5話 幼竜との出会い


 ユーシスと別れた後、私はフローズメイデン家の使用人やメイドたちが用意している馬車に乗り込まなくてはいけなかった。

 でもその前にどうしても・・・・・やりたい事・・・・・があった。

 だから医務宮でしばらく休むとメイドに伝え、私はとある魔法を発動する。


「【解門オートクル】————【追憶の箱庭】」


 魔法の鍵を生成し、虚空に向けてひねる。

 するとさっきまで何もなかった空間に淡い光を放つ小さな門が現われる。

 私が思い出の中にある場所を強く念じながら、その門をゆっくりと開けば————


「やっぱり美しいわね」


 瞬時にして、医務宮から白亜の古都に景色は様変わりした。

 この魔法は自分の行ったことのある場所に転移する魔法だ。マリアローズの身では訪れたことがないから上手く発動するか心配だったけど、どうやら勇者アルスとしての経験も有効らしい。


「なんとか第一段階は成功のようね」


 ここは特別な条件をクリアしないと到達できない神域だから、マリアの身でここまで辿り着くのはさすがに堪える。

 しっかり魔法が発動してよかった。


「……【白金貨と眠る古都ドラゴン・スリープ】。ここは相変わらず静かなのね」


 さて、見渡す限りが朽ちゆく真っ白な古都で、私はとある探し物を見つけなければいけない。都市の半分ほどが湖につかり、神秘的な静けさに包まれたこの地には竜がいる・・・・

 そして神々が遺した財宝もある。


 本来であれば勇者アルスがここにたどり着いたのは、今からちょうど12年後。

 だから勇者わたしが知る古都ではないかもしれない。



「それでもまだ【巨神の白金貨ティターンズコイン】はあるようね」


 都市の背後には山のようにたたず輪っか・・・がいくつも鎮座している。

 それは神々の間で『御縁玉ごえんだま』と呼ばれ、太古に作られた超巨大な白金貨オブジェだ。輪っかの中ほどからボロボロと崩れていたりする物もあるけど、大半は巨石の頑丈さに物を言わせて、長い時を雨風にさらされ続けても荘厳さに溢れていた。


 ちなみにあの巨大なコインを一枚捧げると、神を召喚できるとかできないとか。


「ドラゴンちゃーん、どこにいるのかしら?」


 そう、私の目的はドラゴンだ。


「さすがにまだ魔王さんの盟友にはなってないわよねー? 私が来てあげたわよー?」


 勇者時代、激闘の末に痛み分けとなった竜と絆を結ぶためにこの地にやってきた。

 なぜなら竜と盟友になることが、私の生存確率を何倍にも引き上げるからだ。

 

 私は精霊力や鍵魔法、そして剣術に秀でているにも関わらず姫様に容易くハメられた。

狂戦士バーサク】といった状態異常を引き起こす毒にやられ、精霊封じと異界封じのかせをされたら成す術もなかった。

 しかし、竜が盟友だったら話は違う。


 竜と絆を結んだ者は、竜と一定の感覚を共有すると魔王さんは言っていた。

 仮に私が毒で倒れても、私の異常を感知した竜が助けに来てくれるし、その逆もまたしかり。そして竜はあらゆる魔法耐性や状態異常耐性が高く、その特性を共有できるとも魔王さんは自慢げに語っていた。

 竜と絆を結べれば俺も毒が効きづらくなるってわけだ。


 来たる姫様のお茶会に備えて、できる限りの対策は練っておきたい。そのための竜探しなのだ。

 そしてしばらく【白金貨と眠る古都ドラゴンスリープ】を散策していると、私の思惑通り静寂を破る存在と遭遇する。


 いや、出会ってしまったのだ。



『クルルルルルゥゥゥ』


 それはあらゆる生態系の頂点に座す生物————

 それは圧倒的な捕食者————

 それこそが竜——————であるはずなのに……?




「めッッッッッッッかわッッッ!?」


「くるるるー」


 くるるるーってなにそれ!?

 グルルルって唸ってすらいないよ!?

 子犬ぐらいちっちゃくて、よちよちで、ふわふわで、真っ白で!?


 小さな小さな白い幼竜を目にした途端、私の心は盛大に浄化された。

 勇者アルス時代に味わった殺伐とした殺し合いも、決死の覚悟で戦い抜いた戦場も、姫様にハメられて失意と絶望の中に叩き落とされたのも、悪虐令嬢として転生したのも、全てはこの出会いのためだった!?


 宝石みたいにキラッキラのクリックリな瞳で私を見上げる姿には、無限の愛が込み上げてくる。

 私は俗に言う、運命の出会いってやつに出会ってしまったのかもしれない。



「あなた……もしかして、この時期はまだ成竜になっていなかったのね?」


「くるぅぅー?」


 小首を傾げる幼竜に私の心臓は完全に撃ち抜かれてしまう。

 剣を振るのが楽しかった勇者アルス時代も、逆行転生して憎き姫様に復讐してやろうと決意した時ですら……こんなにも胸が高鳴らなかった。


「私は怖くない。私は敵じゃない。貴女あなたとお友達になりたいだけなの」

「くるる?」


 触れられそうで触れられないこのもどかしい距離をどうにか縮めたい。

 そんな一心で私は頭の隅にあった記憶を全力で引っ張り出す。


 そ、そうだ!

 魔王さんは確か、『竜は財宝をため込み、富が増せば増すほど膨大なる魔力を宿す』とか言ってたっけ。

 つまり竜にとって財宝=エサ、メシ、ゴハン!

 もしかしたらこの幼竜も金貨を一枚見せてみたら————


「きゃっきゃっくぅー!」


 はしゃいだ!

 確実に金貨を見て喜んだよね!?

 くぅーって!?


 うん、私は決めた。

 何が何でもお金を稼いでみせると。

 勇者としての名声があっても、簡単にどん底に落とされる世知辛い世界だけどね。そんな暗闇の時代で唯一、絶対的に信頼できるのはお金よ!

 人は裏切るけれど、お金は裏切らない!

 何かあっても自立した幸せを掴むためにはお金が必要!


 そして何より! お金を集めれば集めるほど、幼竜ちゃんは喜ぶし! 強くなるし! 私の安全も爆上がり!


 だから私はそっとしゃがみ、その幼竜に誓いのキスを施す。



貴女あなたのために、私のためにっ! 金貨をたくさん稼いでさしあげますわ!」


「きゃっくぅー!」


 こうして私と幼竜は絆を結んだのでした。





「きゅくぅぅぅー?」

「そうね、まずは貴女あなたのことをちゃんと知りたいわ」


 言葉は通じずとも、なんとなく心は通い合っている。

 そんな不思議な感覚が私と幼竜の間で共有されている、これが竜の盟友ってやつなのだろうか。


「きゅっきゅっ、くううー」


 私に説明しようと一生懸命に語ってくれる幼竜、可愛いすぎる。

 いまいち要領を得ない内容だけど、そこはまだ幼子だし仕方ない。


「そう。ここにある【巨神の白金貨ティターンズコイン】は全て、貴女がお母様より受け継いだ財宝なのね? そして今では私の物でもある?」

「くるるるるー」


「いい子なのね。もっともっと、世界のありとあらゆる財宝を私たちで集めましょう!」

「きゃっきゃっくー!」


 どうやら竜というのは、手に入れた財宝の量に応じて成長スピードが異なるらしい。そして、財宝の多寡に応じて竜の力も増す。

 この幼竜は神をも召喚できる【巨神の白金貨ティターンズコイン】を、7枚も親竜より継承しているため、赤子でありながら物凄い魔力をその身に宿している。

 とはいえ成長するには、自分や盟友と新たな財宝を手に入れる必要があるようだ。

 

 親竜はどこに消えたのか、そもそもこの都市は何なのかなどの疑問は尽きなかったものの、何となく竜の生態系は把握できた。


「くるるるー」

「そう、名前……貴女の名前ね……」


 白い幼竜がせがむように私を見上げる。

 名も無き幼竜は、どうやら私に名付けてほしいようだ。

 それなら————


「誰にも染まらない、真っ白なまま純粋で……『純白なる死に装束シロキス・シラキス』という意味はどうかしら?」


 純白なる死に装束、そこに込められた意味は『死が分かつまで共にいる』や『死ぬまで添い遂げる』だ。

 私自身の誓いと、幼竜との誓いにはピッタリだろう?



「だから、シロちゃんでどうかしら?」


「きゃっきゃっくるるるるーん!」


 どうやらシロちゃんは気に入ってくれたようだ。

 それから私はシロちゃんの案内の下、静寂が包む真っ白な古都を巡る。シロちゃんお気に入りの場所は、朽ち果てた教会の石段を登ってたどり着く大鐘楼だいしょうろうだ。


 かねのある尖塔からは【白金貨と眠る古都ドラゴンスリープ】を一望でき、ちょうど夕日が差し掛かる。

 薄い湖の上に建つ白い建築群が、ゆっくりと茜色に染まってゆく。

 それはまるで、輝く水面に浮上した伝説の都市みたいに幻想的だった。


 この静かすぎて美しすぎる都市は、少しだけ私を切ない気分にさせてくる。

 もっと早くシロちゃんと出会えていれば、勇者アルスとしての無残な運命は避けれたかもしれない。それに死んでいった戦友たちだって助けられたかもしれない。


 みんな、みんないなくなってしまった……。

 そんな後悔に近い思いがふつふつと湧き出てしまう。


「くるるるー?」

「そうね、私にはシロちゃんがいるものね……ありがとう」


 そういえば亡き師匠はよく、竜が住む古都を一目見たいと言ってたっけ。

 もうそれも叶わな——————


 ん?

 まだ師匠は死んでないから叶う!?

 こ、今度、機会があったら連れてこよう! そうしよう!


「くっくっくるるるーん!」


 嬉しそうにはしゃぐシロちゃんを見て、なんだか姫様への復讐とか馬鹿らしく感じてしまう。

 ドス黒い感情が、ほんの少しだけ溶かされていった。


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