18話 王子様の勘違い
ぼくはミカエル・コーネリウス・ロア・アストロメリア。
15歳になる。
王位継承権第一位であり、次代の玉座に最も近いと言われている王子だ。
なんて、そんなのは表向きの評価で……実際は一つ下の妹ステラに派閥争いで一歩も二歩も遅れをとっている。貴族連中は口をそろえて僕を王位継承者にふさわしいと讃えるが、仮面の下ではステラが即位するのを望んでいる者もいる。
ほとんどの貴族が口先ばかりの美辞麗句を並び立て、実際にぼくを支援してくれる者は少ない。
「そんな中————あのフローズメイデン伯爵令嬢はぼくに精霊石をくれた」
ぼくの身を案じて貴重な【精霊石】? という未知のアイテムを譲ってくれた。
……いやいや、ぼくは何を考えている?
あの娘こそ疑わしい。聞けば先日、ステラが開いたお茶会に参加していたというじゃないか。
ステラの回し者という可能性も考えられる。
気を許してはならない相手だな。
「最近は口ばかり達者な貴族が増えているようだな……」
自領の管理不足から始まり、何かと理由をつけて民から重税を搾り取ろうとする怠惰な貴族を見るたびに、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
税収を上げたいのなら、自領が発展するように働きかけ、領主として尽力するのが当然なのではないか?
民を苦しめ、枯らしてしまったら元も子もない。
「しかし、あのフローズメイデン伯爵領は違うな。近年、目覚ましい発展を遂げている————ってなぜフローズメイデンの名がッ!」
いけない。一人で声を荒げるなど王族の品位に関わる。
最近は何かと気が立ちやすい。
そして時折、立ち眩みなどもする。しかし、休んでいる場合ではない。
ぼくが王位を継承した時に怠惰な貴族たちを
「……まずはメイドが運んできた料理をさっさと食べ終えて、帝王学を履修しなければ。次に————」
食事を採りつつ、自分のやるべきタスクを言葉に出して整理してゆく。
この方法は自身の乱れたメンタルを落ち着けるのにちょうどいい。
「王子殿下。お食事中、失礼いたします」
「どうしたフレイ」
フレイ・バーン・ノートルダム。
ぼくの専属近衛騎士でもある彼はわりと寡黙な人物なので、食事中にこんな風に話しかけてくるとは珍しい。
「そちらの……宝石? のようなものが輝いておりますが」
フレイの指摘に目をやれば精霊石とやらがほのかな光を灯していた。
先ほどまでうんともすんともしていなかった物がなぜ……?
ぼくはフローズメイデン伯爵令嬢が口にしていた、『あらゆる毒などに反応する』といった言葉を思い出す。
まさか————
「フレイ。最近ぼくの食事を運んでくるメイドが変わったな?」
「そのようです」
「どこの者だ?」
「ベラドンナ子爵の三女だったかと」
「ベラドンナ子爵……少し裏を探ってみる必要があるかもな。フレイ、この食事に毒性がないか極秘で調べてほしい」
「と、申しますと……メイドの方は泳がせておいてよろしいので?」
少ない説明でぼくの思惑を把握できるフレイはやはり優秀だ。
「ああ。仮にぼくに毒を盛りたい者がいるとして、こちらがその思惑に気付いたことを悟られたくはない。尻尾を掴むためにもな」
「承知いたしました。別の食事を秘密裏に手配させていただきます」
「頼む」
それから数日経つと、ことの全貌が明るみになってきた。
まずぼくに配膳されていた料理には微弱な毒が含まれていた。食べてすぐどうこうなる代物ではないけど、口にし続ければ確実に衰弱死する
どうやら最近ぼくが体調に異変を感じていたのは、この毒が原因だったようだ。
そして、そんな毒料理を運んできたメイド、ベラドンナ子爵の三女だが……どうやらベラドンナ子爵は新事業に失敗して、多大な借金を抱えているようだ。そこでその負債を肩代わりすると申し出た高位貴族がいたらしい。
調べではオリゾント侯爵家となっている。
オリゾント侯爵はステラ派閥の中でもかなりの有力貴族だ。しかし、お金の流れを追ってゆくと、どうもそれほど莫大な援助をしているようには思えなかった。
同時期にステラが保有する
これらを精査すれば、自然と一つの疑いが浮上してくる。
「ステラは……オリゾント侯爵を通じてベラドンナ子爵の借金を帳消しにした? その見返りにベラドンナ子爵の三女をぼくの
借金を帳消しにする代わりに、
ステラとは確かに競い合う仲ではあるけど、決して殺し合う仲ではない。
ましてや
となるとやはり裏で糸を引いてるのはオリゾント侯爵か?
仮にベラドンナ子爵の三女がぼくに毒を盛っていたことが判明しても、オリゾント侯爵はベラドンナ子爵を見捨てればいい。トカゲの尻尾切りだ。
「結論を出すのはまだ早いか……しばらく相手の策にハマったと見せかけて様子をみるか」
「しかしフローズメイデン伯爵令嬢からいただいた、【精霊石】というのは不思議な物ですな」
「みなまでいうな。わかってはいるさ、フレイ。彼女に命を救われたぐらいな」
「これは出過ぎた真似を失礼いたしました」
「よい。しかしフローズメイデン伯爵令嬢か……」
彼女はあの時、黄金樹を眺めながらぼくと同じことを考えていた。
『不思議とあの黄金樹を眺めていると……昨日の自分より、今日の自分、明日の自分はもっと輝けるように……精進せねばと思えるのです』
ぼくは黄金樹で
それがマクミランを救えなかった、次期国王としての責務だと思っている。
弟一人も救えない兄が、どうして民を守護できようか。必ずぼくは……民を率いるにふさわしい王となり、アストロメリア王国を豊かな王国にしてみせる。
だが、まだまだ自分には足りないものばかりだ。だからこそ、黄金樹を見て自身を奮い立たせていた。
そんな僕と……悪名高きフローズメイデン伯爵令嬢の考えがなぜ同じなのか。
尋ねてみたら、彼女はその答えとしてこの精霊石を渡してくれた。すなわち、その意味は……私も
だからわかり合えるのだと。
だから毒殺だってありえる。
そして毒殺を回避するための貴重な精霊石をぼくに託した?
聞けば彼女は先日のステラが開いた屋外パーティーで毒を飲み、倒れたとも聞いている。
そんな自身の経験からぼくの身まで案じる彼女の真心に……胸が打たれないはずがない。
さらにフローズメイデン伯爵令嬢は女だてらに剣術の腕も相当らしい。男や騎士から揶揄されながら苦渋をなめてきたろうに……折れずに自らの道を貫いている。
なればこそ互いに切磋琢磨し、時によりかかれる相手として、頼り合える仲になれると。
ぼくは一人ではないと……精霊石を譲ることでそう伝えたかったのか?
軽い言葉で気持ちを交わすよりも、このような行動で……ぼくに悟らせるなんて……。
なんて奥ゆかしい……可憐で、気高い令嬢なんだ!
思わず尊敬してしまう。
きっと彼女の悪評も、彼女の見目麗しさや、その優秀さを目の当たりにした凡俗な貴族共が妬んで吹聴したに違いない。
「フレイ、ぼくは決めたぞ。近々、フローズメイデン伯爵領に足を運ぶ。此度の礼もかねてな」
「おや? 政務やベラドンナ子爵の
「もちろん、全て片付けてからいくさ」
気付けばここ数日、ぼくは彼女のことばかり想っているようだ。
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