第4話 アンナ
「シア様! お待ちしてました!」
ギューイ公爵家に着くやいなや、溌剌とした少女にお出迎えされる。顔立ちがどことなくレオナルドに似てるような気がして、「もしかして、公爵家の娘さん?」と尋ねると「はい!」と元気な声が返ってきた。
「二女のアンナです。シア様がうちに来てくださるなんて嬉しい! 我が家に来てくださることを承諾してくださり、どうもありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ。アンナさんが私との縁を繋いでくださったとか。ありがとうございます」
シアが恭しく挨拶すれば、アンナは顔を真っ赤にさせた。
「アンナ、と呼んでください。縁だなんて、そんな。シア様は多分覚えていらっしゃらないと思いますが、以前私が社交界デビューのとき庭園でハンカチを風に飛ばされてしまって、木に引っかかってしまったのを取っていただいたんです」
「あぁ、覚えているわ! あのときの!」
去年のこと、王家の庭園での誕生パーティーで困ったように木の上を見上げる少女がいたことを思い出す。
彼女は社交界デビューのために誂えたハンカチを風に飛ばされてしまったのだが、誰に声をかけたらよいのかと困っていたのだ。
それで声をかけ、ハンカチのことを聞いたシアはドレスであるのも構わず木の上に登って彼女のハンカチを取ってあげたのだった。
(とても感謝されたことを覚えているけど、まさかあのときの少女だったなんて)
もちろん母には未婚の娘がドレスで木に登るなんてはしたない! と、とてつもなく怒られたのだが、こうして縁が繋がったのだと思うと、感慨深くなる。
「すっかり素敵なレディね」
「いえ、そんな。シア様に比べたら全然です」
「そんなことないわ。あ、そうだ。せっかく久々に会ったのだもの、色々とアンナの話を聞かせてちょうだい。ついでに家の中を案内してもらってもいいかしら?」
「もちろんです! では、こちらへ」
アンナはパッと顔を明るくさせる。その顔は年相応で、とても可愛らしかった。
と同時に、いつもこんな可愛らしい子に家事など家のことを任せているのかとレオナルドに不信感が募る。
「家の中の掃除はアンナがしているの?」
「はい。なかなか掃除が行き届いてなくてごめんなさい」
「いえ、責めているわけではないの。ただ確認をしたかっただけ」
「そうでしたか。……お姉様も妹のフィオナも掃除はちょっと苦手で、できる私がすればいいと思ってやっているんですけど、なかなか手が回らないことが多くて」
「そう。アンナは偉いわね。自分ができることをするなんて。一人でこれだけ綺麗に維持できるのはとても凄いと思うわ」
シアが褒めると照れるアンナ。
実際、この広い大きな城のような住まいを一人で維持するのは大変だろう。一人でここの掃除をやれと言われてもシアはできる気がしなかった。
「ところで、その素敵な髪が短いのってもしかして」
「あー、あはは。長いと手間がかかるので。あと家事をするのに邪魔で」
「せっかく綺麗な髪をしているのに」
黒曜石のように輝く髪は綺麗に切り揃えられていて、年頃にしてはやけに短かい。以前のハンカチの一件のときは確か結えるほどの長さであったはずだと記憶をたぐり寄せて聞けば、案の定の答えであった。
「定期的に掃除を外注したり誰か使用人を雇ったりはしないの?」
「それは……その、お父様がダメって言うので」
「どうして?」
「えーっと……」
視線を彷徨わせて言い淀むアンナ。何か理由でもあるのだろうか。
「ここにいたのか」
不意に不機嫌そうな声が降ってきて、悪いことをしたわけでもないのにびくりと身体が固まる。
顔を上げれば、そこには眉間に皺を寄せたレオナルドがいた。
「ギューイ公爵様」
「……キミもこれからギューイを名乗るのだろう?」
「あ、そうでしたね」
「それで? キミはここで何をしているんだね」
まるで尋問されているような物言いに背筋が伸びる。きっと誰がどう見てもこれから夫婦になるような関係の二人には見えないだろう。
「アンナに家の中を案内してもらってました」
「そうか。アンナ」
「はい、お父様」
「ここからは私が引き継ぐ。アンナは自室へと戻っていなさい」
「わかりました」
アンナが小さく「途中でごめんなさい」と言うのを「いいのいいの。ありがとう」と笑顔で返すシア。アンナは恭しく頭を下げるとそのまま家の奥へと行ってしまった。
そしてレオナルドのほうを向けば、相変わらず眉間に皺が寄ったままだ。
「詮索するのは感心しないな」
レオナルドが吐き捨てるように言う。どうやらシアとアンナの会話を聞いていたらしい。
「詮索だなんてとんでもない。気になったから聞いただけです。何もわからないまま嫁ぐわけにはいきませんから」
「わからなければわからないでいい。あまりキミに期待はしていないからな」
(はい?)
思わずカチンとくるも、グッと堪える。
嫁に来いと言ったくせに期待してないとはどういうことだと問い詰めたいと思うも、さすがに初日からギクシャクするのは最善でないことくらいシアもわかっていた。
「そうですか。ですが、ここに嫁いできた以上、私もギューイ家の一員として振る舞わさせていただきます」
「あぁ、勝手なことさえしないでくれたらそれでいい」
(歓待は期待してなかったけど、いくらなんでもその言い草は酷すぎではなくて?)
あまりに不遜な態度にピクリとなるも、レオナルドはさっさと歩き出してしまう。
(顔は非常によいのに、性格に難がありすぎ。後妻が来ないのも納得ね)
公爵家。イケメン。資産持ち。
本人単体でのステータスとしては非常に優秀で申し分ないが、いかんせん無愛想で高圧的。
必要最低限の情報共有しかしてくれず、秘密主義。しかも三人の子持ち。そして全員娘で思春期真っ只中。訳あり難ありどころの話じゃない。
望まれたからここに来たというのに、どうしてこのような態度を取られなければならないのか。
アンナがあんなにいい子でなかったら早々に実家に帰っていたかもしれない、と思いながらもさすがに嫁いだ初日で離縁というのは世間体が悪すぎるとここは私が大人になろうとシアは決めてグッと鬱憤を飲み込んだ。
(先妻さんも苦労したでしょうね)
亡くなったという先妻に同情しつつも、修羅の道を進むと決めたのは自分だと己れを鼓舞するシア。
彼女はメンタルが強いのが何よりの長所であった。
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