第20話 説得

「実はその……隠しごとというか、レオナルドさんにお願いがありまして」

「お願い? ……何だ」


 怪訝そうな表情のレオナルド。整った顔だからこそ、余計に冷徹な印象に感じる。彼の声色に思わず身体が強張りながらも、シアはゆっくりと呼吸をしながらレオナルドをまっすぐ見つめた。


「アンナがパーティーに誘われたんです。だからパーティーに行かせたいんです」

「パーティー、だと? ダメだ」

「なぜですか?」


 レオナルドにしがみついていた手に力が入る。シアはグッと身体を前に出し、上目で彼を見上げた。


「なぜも何もない。ダメなものはダメだ」

「どうしてです?」

「どうしてもこうしてもない。私がダメだと言ったらダメなのだ」


 理由を言うわけでもなくダメの一点張り。

 正直予想はしていたが、ここまで頑なでとりつく島もないとなるとやはり別方向から攻めるしかないとシアはプランBに切り替えた。


「レオナルドさんはアンナの好きな色をご存知ですか?」

「は? 急に何だ。なぜそんなこと答える必要がある」


 突然、突拍子もない質問に眉を顰めるレオナルド。けれどシアはそんな彼の表情など気にせず質問を続けた。


「いいから答えてください。実の親の貴方ならわかるはずです。アンナの好きな色はなんでしょう?」

「……ネイビーか黒だろう」

「いいえ、違います」

「そんなわけが……っ、いつもアンナが選ぶのはそういう色だったはずだ」

「アンナが好きな色は若草色です」

「若草色だと? 嘘をつくな。そんな素ぶり、今まで一度もなかったぞ」

「では、質問を変えます。どうしてアンナは若草色が好きなのにネイビーや黒を好んで身につけていたと思いますか?」


 さらに質問され、難しい顔をするレオナルド。理由がわからないからか、ずっと渋い表情でだんまり状態だった。


「正解は汚れが目立たないからです。アンナは家のことをするために自分の好みとは違った色を身につけていました。髪だってそうです。本当は長く伸ばしたくても家事をするのに維持するのが大変だからと短くしてるんです」

「そんなデタラメ……」

「デタラメだと、言い切れますか?」


 シアが凄むと再び黙り込むレオナルド。


「もう一つ質問です。セレナやアンナ、フィオナの好きなものはご存知ですか?」

「好きな、もの……など、わかるわけが……」

「アンナはレオナルドさんの好みのこと、とてもよく知ってましたよ。紅茶は濃い目で砂糖多め。ケーキよりもパイが好き。ジャムなどの甘いものが好きで、果肉がゴロゴロと入っているほうがいい。……違いますか?」


 シアの指摘にさらに何も言えなくなるレオナルド。どれも全て当てはまるからか、バツが悪そうな顔をしている。


「レオナルドさんも、アンナが自らネイビーや黒を身につけていたことを把握していたことはいいことだと思います。ただ、もうちょっと彼女達を気にかけてもいいんじゃないでしょうか」

「私は仕事があって……」

「わかってます。ですが、何のために仕事をなさっているんですか? 家族のためでは?」

「そ、れは……」

「そんな家族を蔑ろにしていいんですか?」


 シアが畳みかけるように尋ねる。レオナルドはグッと苦虫を噛み潰したような表情に変わった。


「では、シアは私にどうしろと言うのだ」

「もっと彼女達を見てあげてください」


 ギュッとレオナルドの手を握る。彼の手は大きくて温かかった。


「先日ドレスを新調したときの話ですが、セレナはドレスを新調してもレオナルドさんが全然見てくれない、褒めてくれないと嘆いていました。アンナは色彩豊かなドレスが選べると知って、はしゃいでいました。フィオナはドレスを新調しなくていい、今あるもので十分だと駄々をこねてましたが、どれもサイズアウトしていて着れるドレスはほとんどありませんでした」

「……そうか。それは、知らなかった」


 いずれの話も全く知らなかったせいか、あからさまに勢いをなくし、しょんぼりとした様子のレオナルド。素直だからこそ、シアの言葉が刺さっているようだった。


「別に責めているわけではありません。ですが、もう少し関心を持っていただければと。彼女達は大人ぶっていますが、まだまだ子供です。甘えたい年頃です。私もなるべく彼女達に寄り添いたいと思いますが、それでも実親に比べたら不十分だと思います。だから、レオナルドさんがもう少しだけ彼女達を気にかけて欲しいんです」


 握った手に力が入る。

 レオナルドは振り解くでもなく、されるがまま。なんと言っていいのか考えあぐねている様子で困惑した表情をしていた。


「パーティーのことだってそうです。どうしてレオナルドさんがそんなにパーティーを毛嫌いしているか理由は知りませんが、レオナルドさんが嫌だからと言って彼女達を社交させずにこのまま閉じ込めていていいと思いますか?」

「…………っ」

「これからどんどん成長して、彼女達は私達のところから巣立っていかねばならないのに、それを邪魔してはいけないのでは? パーティーは本来、巣立ちのために必要なものです。人と交流し、今後の縁を繋ぐためのものです。いくらレオナルドさんが気に入らないからと言って阻害してはいけないと思います」


 最初こそ反発していたレオナルドだが、シアの言葉を真摯に受け止めているのかまっすぐシアに視線を向ける。だからシアも、彼の眼差しを受け止めた。


「難しいことではないのですから、まずはパーティーに出してあげてはいかがでしょうか。彼女達もお年頃です。どんどん色々な経験をさせてあげないと。あぁ、それから、レオナルドさんが気にかけていらっしゃったドゥークー辺境伯、このパーティにいらっしゃるそうですよ」

「何?」

「小耳に挟んだのですが、レオナルドさんが現在携わっている水路確保のための権利をドゥークー辺境伯が握っているとか。もしよければ、私はご夫人と顔見知りですし、お力添えできるかもしれません」

「……そうか、なるほど。用意周到なことだな。散々言いたい放題言っていたが、結局は外堀を埋めてきていたというわけか」

「えぇ、まぁ。でも今までのも全て私の本音です。家族なんですから、言いたいことはきちんと言わないと」


 レオナルドはしてやられたと勘付き、額を押さえると、シアがにっこりと微笑む。


「家族、か。本当にキミはお節介焼きだな」

「はい!」

「嫌味で言ったんだが。まぁ、いい。仕方ない、パーティーを認める。ドレスができた際は私も立ち会おう」

「ありがとうございます! さすがレオナルドさん、わかってくださると信じてました!」


 つい嬉しくなってシアはレオナルドに抱きつく。レオナルドは驚きながらもシアを受け止めつつ、「全く。キミは子供か」と呆れながら口元を弛めるのだった。

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