのか、わからない。けれど、一つ確かなことは紛れもなくここはあの場所だった。
僕は裸足のまま山道を下った。足の痛みも気にならなかった。傷ついていたはずの体は全く痛くなかった。
全てがおかしい。おかしい。おかしい。
僕は心の中で叫んだ。ここはどこなんだと。僕はどこにいるのだと。
そして自宅にたどり着いた僕は立ち尽くした。
自宅の商店があったその場所には何もなかった。建物が立っていたであろう土台の残骸はあるのだけど、それ以外は何もない。
僕は何もわからなくなった。自分がおかしくなったのかもしれないと思った。
「ハル」
誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。
僕が視線を移すとそこにはあの白衣の女の人がいた。
彼女は僕の名を呼ぶ。その姿を見て僕は懐かしい気持ちになった。ずっと昔にもどこかで彼女とは会ったことがある。そんな気がした。
「ここは、どこですか?」
僕が言うと彼女は俯いた。
「誰も顧みないここは君の故郷だよ」
その人の言葉の意味はわからないけど、ただ僕は悲しくなった。
「僕は誰ですか?」
僕はその場に蹲る。世界に僕ただ一人しかいないような孤独を感じた。
そして、彼女はそんな僕を包み込むように抱きしめてくれた。その熱は僕の体をほんのわずかに温める。
「こんなところにいては冷えるから戻ろう」
彼女の声が耳元で聞こえる。息遣いはとても静かで僕はそれを聴きながら目を閉じた。
どうしてこんなにこの人は優しいのだろう。
僕にはわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます