六章 ライブバンド

第75話 音楽性と方向性

 高校生は夏休みも最終日。

 俊の家に高校生組が集まって、残った宿題を片付けようとしていた。

 だがそれならせっかくと、他のメンバーも呼ぶ。

 そして年少組は、月子のアイドル卒業を知ったのである。

「それってひどくない!?」

「言うまでもなくひどいよね!」

 千歳も暁も、そのあたりは同じ意見であるらしい。

「よし、今から一緒に、これから一緒に殴りに行こうか」 

 千歳はそう言って立ち上がったのだが、洒落にならないので俊は止める。


 そもそもアイドルというのが、寿命の短いものであるのだ。

 何かに転身しなければ、いくら長くても十年も寿命はないだろう。

 実力派のボーカルに転身するなり、女優になるなり。

 地下アイドルからは、そんな方向に道はない。

 せいぜいが会員制のクラブなどで働いて、権力者側にパトロンを得るなど。


 将来性などなかった。

 だがそれでも、月子は輝いていたのだ。

「まあ将来的には大きな舞台で歌うことにはなるだろうけど」

 俊はそう言っているが、喫緊の課題というものもある。

 たとえば月子の今後である。


 今すぐ追い出されるわけではないが、近いうちに出て行く必要があるアパート。

 現在の値段で借りれるような物件は、まずないであろう。

 そこで俊としては、居候のことを解決策として出したのだが。

「俊さんのことは信用できるけど~」

「男は狼だから~」

 暁と千歳の高校生組が、どこか潔癖さを求める視線を向けてくる。

「さすがに俺も二人きりだとまずいとは思ってるから、大学でちょっと探してみるつもりだし、信吾も住んでもらおうかと考えてる」

「俺?」

「「余計に危ない~」」

 なんだか高校生組は、このあたりの呼吸がばっちり合っている。


 ただ四人もいればルームシェアということになるのか。

「あたしが叔母さんのところからこっちに引っ越すとか」

「出来るわけないだろう」

 千歳の提案は、俊に一蹴された。

「俺の知り合いの女に声かけてみようか?」

「それが純粋に知り合いならいいけど、元カノとかじゃないだろうな?」

 信吾の目が泳いだ。

「当たり前の話だが、男を連れ込むのも女を連れ込むのも禁止だ。どちらにしろお前の場合は、相手の家に行ってるんだろ?」

 無言のまま頭を掻く信吾である。




 月子としては今の格安の家賃が、さらに浮くことになる。

 水道光熱費などは、これまでとの差額をもらうことにする。

「基本的に二階の部屋のどこかを使ってもらえばいい」

 俊は一階の居間か、地下にいることが多いのだ。

 二階にも風呂とトイレがあるので、そちらを女子専用にしてもらえばいいだろう。

 それは少し先のこととして、改めて考えておかなければいけないことがある。


 その前に一つ、事実確認をしなければいけない。

「メジャーレーベルからの声、かかってないよな?」

「ああ、おかしいよな」

「フェスであそこまで盛り上げれば、少しは接触してきても良さそうなもんだが」

 信吾も西園も、それは同じ感想であったらしい。

 

 別にやろうと思えば、信吾も西園も、コネを使ってライブハウスに呼ぶぐらいのことは出来るのだ。

 しかしここまで、声がかかってきたのは月子に対してのものだけだ。

「え、なんかマンガみたいに圧力がかかってるとか?」

 千歳はそう言ったが、それはBECKの読みすぎである。

「俊さん、彩となんだか凄く仲が悪そうだったけど」

「あいつは最悪の性格だが、そのあたりには美学があるから、そういうことはしない」

 月子の出した名前に、俊は反論した。

 そもそもいくら日本のトップレベルといっても、彩一人でそんな圧力をかけられるわけもない。


 圧力をかけようにも、今はネットで配信が出来る時代だ。

 そこから噂が広がって、インディーズから出したCDは売れたのだ。

「そこも問題だな。サブスクとかも含めて、配信はどうしていくんだ?」

 西園はシビアに、儲けるための手段を考える。

「アルバムが思ったより売れて、まだ売れ続けてるんで、この路線は一つとしておこうかなと」

 俊としては、この売れた理由がもっと明確にならないと、安易に他の路線には入りたくない。

 あとはもう一つ、実績作りだ。


 なんだかんだ言いながら、まだノイズのライブは10回にも満たない。

 そして特に、ワンマンでのライブが一度もないのだ。

 これはまだ、持っているオリジナルが少ない、ということも原因であるのだが。

 対バンの少ないライブをして、少しでも体力をつけておくべきか。

 意外と女性陣の中では、月子は体力がある。

 暁もギターだけならいくらでも弾けるので、やはりここでも千歳がネックになる。

 体力不足なのだ。もっともこれはペース配分の問題でもあるが。




 経験値を増やすというのは重要だ。

 あとは他のメンバーにも、作曲を少ししてほしい。

「あたしはアレンジが精一杯」

 暁はギターの部分にしか興味がない。

「おれはそこそこ作ったけど」

 信吾もやはり、ベースラインが中心となる。ギターも弾いていたくせに。

 結局ここは俊がほとんどをするしかない。

 その分だけ著作権で、他のメンバーより多くもらうわけになるのだが。


 基本的に当面は、あまり積極的にはメジャーデビューは狙わない。

 活動はライブを主体に、ワンマンで出来るようにまでなってみよう。

 そしてインディーズからのアルバムをまた、何度か試してみたい。

 ネットでの公開はどこまで行うか、それも問題である。

 サブスク配信するにも、もっと知名度を上げたい。


 そういった方向で売っていこう、というのは共有される。

「あとは音楽性の問題もあるんじゃないか?」

 これは西園の意見である。

「カバー曲にとにかく統一性がない。音楽性が定まっていないことが、声がかからない理由じゃないか?」

「音楽性なんて、どうせ所属したレーベルで変えられるものでしょう」

 そのあたり俊は、シビアな考えを持っている。


 音楽性に関しては、俊はそれほどこだわりはない。

 なぜなら洋楽などを見ても、ビートルズやQUEENなどはかなり幅があるのだ。

 メタルのバンドでも、普通にバラードをしたりしている。

 だがやりたくない方向性はないではない。

「EDMを使うのはいいけど、EDM主体にはしたくない」

「たしかにうちは、アキのギターがあるしな」

 畑違いのリードギターも弾いていた信吾が、そこは頷く。


 これまでのノイズが演奏してきた曲は、アニソンの他に70年代や90年代の邦楽、また洋楽まである。

 そしてアニソンとは、全てを含んでいる。ゴリゴリのメタルもあれば、POPSからバラードまである。

 このメンバーであれば、ほとんどの演奏は出来る。

「HIPHOPはあんまり好きじゃない」

 俊の好みとしての話である。

 またラップなども好みではない。

 HIPHOPなど今の主流であろうに。


 ただラップ系に関しては、確かに俊は作っていない。

「絶対に作らないわけじゃないけど、HIPHOPよりはまだ、クラシックの方が俺は好きだ」

「絶対に作らないわけじゃないなら、それでいいと思うけど」

 月子もラップ系は得意ではないというか、よく分からない。

「パリピ孔明ではラッパー仲間にしてたのにね」

「ラップがそもそも必要じゃないというか」

 千歳がまぜっかえすように言うが、今のノイズは純粋にバンドである。

 使えない楽器の音は、俊がシンセサイザーで作ってしまえる。


 やれることは色々とあるのだ。

「音楽性は、むしろ固定しないってことか」

 西園などは難しい顔をするが、ここは俊にとって重要なことなのだ。

「強いて言えばギターの力を出来るだけ使うようにします」

 暁のギターの力は、確かに大きい。

 今後どういうことをやっていっても、その基本にはハードロックがあってほしいのだ。




 音楽性などは、やっていけば自然と出てくる。

 そもそも俊はサリエリ以外の名前で、明らかにふざけた曲を作ったりしていた。

 ならば音楽性以外の方向性だが、とりあえず名前を売るのが最優先だ。

 フェスに出た後に公開していた歌唱画像はさらに動いている。

 オリジナルの楽曲が動かなければ、収入にはならない。

 歌ってみたは導線であるのだが、ある程度は今後も増やしていきたい。

 あとはシェヘラザードから、出してみたいアルバムがある。


 ネットのコメントを見てみれば分かるのだが、ノイズは現在カバーバンドとしての期待値が高い。

 作詞作曲が著作権のあるものを演奏しても、そのままではあまり儲けにならない。

 とりあえず音楽だけに集中できる程度には、全員の収入を安定させたい。

 高校生二人は保護者の保護下にあるからともかく、月子と信吾は問題である。

 ある程度はバイトに使う時間があってもいいが、基本的には音楽活動をしていかなければいけない。

 ライブでのケミストリーを爆発させるにしろ、曲の解釈を共有するにしろ、とにかく時間が必要だ。

 もっとも一番時間が不足しているのは、俊なのである。


 まずは九月にライブを三つ入れてある。

 この調子で場数をこなしていって、12月には大きなフェスに呼ばれるようにしたい。

 あとはメディアへの露出である。

 テレビなどは必要ないが、雑誌やネットでの周知は必要だ。

 特に音楽の専門雑誌である。

 誰もが知っているバンドになる前に、土台となるファン層を作る必要がある。

 そのためにはやはり、ライブで直接聞かせる必要があるのだ。


 今のところはハコの企画などに乗っていくばかりである。

 ワンマンをしても、100人ぐらいなら埋められるかもしれないが、そのためには曲が足りない。

 もちろんカバーを使ってもいいのだが、それでも練習は必要だ。

「この方向性で何か問題があるかな?」

「あ、問題ってほどじゃないけど、あたしら10月に文化祭があるんで、ちょっと来れない日が増えるかも」

 それは仕方がないことだ。

「そういえば体育館でライブとかするけど、ああいうのに外部の人間を出してもいいのかな?」

 千歳が考えていることは、俊には分からないでもない。

 おそらくはタダになるが、知名度を上げるのには役に立つ。

「どうだろうな。まあ大学なら出身のバンドを呼んだりもしてたけど」

 高校生ぐらいというのは、一番拡散力が強い年代とも言える。

 そこで人気が取れるものなら、演奏する価値はあるだろう。


 大学の場合は確か、ギャラが出たはずである。

 高校はちょっと難しいか、そもそも外部の人間が参加できるのか。

(無理なら無理で、方法はあるけれど)

 知名度を上げるためなら、色々とやりたいことはあるのだ。




 まずは今年の目標である。

 年末の大規模フェスに出ることと、それまでにまたアルバムを出すということ。

 新曲が大量に必要になるので、ワンマンライブが出来るかどうかは微妙だが。

 今の時代はものすごい早さで、コンテンツが消費されていく。

 だから何か、消費されないコンテンツというものは必要なのだ。


 過去の名曲のカバーというのは、そのためには悪い手ではない。

 あまり自覚していなかったが、時代を超えた名曲というのはあるのだ。

 サリエリとしての活動も、そろそろ新曲を発表したい。

 ただそれをやるよりも、月子に歌わせて彼女の経済事情を安定させたい。


 引越しをどうするかも、考えないといけない。

 信吾の方は問題ないが、月子を女一人で居候させるのは問題であろう。

「それと、あたしのボイトレ」

「それもあったな」

 千歳のボイストレーニングというか、一度ちゃんと歌の専門家に見てもらいたい。

 そういったものは、それなりに伝手などがあるのだ。


 ヘルプやサポートに呼ばれることもあるだろう。

 全ての日程を考えて、それに合わせてもらう必要がある。

 相変わらず俊に、音楽活動でも作曲以外のことが集中している。

 なんとか信吾たちの生活に余裕を持たせて、ある程度は分散させたい。

 こういった苦労が、成長の糧となるのかもしれないが。

(音楽自体では順調なのが、せめてもの救いかな)

 ある程度の知名度は上がってきている。

 それでもこの業界の頂点は、はるか彼方。

 高みがどこにあるのかぐらいは、どうにか分かってきた気がしないでもない。



×××


 おまけ・ノイズの中での各自の呼び方

 俊

 月子・暁・千歳「俊さん」信吾・西園「俊」

 月子

 俊・信吾・西園「月子」暁・千歳「ツキちゃん」

 暁

 俊・信吾・西園・千歳「アキ」月子「アキちゃん」

 信吾

 俊・西園「信吾」月子・暁・千歳「信吾君」

 西園

 全員「栄二さん」

 千歳

 俊・暁・信吾・西園「千歳」月子「ちーちゃん」


 ただしライブ中や取材中は異なる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る