第24話 パーティー前日

「明日はパーティーの日なのだから、早く寝てね」

「言われなくてもわかってるわよ」

「シア様、お休みなさい」

「……おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 いよいよ明日はパーティー当日だ。


 今回のパーティーは老若男女気軽に誰でも来られる敷居の低いパーティーとのことで、明るい時間から開催される。


 そのため、準備も夜会のときとは違って前倒し。先日の試着とは違ってドレスに着替えてヘアメイクも完璧にするとなるとかなり時間がかかるため、全員もれなく早起きしなければならなかった。


「って、もうこんな時間!?」


 食器の片付けやダイニングの整頓などの家事を済ませていたらあっという間に時間が過ぎていたことに気づく。


「私も準備しないと。せっかく子供達念願のパーティーだってのに、寝坊なんてしたら何て言われるか。……確実にセレナにはいつもの百倍は嫌味言われるわね」


 明日は誰よりも早く起きて家事を済ませないといけない。

 そのあとに着替えやヘアメイクをするとなると必然的に睡眠時間は限られてしまうため、早く寝ようとシアも自室に向かおうとしたときだった。


(あら……?)


 不意にレオナルドの部屋の電気がついているのが目につく。


(もしかして、眠れないのかしら?)


 確かレオナルドも明日に備えて早く寝ると言っていたはずなのにな、とそっとノックをする。

 もしかしたら寝てるのに灯りがつけっぱなしかとも思ったが、「誰だ?」という声が中から聞こえ、レオナルドが起きていることを証明していた。


「シアです。今大丈夫でしょうか?」

「あぁ、シアか。大丈夫だ」

「では、失礼します」


 そっとドアを開けると、やはり寝る準備はしていたらしい。寝間着姿のレオナルドが寝台の上で上体を起こしながら何かを眺めていた。


(レオナルドさんも寝るときはちゃんと寝間着を着るのね)


 普段の彼はかっちり服を着込んでいるため、寝間着の無防備な姿を見ることがなかったシアは、レオナルドの寝間着姿に内心ちょっと驚く。同時に、寝間着なせいで胸元がだいぶ寛いでいるため逞しい胸板がちらりと見え、目のやり場に困った。


「どうした? 何かあったか?」

「あぁ、いえ。灯りがついているのが見えたので、もしかしたら眠れないのかと思いまして」

「……あぁ。なかなか寝つけなくてな」

「具合が悪いんですか?」

「いや、そういうわけではないのだが」


 なんだか奥歯にものが挟まったような言い方。何かしら気がかりなことでもあるのだろうか、とシアはレオナルドのそばに近づく。

 すると、レオナルドは何を思ったのか「来るか?」と隣に腰かけるようシアに促した。


「え、いいんですか?」

「私だけが寝そべっているのはなんだか居心地が悪いからな」

「えっと、では失礼します」


 よいしょ、とレオナルドの寝台に乗れば、彼の薫りが鼻いっぱいに入ってくる。

 普段シーツや布団などを洗っていても多少は薫ってくるものの、ここまで濃厚な匂いはしない。

 そのため、なんだかレオナルドに抱きしめられているような錯覚を起こして気恥ずかしくなってくるが、顔には出さないようグッとシアは口元を引き結んだ。


「何をなさってたんです?」

「……とりあえず無意に過ごすのももったいないと思って、シアからもらったリストを読み返していた」

「そうだったんですね。お役に立っているならよかったです」


 事前にシアはパーティー用としてレオナルドに招待客の中から仕事に関わるであろう人物をピックアップして、出身地や家族構成、趣味や特技など会話する上で知っていたほうがよい基礎知識などをまとめた書類を渡していたのだが、レオナルドの参考になっているようで安堵する。


「随分と細かい情報まで集めているな。探偵か何かにでも頼んだのか?」

「いえ? 私が実際会話したときの内容だったり他の方から聞いた情報だったりの記憶の覚え書きです」

「覚え書き?」


 レオナルドが眉を顰める。

 確かに覚え書きにしては量が多く、驚くのも無理はないほどであった。


「はい。私、記憶力がよいほうなので、人の名前と顔を一致させるのが得意なんです。実家が商いをしているのもあって、顔を売るためにパーティーなどにはよく顔を出すんですが、だからか必然と情報が集まってくることが多くて。一応、仕事する上でも色々知ってたほうがいいので、よくこういう情報をまとめたものを両親から請われることが多かったんです」

「それでこの量か?」

「はい」

「凄いな」

「大したものではないですよ。ただほんの少し記憶力がいいだけで」


 昔からシアは記憶力がよく、顔と名前などを覚えるのが得意だった。それに付随して、その人の性格や交友関係など付加要素も自然と覚えていくことが多く、商いをする上では重宝する特技であったのだ。


「それで普段からあの量の手紙か」

「まぁ、それもありますね」

「人と接するのが好きなのか?」

「んー、どうでしょう。嫌いではないですけど、こればかりは性格というか……必要とされると無視できないタチでして」

「なるほど」


 何かを納得した様子のレオナルド。いつになく饒舌というか、こんなにも話したのは初めてかもしれない。

 どちらかと聞くことが多かったシアは自分のことを聞かれることがむず痒く思いながらも、レオナルドが自分に興味を持ってくれているのが嬉しかった。

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