第6話 挨拶

「今日からギューイ家の一員になることになったシアです。いきなり母と思うのは難しいと思うけど、よろしくね」

「えー。この人が新しいお母様になる方? 年増じゃない。アンナが推すからどんな人かと思ったけど、なんだか期待外れね。もっと若くて素敵な人だと思ってたのに」

「なんか地味。若さがない。ブス」


(……さすが思春期女子。辛辣)


 荷物の片付けも終わり、レオナルドに言われた通り昼食時に挨拶の時間を設けてもらったはいいが、挨拶して返ってきたのはあからさまな拒絶。

 思春期ということである程度想定していたとはいえ、直接悪し様に言われるのは思いのほかダメージがあった。


 特に二女のアンナが好意的だったのもあって反動は大きい。

 しかも優しく大人しいアンナに対して長女のセレナも三女のフィオナは手厳しく、言葉の端々に嫌悪感が混じっていてとても攻撃的だった。


「お父様、もっといい人いなかったの?」

「あぁ」

「もっと若い人がいい。それか綺麗な人」

「ワガママを言うんじゃない」

「そうよ、フィオナ。シア様は凛々しくて優しくて素敵な方よ」

「凛々しいより可愛いほうがいい。ブスは嫌」

「そうよ! 私達のお母様になるならとびきり美人か可愛い人でなくっちゃダメよ!」


 長女のセレナと三女のフィオナが文句をつけて抗議するも、レオナルドは「もう決まったことだ」と一蹴する。二人の姉妹は不服そうにずっと不平不満を言い続けるが、レオナルドは一切相手にしてなかった。


(レオナルドさんの態度というか物言いは気になるけど、父子関係はそこまで悪くはなさそうね)


 シアは静かに彼らの様子を観察する。


 長女のセレナは十八才。アンナよりも顔立ちがハッキリしていて、髪は長くウェーブがかっていて栗毛。身長はシアほどではないものの、すらっと高く、細身で顔はレオナルドによく似ていた。

 けれど性格は全然違うようで、表情豊かでハッキリと意見を口にするタイプらしい。


 三女のフィオナは十才。身長が低く、シアの胸元ほど。

 セレナとアンナとは違ってストレートな黒髪が肩よりほんの少し長く、少々大人しい見た目をしている。けれど言葉はどれもグサグサと直球で、ダメージがデカい。


(まだアンナがいてくれるだけで救われる)


 一緒に暮らしてる姉妹だというのにこうも性格が違うのかと驚きつつも、兄弟がいないシアは兄弟、姉妹と言えど別の人間なのだし、そういうものかと納得する。


(ひとまず好意的なアンナや無関心なレオナルドさんはいいとして、この二人の姉妹がどんな性格かを把握しないと)


 母としての役割を果たさねばならないなら、それなりの関係を築かねばならない。今の感じでは前途多難でしかないが、それでもやると決めたからには頑張りたいシアは改めて気合いを入れる。


(好きなもの嫌いなもの趣味特技興味があること交友関係……全部一気には無理だから、少しずつでも彼女達の情報を増やしていかないと)


 先程からのレオナルドの非協力的な態度を見て、早々に彼から情報を得ることは諦め、自身の力でどうにかしようと覚悟を決めるシア。


 とはいえ、初っ端から拒絶されているとなるとどうしたものかと考える。


(一緒にお話しましょうとか女子会しましょうとか言っても絶対断られるし、何か強制的に召集できる手段は……あ)


「では早速、私から提案なのだけど。これから家族になるのだから食事は毎回みんなでとりましょう」


 シアが提案すると、途端に「え」「何で」「なぜそうなる」と三者三様の反応をする三人に対し、アンナは「いいですね〜、そうしましょう」とにっこりと微笑んだ。


「それと、週に一回はそれぞれお料理のお手伝いをしてもらうわ」

「週一でいいんですか?」

「はぁ!? 嫌よ! 何で! アンナがいるからいいじゃない!」

「信じられない。最悪」


 アンナは週一という少なさに戸惑い、今まで全く家事をしてこなかったセレナとフィオナは大声で抗議してくる。レオナルドは一緒に食事をとるということには不満そうだが、それ以外は特にどうでもよさげだ。


「えぇ、週一。そろそろ花嫁修行も兼ねて料理の練習しないと。私みたいにこの年まで嫁げなかったら困るでしょう?」


 わざと自虐的にシアが言えば、セレナがウッと押し黙る。どうやらセレナは結婚願望があるらしい。


「私は別に結婚なんてどうでもいい」


 セレナとは対照的に結婚など興味がないと吐き捨てるフィオナ。まだあどけなさの残る顔で精一杯不機嫌さを露わにしていた。


「貴女が結婚しなくても、アンナが先に嫁いでしまったらどうするの?」

「そ、れは……そうなったらどうにかするし」

「今やれないことを急にやるだなんて無理よ。それに、どう考えたって私のほうが先に死ぬのだもの。私だって人間なのだから体調を崩すこともあるだろうし、人を雇わないと言うのなら自分でできるようにしないと困るのは自分よ?」

「…………」


 フィオナも言い返す言葉を失ったのかだんまりを始める。どうやらそれぞれ納得はしてくれたらしい。


「ということで、これから週一は料理をすること」

「せめて月一!」

「ダメ。週一。もし体調が悪いとか都合が悪いとか言うなら考慮はするけど週一くらいやらないと覚えないでしょう?」

「ケチ」

「はぁ。ありえない」


 セレナとフィオナは不満そうに膨れる。その顔はとてもそっくりだった。


「私も本当に週一でいいんですか?」

「アンナも週一でいいわよ。お手伝いしてくれる分にはありがたいけど、学校のこともやらなきゃでしょう? それに、アンナもお年頃なのだから、それこそ本当にお嫁に行くかもしれないし。その修行もしなきゃなのだから、家のことばかりしなくてもいいのよ」


 シアが答えると嬉しそうにはにかむアンナ。やはり少なからず家事は負担だったようだ。


「そういうことだから、これからもよろしくね」


 シアがにっこりと微笑むと、それぞれ表情は様々。と言ってもアンナ以外はみんな面白くなさそうである。


 けれどそんな彼らの様子など知らぬ存ぜぬと見て見ぬフリをしながら、シアは昼食の片付けをするのだった。

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