第16話 膝枕

「ふぁぁぁ」


 シアが大きな欠伸をすると、つられたのかアンナも欠伸をする。お互いの欠伸に気づいて、二人はクスクス笑い合った。


「なんなの、あれ」

「二人して気持ち悪い」


 セレナとフィオナが訝しげに二人を見るが、アンナもシアも気にせずに朝食を食卓に並べて食べ始める。


「てか、昨日は随分と二人で遅くまで何かやってたみたいだけど、何してたの?」

「ふふふ、女子会。セレナも今度一緒にやる? 楽しいわよ」

「えぇ、とっても楽しかったです。お姉様もフィオナもぜひ次は一緒にしましょう?」

「べ、別に私はそういうのに興味ないし。というか、興味あってもあんたたちと一緒にする気はないし」

「……私は、美味しい菓子が出るなら参加してあげてもいいよ」

「ちょっ、フィオナだけ抜け駆けするのズルい!」


 フィオナの言葉にセレナが食ってかかる。相変わらず素直ではないが、以前に比べたらこれでもだいぶマシになってきた。


「……朝から一体何の騒ぎだ」

「レオナルドさん。おはようございます」


 不愉快さを隠さずに寝起きらしいレオナルドが食卓へとやってくる。

 どうやら今朝に騒ぎで起こしてしまったらしい。昨夜も遅くまで起きていたのか、以前よりもさらに顔色が悪く、機嫌が悪そうだった。


 それを察してか、先程まで騒がしかった三人娘達も急に俯いて黙りこむ。


「昨夜、アンナと女子会しまして。その話を」

「女子会?」


 シアの言葉に眉を顰めるレオナルド。どうやらまた余計な詮索をしてるんじゃないかと疑っているようだ。


「シア様。私達、もう行かないと」

「あら、もうそんな時間。食器は下げておくから、そのままにしておいていいわよ。では、いってらっしゃい」

「いってきます」

「……ってきます」


 なんとなく重い空気を察してか、そそくさと家を出ていく彼女達。

 朝から変な空気にして申し訳ないなと思いながら振り返ると、そこにはレオナルドが無表情で仁王立ちしていた。


「あまり遅くまで子供達を起きさせるのは感心しないな」

「すみません。今後は日中にしますね」

「あぁ、そうしてくれ」


 頷きながらも退く気配はない。

 無言で無表情で見下ろしてくるレオナルドに、威圧するのはどうなのかと心の中で思いながらも恐らく彼は無意識にやってるようだから仕方ないかと諦めた。


「最近、アンナとお友達の間で紅茶占いが流行ってるらしくて」

「うん?」

「だから、レオナルドさんが言う余計な詮索とかはしてませんよ。ご安心ください」

「……そうか」


 あからさまにホッとした表情をするレオナルド。わかりやすい。


「それと、無言で無表情で仁王立ちで立たれると誰もが萎縮すると思うのでやめたほうがいいですよ。レオナルドさん、巷で何と呼ばれているか知ってますか?」

「何の話だ」

「『氷の公爵』と呼ばれてるのご存知ですか? 笑えとまでは言いませんけど、せめてもう少し愛想よくしてもバチは当たらないと思いますが。あと、子供達が寝不足なのはもちろんダメですけど、レオナルドさんも最近あまり寝れてないのでは? 以前にも増して顔色が悪いです。そんな顔では上手くいくものも上手くいきませんよ」

「……余計なお世話だ」


 どうも自分が氷の公爵と呼ばれていることを知らなかったらしい。悪口とまではいかないものの、よい評価とは言えない通り名がついているのは、彼にとっては不本意なのだろう。

 シアの指摘はいずれも正論で、レオナルド本人も自覚があるせいか、不機嫌さを装いつつもバツが悪そうな顔をしていた。


「そうです。余計なお世話です。ですが、家族の体調不良は見過ごせません。ということで、こちらに来てください」

「……っ、何をするんだ」


 シアがレオナルドの腕を掴んで引っ張り、リビングにある大きなソファまで連れていく。

 そして、自らはそこに座り「どうぞ」と膝を叩けば、レオナルドは目を見開き、文字通り固まった。


「……は? なっ、できるわけないだろう」

「ダメです。このまま行って仕事が万全にできるわけがないですから、少しでも長く寝ててください。時間になったら起こしますから」

「ふざけるのもいい加減に」

「ふざけていません」


 シアがまっすぐレオナルドを見つめる。その強い瞳に、レオナルドは一瞬怯んだ。


「今ここで寝ないなら、今日は休むと先方に伝えますよ」

「そんなことできるわけがないだろう」

「だったら、今すぐここで仮眠してください。大丈夫です。私以外誰も見てませんから」


 再びシアが自分の膝を叩く。

 レオナルドはなんとも言えない顔でシアの身体をしばらくの間見つめたあと、「はぁ」と大きく溜め息をつき、根負けしてシアの膝の上に頭を乗せて転がった。


「キミは本当にお節介だな」

「ありがとうございます。よく言われます」


 レオナルドは嫌味のつもりで言ったが、シアは承知でにっこりと微笑む。そして、優しくレオナルドの頭を撫でた。


「おやすみなさい」

「……時間になったら起こしてくれ」

「はい」


 シアの返事に目を閉じるレオナルド。しばらくすると、やはり日々の寝不足が祟っていたようで、すぐさま寝息が聞こえ始めた。

 寝るとちょっと幼く見えるのだな、と微笑ましく思いながらシアは彼の髪を優しく撫でる。


 本来はアンナのパーティーのために朝からドレスの手配やら小物の準備やらする予定だったが、レオナルドの体調のほうが心配だから仕方ないと、シアはレオナルドが起きたあとに諸々の手配をするべく、脳内でシュミレートするのだった。

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