第9話 お見送り
「いってらっしゃい。勉強頑張ってきてね」
「いってきます」
シアが見送ると、アンナはにっこりと微笑みながら挨拶を返してくれる。セレナとフィオナはまだすぐには打ち解けてはくれないようで、それぞれ返事することなくそそくさと学校へ行ってしまった。
「……行ったか」
彼女達が行ったと同時に背後からやってくるレオナルド。どうやら今起きてきたらしい。
「レオナルドさん、おはようございます。全員学校に行きましたよ。体調はいかがですか?」
「普通だ」
「そうですか。ちょっと失礼」
シアが手を伸ばしてレオナルドの額に触れる。不意打ちだったせいか、レオナルドは避けることができず、触れたシアの手の感触に驚き後ろへとあとずさった。
「何をするんだ」
「顔色が悪かったので、熱があるのかと思いまして」
「熱などない」
「ならいいのですが、そんな顔だと周りの皆さんが心配されるかと。恐らく寝不足でしょうから今日は早めに寝てくださいね」
「…………善処する」
(どうやら聞く気はなさそうね)
レオナルドの態度に内心溜め息をつきつつ、彼が食卓についたタイミングでパンやカボチャのポタージュを出す。
「……アンナから聞いてないのか? 私は朝食は食べない」
「そうなんですか。けれど、捨ててしまってはもったいないですし、少しでも食べていただけるとありがたいのですが」
本当は事前にアンナからレオナルドは朝食は摂らないと聞いていたが、寝不足と栄養不足が気になったのであえて朝食を出してみたシア。
すると、レオナルドは「はぁ」と大きな溜め息のあとにパンをちぎったあと、ポタージュにつけて食べ始める。
「これで満足か?」
「えぇ、はい。とても」
シアが満足気に微笑むと、対照的にレオナルドは眉を顰める。しかし、何かを言うことなく、そのままパンとポタージュを最後まで食べ終えていた。
「今日は遠方への視察でしたよね? 腹が減っては戦はできぬと言いますし、朝は少しでもお腹を満たしたほうが万全に挑めると思います」
「私は戦をしに行くのではない」
「仕事も似たようなものです。人に会うときは万全の状態でないと。油断は禁物ですから」
「…………」
何か言いたげではあるが、それ以上何も言わないレオナルド。まぁ、ちょっとでも納得してもらえたならいいかとシアがポジティブに考えたところで、外からノックをするのが聞こえた。
「はぁい!」
シアは駆け足で玄関へと向かい、ドアを開ける。するとそこには顔馴染みの郵便配達員。そしてその手にはいつも以上の大量の手紙があった。
「まぁ、大丈夫ですか!?」
「シア様がこちらに越してこられたと聞きまして、昨日のぶんもまとめましたらすごい量になってしまって……」
「すみません、カゴを持ってきますからそちらに入れてもらえますか?」
シアが慌てて近くにあったバスケットを空にして、そこに大量の手紙を入れてもらう。連日大量の手紙が届くのである程度慣れているものの、二日分となるとこれほど大量になるとはシア自身も驚きだった。
「わざわざ、ありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから。では、これで」
「いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
シアが配達員に手を振っていると、その様子を訝しげに見つめるレオナルド。そして、バスケットに入った大量の手紙に視線を移し、「何だ、その大量の手紙は!?」と声を荒げた。
「あぁ、お気になさらないでください。いつものことですから」
「いつもの……!? どういうことだ。何か後ろ暗いことでもあるのか」
「いえ、違います。これは全部私宛ての手紙でして……知り合いのご令嬢方達がこまめに私に送ってくださるのです」
「本当だろうな? 見せてみろ」
「どうぞ」
あらぬ疑いの眼差しを向けられ、やましいことなど全くないシアは言われた通りに手紙を差し出す。するとレオナルドは険しい顔をして、手紙の差出人と宛先をまじまじと見た。
「……なんなんだ、これは」
「ですから、ただの手紙です」
「子爵家や男爵家だけでなく名のある伯爵家や侯爵家のご令嬢までいるじゃないか。どういうことだ」
「どういうことだとおっしゃられましても……」
追及されたところでさすがに中身まで読ませるのはどうかと思案する。
手紙の内容としては大体が感謝の内容だが、他にも友人関係のことだったり、顔が広いシアに口利きの取次を依頼するようなものだったりと様々である。
とりあえず当たり障りなさそうな概要でも伝えておけばいいかとレオナルドに伝えると、ますます彼は眉間に皺を寄せた。
「どうしてキミにそんな手紙を送ってくるのだ」
「えぇっと……お節介焼きな性分のせいとしか言いようがないというか。みなさんマメでいらっしゃるので、私もお返事やら贈り物などしてましたらあれよあれよとこの数に」
「……このドゥークーというのはもしや、辺境伯夫人か?」
「えぇ、そうです。以前いただいたお茶がとても美味しくて、栽培方法などを詳しく聞きましたらそれ以降茶葉を送ってくださるようになって。ありがたいですよね。そうそう、昨夜お出しした茶葉もドゥークー夫人からいただいたものですよ」
「……そうなのか」
何やら考えこむレオナルド。やはりこの量の手紙が来るのは異様なのかと思いつつも、かと言ってもういらないと言うわけにもいかず、シアも困惑した。
「手紙の返事は手隙のときに書きますし、家事に支障が出るようにはしませんから」
「うん? あー、いや、手紙に関して咎める気はない。やましいことがないのならいい」
「そうでしたか。それならご安心ください。そういう不正などは私も嫌いですので」
シアが誇らし気に言うと、レオナルドは相変わらず何も言わないが何とも言えない表情をしている。
(言いたいことがあれば言えばいいのに)
レオナルドはどうも言いたいことを飲み込む癖があるようだ。
だが、それをシアが今指摘したところで素直には認めないだろうとあえて余計なことを言うのはやめた。
「では、私は行ってくる。留守は頼んだ」
「はい。あ! レオナルドさんにお渡ししたいものが」
「何だ」
「はい、これ」
渡したものは弁当。干し肉や玉子のサンドイッチが入っているバスケットだ。
「何だ、これは」
「見ての通りお弁当です。どうもレオナルドさんは食事を抜きがちに思えましたので」
「そんなことは……」
「あります。目測ではありますが、身長のわりに他の男性方と比べて全体的にほっそりとしすぎです」
着痩せでなければレオナルドはかなり細身な体躯をしていた。
痩せぎすとまではいかないが、かなり痩せているのがわかるほど。服装で誤魔化しているようだが、社交界などで多くの男性を見て来たシアの目は誤魔化せなかった。
「悪かったな」
「悪く捉えないでください。ほら、先程も言いましたが、腹が減っては戦はできません。これを食べて一日お仕事頑張ってきてください」
「……わかった」
レオナルドは不本意そうにしながらもサンドイッチの入ったバスケットを持ってくれる。
大柄の無愛想な男性が持つとなんだか似つかわしくないが、それを指摘すると絶対持って行ってくれなさそうなので、シアはニコニコと微笑むだけにした。
「では改めて行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
手を振ってお見送りする。レオナルドは振り返してくれなかったが、弁当を持っていってくれただけで上々だと思うようにした。
「さて、いよいよ本番!」
シアは気合いを入れる。今は自分一人だけ。となれば、やることは一つだけ。
「掃除、頑張るぞー!!」
誰もいないうちに出来る限りやってしまおうとシアは気合いを入れると、朝食の食器を片付けながら、この広い家の中を片付け始めるのだった。
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