第26話 化粧
パーティー当日。
シアは人生で一番と言っていいほど早朝からバタバタと慌ただしくしていた。
「セレナとフィオナとアンナは着替えとヘアメイクは済んだ?」
「はい。私とフィオナの支度は終えてます」
朝食は全員分済ませ、シアが片付けを済ませている間に子供達のドレスの着替えとヘアメイクを済ませてもらう。
ちなみに、ジュダ同様ヘアメイクはシアの知り合いの化粧師に依頼していた。
「それはよかった。セレナはまだ終わってないのかしら?」
「お姉様はちょっと……訳あってお化粧に時間がかかっているみたいです」
「お姉ちゃんは寝不足のせいで化粧乗りが悪いんだって」
「こら、フィオナ。お姉様に言うなって言われてたでしょ。……ですがまぁ、そういう感じなのでお姉様は遅れてます」
「そうなのね。でも、ビアンカならきっと綺麗に仕上げてくれるから大丈夫よ。さっきの話は聞かなかったことにするから、とりあえず今日のパーティーに行く準備をしておいてね」
(きっとセレナは楽しみすぎて寝れなかったパターンね)
一緒に生活していくうちに、だんだんと子供達の性格や思考が読めてくるようになってきたシア。
今回も案外子供っぽいセレナのことだ、きっと久々にパーティーへ行けることが嬉しくてそわそわしてすぐに眠れなかったのだろうと容易に想像がついた。
「シア様も。あとの準備は私がしますから、そろそろご準備を」
「そう? ごめんなさいね、アンナに手伝わせてしまって」
「いえ。お気になさらないでください。というか、私が早くシア様の着替えた姿を見たいので」
「……私も手伝いする」
「あら、フィオナもしてくれるの? 二人とも優しくて嬉しいわ。じゃあ、アンナと二人でお願い。すぐに支度を済ませてくるから。では、よろしくね」
「はい。いってらっしゃい」
「いってら」
(ちょっとずつフィオナとも仲良くなれてきてよかった)
シアが来たばかりのころは辛辣な物言いばかりだったりあまり自ら話さなかったりと距離があったフィオナも、最近は自分からシアに寄ってきて話すことも増えてきていた。
世間話とまではいかないまでも、フィオナが話してくれることにシアは嬉しく思いつつ、自分も準備のために急がねばとシアは衣装室へと向かった。
◇
「あー、本当ワタシ天才! 完璧! 見てください、シアさん。とってもお綺麗ですぅ〜!! あのジュディのドレスっていうのは気に入りませんが、シアさんの素晴らしいプロポーションのおかげで美しさが段違い! さすがすぎますぅ〜」
ヘアメイクが終わり、ビアンカは自分の技量にうっとりとしながらシアの美しさを褒めちぎる。
長い赤髪は綺麗に編み込みでまとめ上げられ、飾りとしていくつも生花を使ったことで、シアはまるで妖精のような美しさだった。
それに合わせて化粧も派手すぎないよう、肌の透明感を活かして余計なシミやホクロなどは消しつつ、薄らとパウダーファンデーションで陶器のような美しい肌に仕上げられる。
色もドレスの黄色と髪の赤に合うようにブラウンを基調にしつつもオレンジのアイメイクやサーモンピンクの口紅を塗られた。
(相変わらずジュダさんとビアンカは仲が悪いのね)
ビアンカの会話の中にところどころでジュダを揶揄するような内容が散りばめられていて、思わず苦笑する。
ビアンカはヘアメイクを専門にする化粧師だ。
ジュダ同様ビアンカも各国王族のお抱えであり、社交界ではとても有名な人物である。
元々昔ジュダとビアンカが揉めているのをシアが仲介したことで知り合ったのだが、お互い美に関するこだわりが強いせいでたびたび意見が衝突していた。
ドレスが女性の美しさを引き立てるのか。
それともヘアメイクが女性の美しさを引き立てるのか。
要は鶏が先か卵が先かという話で、シアからしたらどちらも揃っていないといけないものだという認識なのだが、双方はそう思ってはいないらしい。お互い自分の主張を変えず、昔からジュダとビアンカは犬猿の仲だった。
(ジュダさんのドレスとビアンカのヘアメイクが合わされば最高なのに)
シアは昔からこの二人が和解したら最高の美が作れるのでは? と思っているのだが、お互い納得しない。
けれど技術に関してはなんだかんだ言いつつも認めているようで、複雑な関係性であるようだ。
「ありがとう、ビアンカ。それと今日はヘアメイク引き受けてくれてありがとう」
「何を言ってるんですかぁ〜! むしろシアさんにお声がけいただけるなんて光栄ですよ〜! しかも、娘ちゃん達のヘアメイクまでさせていただいて! ワタシの技術はさらに向上しましたし、美しい女性にたくさんお会いできて今日はとっても幸せですぅ」
「ビアンカは若い女の子が好きだものね」
「そりゃあもう! あのぴちぴちのお肌! 透き通るような透明感! 滑らかで瑞々しくてそばかすさえも愛しい! 化粧では出せないあのお肌、とっても素敵ですよねぇ〜」
ビアンカが身をよじらせながら「はぅあ」と悶えている。ビアンカはこうして身悶え変態みたいな発言をしてしまうくらい、美醜問わず若い少女が大好きだった。
「若い女性に会うだけワタシとっても若返った気がしますぅ」
「ビアンカもまだ二十歳なんだから若いでしょ」
「この年になると色々と曲がってくるんですよぅ。さっきセレナちゃんの目元にクマがあったんで隠しましたけど、さささっとあっという間に隠れちゃいましたし。それに比べてワタシが隠すとなると、色々と色を混ぜて、それをいくつも上から塗って乾かしての繰り返しをしなくちゃならないんですよぉ!? わかりますぅ!? 前まで隠れてたものが隠れないこの悲しみ! 今まで翌日には消えてたはずのものが消えない絶望!」
「ごめんごめん。私が悪かったわ」
ビアンカに熱弁されてたじろぐシア。
小柄で可愛らしい見た目をしているビアンカだが、こういう美のことに関してはかなりシビアで不寛容であった。
「年相応のメイクも大事なんですけどね。でも、やっぱり若いうちにできるヘアメイクって限られてますから、若いうちにやれるだけやりたいんですよねぇ〜」
ちらっとビアンカに見られて、察しのいいシアは彼女の言いたいことをすぐに理解する。
(全く。あざといのだから)
「わかったわかった。今後もパーティーの際はヘアメイクの依頼はビアンカにするから」
「やったぁ〜! さすがシアさん、話がわかりますぅ! もうセレナちゃんもアンナちゃんもフィオナちゃんもみんな素敵なお肌だったので、今後ともぜひぜひ〜! あ、でもジュディとの鉢ち合わせはちょっと」
「もう、そこはちょっと妥協してよ」
ビアンカとそんなやりとりをしていると、アンナがなぜか血相を変えて「シア様」とやってきた。
ただならぬ状況なのか、ものすごく焦っている様子だ。
ビアンカもその様子を察したのか、「では、ワタシはこれで。シアさん今日は楽しんできてくださいね」と席を外し顧客に配慮する姿はさすがプロであった。
「それで、アンナ。どうしたの? 何があったの?」
「それが……」
アンナが言いにくそうにするのをシアは急かさず待ち続けた。すると、アンナがゆっくりと口を開く。
「お父様が……やっぱりパーティーに行くのをやめるって……」
「え?」
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