第63話 ファーストアルバム

 過去のデータを見れば、日本でのアルバムの売り上げなどは、21世紀初頭に頭打ちになっている。

 これは実際のアルバムの売れ行きであり、音楽のネット配信が現実的になってきたからだ。

 もっともシングルのレンタルなどは、まだしばらくレンタル需要は大きかったし、アイドルのシングルはまとめ買いなどがあった。

 まだ俊たちが子供の頃の話であるが、あれがセールスのランキングを席巻したせいで、売り上げと本当の人気に乖離が出来たのではなかろうか。

 ただその時代については、本当に俊もろくに調べていない。


 そんな俊の家に送られてきた、100枚のディスク。

 Noiseの名前と「1」とだけ書かれたものである。

「ツェッペリンの真似か?」

 信吾はそう茶化したが、俊はまともに応対する。

「あれはローマ字で、ファーストアルバムはバンド名だけじゃなかったっけ?」

 ジャケットデザインも、かなり簡単なものである。

 白地に黒で正六角形が書いてあり、その中に六芒星が同じ太さの線で書いてあるというものだ。

 左上にNoise、そして真ん中に「1」の数字。


 ジャケットのデザインは、適当に皆の意見を聞いて、最終的には俊が決めた。

 西園は正式なメンバーではないので、特に案は出していない。

 ただ適当と言っても、メンバーの人数が六人であることを考えると、意味が出てくるのではないか。

 ブックレットも俊が大学の知り合いに頼んで、安く作ってもらったものだ。

 最終的にはレーベルに任せたが、素材は全て提供した。

「うわ~、ちゃんとしたCDだ」

 千歳が当たり前のことに驚く。

「最近は現物のアルバムなんて見ること少ないしね」

 配信が主流の時代なので、暁もそんなことを言っている。

 それでも暁はまだ、父のCDなどをたくさん見ているのだろうが。

 月子は自分たちのCDを手渡しで売っていたし、男の方のメンバーは、普通に好みのCDを本体で持っている。


 さしあたっての仕事は、このCDを売ることである。

 ライブハウスで売れば、流通を通していないし店舗の取り分もないので、かなりの儲けになる。

 それでも20万円といったところで、それを六人に分けるのだが。

 つまりあれだけ頑張って、一人三万ちょい。

「バンドの人数って、少ない方が有利なのか」

「それ以上言ってはいけない」

 千歳の言葉を止める俊である。

 バンドメンバーを減らそうなどと考えるのは、この段階ではない。


 そもそも100枚全部、そう簡単に売れるものでもないだろう。

「誰か自分用にほしい人間いるか?」

「あ~、じゃあ俺、実家に送るわ。定期的に連絡してないと心配するし」

「うちも自分で聴くように一枚もらおうかな」

「あたしもお父さんに聴いてもらう」

「う~ん、うち多分、読み込む機械がないと思う」

「PCがあったら安くプレイヤーは売ってると思うぞ」

「じゃあ一枚もらっておこうかな」

「わたしもレッスン場のプレイヤーで聴いてもらう」


 月子が一枚、CDを持っていく。

 それがどういう影響を与えるのか、俊は想像してしまう。

「まずは次のライブだな」

 10枚売れたらいいぐらいかな、と俊は思った。

 そもそも300人しか入らないハコであるのだ。




 ワンマンライブを、出来るぐらいには曲は増えてきた。

 だが実際に演奏できるのは、まだまだ数が足りていない。

 千歳の技術の向上待ちなのだ。

 もっともその上達速度は、夏休みになってからかなり上がっている。

 軽音部と暁の家の防音室で、相当に弾いているらしい。


 指の絆創膏が痛々しいが、最初は誰でもああなるのである。

 生まれつき、とんでもなく皮が丈夫な人間もいるが。

 あとは暁のように、知らない間に弾いていたというケースだろうか。

 集中力の続く限り練習するが、だいたい千歳に限界が来て休憩となる。

 ただその間には、暁がギターを弾いて、それを千歳が歌ったりするのだが。


 ギターが二本あるなら、それだけでもある程度は成立する。

「なんだか歌えるアニソンだけどんどん増えてくな」

 信吾は苦笑するが、今はアニメとのタイアップが一番売れる時代とも言える。

「80年代のアニソンってオーパーツみたいに、名曲があったりするよな」

「タフボーイ以外にペガサス幻想とかも、外国人カバーがあるぞ」

 もちろん二人はおろか、西園でさえ生まれていない時代だ。


 それにしてもこれだけ聴いていると、本当に千歳の歌は表現の幅が広い。

 月子の一点突破とは、全く違うタイプだ。

 しかしコーラスをすると、見事に合っていくのだ。

 その意味ではフェスに選んだ曲は、良かったと思う。

 艶があると言うか、ハスキーなわけではないが、粘りがあって色気もある。

 高校生の表現力とは、ちょっと違うと思う。

(デビュー前の彩が、こんな感じだったかな)

 感情の乗せ方が、月子とも似ている。

 月子の場合は唄の素養の影響もあるのだろう。


 不遇や不幸が、才能を育てる。

 そんな説もあるが、確かに月子や千歳は、不遇や不幸な目に遭っている。

 しかし千歳の場合は、昔からそんな環境であったわけではない。

 また暁の場合も、父親と二人暮らしとはいえ、それを不幸とは感じていないだろう。

 俊にしても、自分の人生は充分に、ショッキングな出来事が多かったと思う。

 ただそういった、精神に与えられた衝撃によって、何かを生み出そうとする原動力にはなるのかもしれない。

 暁の場合はかなり、特殊な環境で育ったというところが大きい。


 自分に才能があるとは思わない俊である。

 だが小器用に色々とこなせるのは、幼少期からの環境があったのは確かだ。

 そしてこの、自分の中に燃える、音楽に対する執念じみた感情。

 貪欲にインプットした先には、名曲となりえる楽曲が誕生した。

 ノイジーガールの再生数はいまだに伸び続けている。

 いよいよ音源として販売すると発表した時も、絶対に買うというコメントが100件はついた。

 あまり信用はしていないが。

「さて、そろそろ休憩は終わって、練習再開するか」

 そう言うと、げんなりとした顔をしながらも、ちゃんと立ち上がる千歳であった。




 本日のハコはストレンジという、規模としてはホライズンと同程度のライブハウスだ。

 そしてやっと物販がある。音源であるアルバムだ。

 今時アルバム、と思う人間は多いかもしれないが、念のために販売スタッフを友人に頼んでおいた。

 こういう時は身近に貸しを作っておくのがいい。

 メンバーに販売をさせるのは、女性陣だと問題があるだろうし、信吾などは前のバンドからのおっかけがいる。

 俊は様々な手続きに忙しいし、ならば西園に任せるかというと、そういうわけにもいかないだろう。


 ノイズはバンドとしての露出はさほど多くない。

 月子はルナとしてオリジナルを二曲公開しているが、それはギターソロなどを短縮した打ち込みを使っている。

 再生数はとんでもないものになっているが、フルレコーディングしたものはまだ流していない。

 そしてライブはリピーターが多い。

 なのでなかなか、その実体が広がっていっていないところはある。


 フロントを女三人で固めて、リズム隊とシンセサイザーが男。

 いや、それならキーボードを女にやらせるべきなのでは?

 そんな感じの印象を、いわゆる硬派なバンドは持っている。

 リードギターとギターボーカルが女子高生というのも、いかにも話題先行ではないのか。

 ただリハの様子を見ていると、それは偏見だと分かる。


 前回の失敗を踏まえてか、いつにもまして音作りに慎重な暁。

 リズム隊も音響をしっかりと確認する。

 そういった面を含めて、全てを統括して確認するのが俊である。

「ボカロPがバンドなんか組むんじゃねえよ」

 そんな声も聞こえてくるし、ネットに書き込まれることもある。

 確かに最初は、俊もユニットでやろうとは思っていたのだ。


 単純なユニットよりも、むしろ成功からは遠ざかった気がする。

 だが表現出来る幅は、大きく広がった。

 アナログでフィジカルな音と言ったらいいだろうか。

 人間は正確すぎる音には、むしろ共感しづらいとも言われる。

 それがLPのリバイバルブームになったりするのだ。


 本日の出番は、五組中の三番目。

 他のバンド目当ての客も、それなりにいるはずであろう。

「フェスへの参加も決まったし、その告知もCD販売と一緒にしないとな」

 MC担当の俊が、少しいつもと勝手が違うので、ぶつぶつと呟いて確認する。

 曲自体は相変わらず、千歳のリズムギターが不安だ。

 後は暁が、前回の失敗を引きずっていないか。


 俊はそのあたり、リズム隊とも話してある。

 なにしろノイズは、暴走しかけたことはあっても、あそこまで失敗に近くなったことはない。

「月子に引っ張ってもらうしかないかな」

 信吾としては、フロントの三人の中では、一番月子に期待しているらしい。

 月子は確かに、ステージ経験は圧倒的に豊富だ。

 失敗してきた経験も多く、むしろ失敗ばかりであったと言える。

 だがここのところはたまにステージを見に行っても、圧倒的な存在感を示している。




 これまでは暁のギターが、二人のボーカルを引き出すということが多かった。

 だがバンドというのは、一方的な方向性ではいけないだろう。

 暁を自分が引っ張るというのは、どうも月子の意識にはなかったらしい。

 そもそも練習の間は、暁に異常など感じていなかったのだ。

「俺も心配のしすぎかもしれないとは思うんだけどな」

 それでも俊がそう言うなら、意識するのが月子である。


 楽屋で出番を待つ。

 暁の様子は、やはりいつも通りだと思う。

 ただ失敗の後だけに、いつも通りであるのを必至で装う、ということもあるのだ。

 男性陣はそういう経験がかなりある。

 月子もずっと、失敗ばかりであった。特にダンスは。

 今では歌を求められているので、ほとんど失敗はないが。


 月子はアイドルと言うよりも、アイドル風のシンガーという領域に変化しようとしているのだ。

 80年代の後半ぐらいまでであれば、この才能には普通に注目されただろう。

 ソングライトが出来ないので、純粋なシンガーになるのだろうが。

 他人との距離感が上手く測れないという人格が、俊に見つけられるのを待っていたようにも思う。

 俊は己の音楽の才能を低く見ている。

 だが少なくとも、才能を見抜く、あるいは聞き分ける能力は、間違いなく持っているだろう。

 

 やがて出番が回ってくる。

 メンバー全員が、ステージに向かう。

 先頭を俊、その後ろに西園と信吾、月子に千歳、最後に暁。

 機材をセットし、簡単なチェックを行う。

 全員からOKのサイン。

『どうも、ノイズです。ここでやるのは初めてになりますんで、まずは挨拶代わりに』

 シンセサイザーで作った音が流れ出す。

『タフボーイ』

 そして暁のギターが始まった。


 西園のドラム、信吾のベースと重なって、ヘヴィな音を鳴らす暁。

 この音をあの、中学生みたいな女の子が鳴らしているのか、と初めての客はだいたい驚く。

(う~ん、悪くはないんだろうけど)

 微妙な感じかな、と思っていたところで月子のボーカル。

 タフボーイは月子も千歳も、どちらであってもメインボーカルで歌える曲だ。

 あるいはほぼ完全にコーラスでハーモニーにすることもある。

 だが今日は月子メインで、と伝えてある。


 掛け声がオーディエンスの間からもかかり、そしてボーカルへと。

 相変わらず英語は微妙だが、さすがにこれは歌いなれてきている。

 その月子の、透き通ったパワーに、身構えていない者はガツンとやられた。

 月子はロックを歌わせても、なんだかんだソウルになってしまうのだ。あるいはブルースと言うべきか。

 音楽には厳密には、そんな垣根はないとも思うのだが。




 ハコを完全に暖めて、一曲目が終わる。

 次はあのバンドであるが、その前にMCが入る予定だった。

 だがこれは事前に、二つのパターンを考えていた。

 暁の調子を見ての判断になるが、やはり行けると俊は判断した。

 フロントの三人には、やはり特別な力があるのだ。


 入り方が主に二種類あるこの曲。

 暁が視線を西園に向けたが、その西園から暁は指差される。

(アニメ版か)

 ふうと息を吐いて、髪ゴムを外す。

 そしてそこから、ギターソロのイントロが始まった。

『二曲目! あのバンド!』

 ここは千歳がメインボーカルである。


 暁のギターイントロが終わるのと共に、PAが照明などを操作し、他のパートの演奏が始まる。

 楽曲版ではなく、アニメ版の入り方である。

 既にイントロの段階から、暁のギターは叫んでいた。

 それは怒りの叫びである。

 タフボーイではまだしも抑圧されていた、己に対する怒り。

 それが解放されて、激しいリフとなったのだ。


 感情を見事に叩き付けていく。

 そしてそれを、しっかりと周囲がサポートする。

 より強く歌うべきところは、月子と千歳の声がハーモニーになる。

 重さと甘さに対して、透明感。

 それがより楽曲を重層的にしていく。


 普段からギターパフォーマンスなど、あまりしない暁。

 だがこの解放されている感じの中では、恍惚とした笑みを浮かべてギターを歌わせる。

 そのわざとらしくない動作の中で、凄まじい速さで指が動いていく。

 時折わざと、ピッチをずらしていく。

 その不協和音が、逆にフィーリングを感じさせる。

 これはもう才能か、あるいは莫大な経験の果てにしか存在しない。

 二曲目でもう完全に、ノイズの演奏はオーディエンスを熱狂させることに成功していた。

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