第21話
翌日の放課後、僕と小金井は蓮見岬の教会に来ていた。
あれから泉とは会えておらず、結局図書室での弁明はまだできていなかった。
「こんなところで本当にシラズ蛙のことがわかるの?」
夕日に照らされて影が落ちた教会は少し不気味に思えた。
小金井は若干不満げに鼻を鳴らしていた。
「少なくともここの神父さんはシラズ蛙のこと知ってるから」
僕が言うと小金井は教会を向いた。
「それなら早く行きましょう」
小金井はすぐに教会の入り口へ歩き始める。
小金井は割と自分勝手なのだということがわかってきた。
相変わらず大きい建物だった。こんなところになぜ教会があるのか今更に不思議に思う。父親の話じゃないけど、岬の先にはたいてい灯台が建っている。
「先に入るわよ」
教会の前で小金井が言った。僕は急いで後を追う。
中に入るとエントランスの中央に丸机と数脚の椅子が並んでいた。下駄箱の隅には埃が溜まっているし、壁も黄ばんでいた。掃除はされているだろうけど、建物自体の古さは隠しようがない。
奥の部屋から神父が段ボール箱を持って出てきた。
「あれ、君は……」
「こんにちは」
僕が軽く会釈をすると神父は手に持った段ボール箱を置いて頭を下げた。
「今日は見学ですか?」
僕が何と答えるべきか思案していると小金井が先に言った。
「シラズ蛙について教えてください」
小金井が言うと神父は目を丸くしていた。
「また、珍しいことがあるものですね」
神父はそのまま再びダンボール箱を持って二階へ案内してくれる。
「少し待っていてくださいにね」
神父は段ボール箱を持って二階の一番奥の部屋に入っていった。その後、手ぶらになった神父が奥から三番目の部屋に案内してくれる。
扉を開くとそこには背の高い木製の書棚がいくつも屹立していた。その書棚は本で埋め尽くされており、部屋の中は古い本特有の匂いに満ちていた。
「ここには古い文献も多数ありますから、シラズ蛙についてもいくつかあったはずです」
神父は書棚からいくつかの本を取り出し、窓際にある机の上に置いた。
「おそらくこの他にもあると思いますので、気になるようでしたら探してみてください」
そこまで言うと神父はお辞儀をして、「何かあれば言ってください」と部屋を出ていってしまった。
その部屋には机が二台、その机にそれぞれ向かい合う形で椅子が四脚あった。僕らは神父が本を置いた窓際の席に着いた。
僕の正面に小金井が座って、彼女は早速本を開いて内容を確認し始める。僕は本に目を落とす小金井を見ていた。改めて見るとまつ毛がとても長いことがわかった。
そして、小金井が急に顔を上げる。僕は慌てて視線を逸らしたけど、一瞬目が合ってしまった。
「ここ、見て」
小金井は首を傾げる。
「どうかした?」
「い、いや、何でもない。それよりどれ?」
僕は小金井の隣に移動して、小金井が開いている本を見た。
「この辺りなんだけど」
その本はある民族学者の著書で小金井の指し示すところにはシラズ蛙の記述があった。
シラズ蛙が蓮見岬近辺に存在する民間伝承であること、そして、白くて丸いカエルの妖怪であると記載されていた。ページの左端には小さくだが挿絵まであった。
「似てる」
小金井が呟く。
その絵は古いものなのか線が途切れて判然としない部分もあったが、小金井にはわかるのだろう。確かに目もなく、口を開けている姿は小金井の話していた白いモノの姿と一致していた。
「これ誰が描いたんだろう?」
「ちょっと見てみる」
小金井は挿絵下の記載を読み、参考文献のページに移動する。
「魚齢章?」
参考文献の欄には『
「挿絵を見る限り、相当古いものなのかも」
僕と小金井は他に魚齢章の記載がないかを調べたがその他に手がかりとなるものはなかった。
それから部屋の書棚を調べたがシラズ蛙に関するものはほとんどなかった。数冊見つけたものも最初に見た本の焼き回しみたいなものしかなかった。
結局、シラズ蛙について今知っている以上の情報は得られなかった。ただ一つわかったのは『魚齢章』と呼ばれる文献にシラズ蛙の絵が描かれてあると言うことだけだった。
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