第11話 惨状

 アンナの部屋は案の定綺麗に整頓されていた。


 しいて言えば、公爵令嬢なはずなのにドレスが少なく色味も大人しめなものが多いと思ったものの、特に問題なく虫調査(仮)は終わったのだが、問題はセレナとフィオナの部屋だ。


(アンナが二人は掃除が苦手だと言ってたし、私を入れたくない理由は大体察するものがあるわね)


 一応無理強いはよくないと、シアも誘導はしつつも強引に彼女達の部屋に入るつもりはなかった。


 しかし、アンナの部屋を見ている間中二人で討論していたようで、結局共通認識である「虫は無理」が一致し、部屋に入られたくないよりも虫がいるほうが嫌なのが勝ったらしい。


 渋々と言った様子で、「ちょっと確認して」と言われたのがつい先程。


 そしてまずセレナの部屋に訪れたシアはあまりの惨状に絶句した。


「まぁ、ある程度想定はしてたけどね。でも、どうやったらこうなるの……」


 そこには至るところに服の山。山。山。というか、一面布だらけである。

 色とりどりのそれが堆く積み上がっているのはシアにとってかなりの衝撃だった。


「しょうがないでしょ。多すぎて片付けられないのだもの!」

「それにしたって、ドレスを積み上げるだなんて。それこそ蜘蛛の巣を張られるわよ。アレは人が介入しないところに巣を張るんだから」

「え、そうなの!? やだっ、どうしよう!」


 セレナはどうしても蜘蛛が怖いらしく青ざめる。シアはこの状況に対して青ざめたかったが、近くに動揺している人がいると案外冷静になれた。


「とにかく、このままだとドレスもチュニックも何もかも傷んじゃうわ。まずはいるものいらないもので整理しましょう。虫が出たら私が処理するから、とにかくセレナは仕分けしてちょうだい。いいわね?」

「わ、わかったわよ」


 不本意そうではあるが、背に腹はかえられぬと早速仕分けにかかるセレナ。

 これはかなり時間がかかりそうだと、その間シアはフィオナの部屋に向かうと、こちらはこちらですごい状態だった。


「……絵の具?」


 部屋の中はあらゆるところに紙や筆が散らばり、どうやったらこうなるのか想像できないほど絵の具らしきものが付着していた。


 恐らく画材のせいだろうか、ちょっと異臭もしていて思わずシアも眉を顰める。


「……なんか言いたいことがあるなら言えば」

「あー……とりあえず、描くなら自室じゃないほうがいいんじゃない?」

「え?」

「え?」


 シアの提案になぜか驚くフィオナ。何か変なことでも言っただろうか。


「いいの?」

「いいのって何が? 画材ってものによっては腐るでしょう? 自室でやるのはよくないと思うけど」


 会話がイマイチ噛み合わなくて困惑する。フィオナはいつも必要最低限しか話さないことが多いが、それはレオナルドそっくりだった。


「そうじゃなくて」

「うん?」

「だから……描くの」

「絵を描くことがいいかどうかってこと? そりゃもちろんいいわよ。見たところとても上手じゃない。これは、ここから見た景色? とてもよく描けてるわ」


 近くに落ちていた絵を拾ってみると、そこには今見えてる景色そのままがそこにあった。

 空や木々の色彩や陰影が現実と同じように描き込まれていて、まるで景色がそっくりそのまま紙に写っているかのよう。


 他にも落ちている紙に描かれた絵はどれもこれも細部までしっかりと描かれていて、とても少女が描いたものとは思えないほど上手かった。


 景色だけでなく動物や人物が描いてあるのもあって、一目でこれはレオナルド、これはセレナでこっちはアンナ、とすぐわかるほど。

 画材が少ないのにこんなにもよく描けるのかと思わず感心してしまった。


「気に入られたいからってお世辞言わなくていいし」


 不貞腐れるように睨みつけてくるフィオナ。

 けれど、シアはそんな彼女の反応に臆することはなく答える。


「お世辞じゃないわよ。本当に上手だもの。というか、せっかくこんなに上手なのだから、専用の部屋で描くほうがいいわ。あとで空き部屋を綺麗にしてアトリエ作ってあげる」

「え?」

「ダメだった? 専用のアトリエがあったほうが描くのにいいと思うけど」

「別に、ダメじゃないけど……」

「ならそうしましょう。とりあえず、散らばってる紙や作品を片付けてちょうだい。家具や寝具に付いてる絵の具とかの汚れは落とせるものは落として、難しいものは買い替えましょうか」


 一通り部屋の内情を眺めつつ、洗えそうなものはこれとそれとと脳内でピックアップしていく。


 さすがに今日中に全部は洗いきれないし、乾かないだろうから明日に持ち越しだろう。

 部屋の換気をしつつ、洗濯して片付けて必要なものを買って……とシアが考えていると、フィオナがぽつりと吐き出すように呟いた。


「……怒らないんだ」

「何で怒る必要があるの?」

「……いい。何でもない。片付けるから早く出ていって」

「はいはい。あぁ、もし虫が出たら駆除するから言ってね」

「……ん」


 それから、セレナの部屋から本当に蜘蛛が出て来て、それが一匹ならず大量で、三姉妹全員が絶叫して阿鼻叫喚の中の大捕物になった。


 その後はアトリエ用の部屋を用意してから、フィオナの部屋を掃除しつつ、そっちはそっちで紙の束の中からカサカサと名前を言うのも嫌な黒光りのヤツが出てきてこれまた全員で絶叫しながら、シアは二人の部屋の片付けをするのだった。

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