第10話
泉と会ったのは小学四年生になってからで本格的に話すようになったのはその年の冬だった。
その年の冬ごろには毎日のように近江と二人で遊ぶようになっていた。蓮見岬の教会近くに巻貝をモチーフにした大きい滑り台が設置されている公園がある。学校が終わると僕らはいつもそこに立ち寄って遊んでいた。
僕らはその公園の前を通る泉の姿をよく見かけた。
泉はクラスではかなり浮いた存在だった。いつも一人でいる彼女に僕は自分の姿を重ねることがあった。僕も近江と出会わなければ、ずっと一人だっただろうと思う。
彼女はクラスで孤立していた。いつもツンと前を向いて、誰の手も借りずになんでも一人でこなしてしまう彼女に皆近寄り難さを感じていたのかもしれない。でも、それだけが原因じゃない。
彼女が孤立していた一番の要因は彼女の家がカトリックだったからだと思う。
僕は正直宗教のことなんてよく分からなかった。それはクラスメイトも同じだったと思う。
子どもというものは知らないもの、他と違うものに敏感だ。だから、みんなは昼食の時に一人祈りを捧げる泉を見て、遠ざけたのかもしれない。誰も悪意があったわけでもないと思う。
そんな状況がその年の十二月まで続いていた。
だから、泉は熱心に教会に通い詰めていたのかもしれない。
いつも分厚い冊子を手に公園の前を通る泉の姿を僕と近江は見ていた。
十二月の初雪の日、僕と近江は滑り台の上で「積もれ積もれ!」と空を見上げて騒いでいた。その日は珍しく大粒の雪が降っていたから積雪を期待していたのだ。そんな時に教会から出てくる泉の姿を見つけた。赤色のミトンの手袋をして耳が真っ赤になっていた。その姿が妙に寂しげで「マッチ売りの少女」の童話を思い出した。近江も何か思うところがあったのかもしれない。
「おーい」
雪の降る日だというのに半袖半パンで滑り台の上に登っている近江が大声を上げた。そして泉に向かって手を振る。
泉はこちらに気づいて一瞬躊躇ったようだったけど、ゆっくりと公園内に入って滑り台のほうに近づいてくる。その時の泉は少し自信なさげで俯いて視線だけを近江に向けていた。
近江はそれを見てニシシッと笑った。
「あそこの教会ってキレイだよなあ」
僕は一人滑り台を降りてその様子を見ていた。近江はいつもどうでもいいことを言う。たいした話じゃなく別に返事なんてしなくてもいいような些細なことばかり言う。だからこそ、僕や泉みたいな奴でも話しやすかったのかもしれない。
泉は近江の言葉を聞いて俯いたけど呟くような声で言った。
「中は、もっと綺麗だよ」
いつもの態度とは違ってその時の泉は弱々しく、同時に少し嬉しそうだったことを覚えている。
それから僕と近江と泉は一緒にいることが多くなった。泉もきっと望んで一人でいたわけではなかったのだと思う。
だから、泉にとって近江は誰よりも特別な存在だったのだろう。些細なことかもしれなが、彼女もまた近江に救われたのかもしれない。
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