第2話 見合い

「ハッサン家の長女シアと申します」

「レオナルドだ。本日はわざわざご足労いただき感謝する」


(全然感謝するという感じじゃないけど、顔に出ない人なのだろうか)


 レオナルド・ギューイ公爵。

 我が国アステラルの国王、アーチボルド陛下の甥で現在三十七才。

 アステラルの北部の領土を持ち、そのせいなのか氷の公爵と呼ばれているらしい。


 髪の色は黒で多少の癖毛。長さは短く、綺麗に整えられている。

 身長は高く、シアが少々見上げるほどなので恐らく百八十は越えているだろう。

 顔立ちはハッキリとしていて年の割には端正であると思うが、いかんせん表情筋が死んでいると思わざるを得ないほどの無愛想だった。


 どこからどう見てもシアのことを気に入って縁談を申し込んでいるようには見えなくて、レオナルドの真意が読めない。


 そもそもこの縁談はとてもおかしかった。


 今回の見合いはギューイ公爵家で行っているのだが、仲人になる立会人だけでなく両親も従者も参加不可で本人のみが来るように厳命されていた。


 しかも釣書が一切なく、ギューイ公爵の情報をほとんど知らないまま。


 元々の階級の違いもあるせいか社交界でもあまり接点がなかったため、レオナルドがどういった人柄なのかどういう人物なのかまるでわからないままシアは見合いに臨んでいた。


 あまりに異質な見合いに、そこまで見合いをしたことないシアでさえも「これって普通じゃないよね?」と思うほど。

 両親もいくら相手が公爵家とはいえ、さすがに条件が悪すぎるのでは? と日程が近づくにつれ難色を示していたが、「とりあえず会うだけ会ってみるわ」とシアが説得し、こうして今日を迎えたのである。


「立ち話もなんだ。中へ入ってきてくれ」

「失礼します」


(結構古いお城。大きいは大きいけど、掃除が行き届いてなさそう)


 不躾にならない程度に見渡すと、ところどころ煤が付着し、空気が澱んでいた。

 どうにも人を迎えるような雰囲気でもなく、全体的に埃っぽい。


(そういえば先程から使用人も見ないわね)


 広い城だというのに、使用人らしき人を見かけない。

 出迎えもまさかの本人。

 通常こういうのは使用人がやるものなんじゃないのだろうか、と不思議に思いつつも、これがこの家のやり方なのかもしれないと勝手に納得させる。


「こちらへ」

「失礼します」


 案内されたのは応接室だった。


 見合いというよりもなんだか面接でもするような雰囲気に一瞬面食らうも、大人しく従うシア。

 そして勧められた席に着くと、レオナルドはその向かいに着座した。


「まどろっこしい話はあまり好きではないので単刀直入に申し上げる。我が家は現在私と三人の娘がいる。先妻は死別。使用人も訳あって一人もいない状態だ。今後も雇うつもりはない。その条件を受け入れてもらえるのならば、私と結婚して三人の娘の母となってほしい」

「…………はい?」


 あまりにもありえない条件で絶句する。


 何を言っているんだこの人、冗談キツすぎでしょ、と思うもレオナルドは真剣な眼差しで、どうも冗談ではなさそうだということが伝わってくる。


 さすがにいくら行き遅れだからって、階級が違うからって、ここまで足下見られるとは思わなかったと目眩がした。


(これ、お母様がいたらブチギレてたわ)


 ここに母がいなくてよかったと安堵しつつも、この見合いどうしたものかと逡巡する。


 いくら公爵と言えどもさすがにあんまりではないだろうか。


 二十七とはいえ初婚の女にいきなり子持ちになれというのはハードルが高すぎる。

 しかも三人。それも全員娘。

 いくつの子かは知らないが、思春期であったら目も当てられない。


「えっと、なぜ私なのでしょうか……?」


 シアは一番の疑問を口にする。


 そもそもなぜ自分なのか。

 年もいってるし、殿方にも評判がよろしくない。

 さらに言えば、母親になりうるような性格でもなければ気質でもない。


 これといった接点がないのにどうして自分を指名してきた理由が知りたかった。


「アンナ……うちの二女が母にするならキミがいいと切望してたからだ。どうも過去に社交界でキミに世話になっているのだとか」

「なるほど?」


(身に覚えがありすぎてどれだかわからない)


 レオナルドの話しぶりを聞くと二女は社交界デビューをしているらしい。


 となると、二女の年齢は最低でも十六以上だ。

 そして、二女ということは長女もいるわけで、彼女よりもさらに年上の娘がいるのは把握できた。


「今回の再婚の件も私ではなかなか思春期の娘たちの面倒を見切れなくなってきたというのが本音だ。それと二女に家庭を任せているのだが、人手不足で手が足りないらしい。普段あの子は物分かりがよく、あまり何か希望するような子ではないのだが、どうしてもキミと再婚して欲しいとの要望を受けてキミに決めたのだ。私としては、今更恋愛どうこうということもないし、娘の世話をしてくれる人がいればそれでいい」

「……はぁ」


 思わず気が抜けた返事が出てくる。


 ここまで一方的な話があるだろうか。


 というか、使用人がいないのに二女に家事全般やらせているって一体全体どういうことなのか。

 まだ若いだろうに、理不尽すぎるのではないか。


 シアの謎の正義感が沸々と湧き上がる。


「失礼ながら、使用人を雇わないのには何か理由があるのでしょうか? どう考えても娘さん一人だけでこの家の家事を担うには荷が重い気がします」

「あぁ、使用人は今後も雇う気はない。それと娘だけでは家のことに手が回らないからキミを妻にと要望している」


(徹底して要求は変える気がない、と。頑固だし、随分と利己的な人ね)


 この年になって恋愛結婚に憧れていたわけでもないが、ここまでビジネスライクな結婚はいかがなのかと腑に落ちない。


 不遜な態度。横柄な物言い。独善的な考え。


 正直、シアはレオナルドに対し一欠片も尊敬するところはなかった。


「もし、私が今回の見合いを断ったらどうするんです?」

「……であれば、現状維持だ」

「というと」

「我々の生活はこのまま変わらずだ」

「でも、それだとアンナさんは」

「負担はあるとはいえ、そこまで現状困窮しているわけではないからどうにかなるだろう。キミが心配することではない」


 切り捨てるような物言い。


 娘の要望だと言いつつもそれをワガママのように扱っているレオナルドの理不尽さに腹が立った。


 と同時に、覚えはないもののアンナの身を案じてしまう。


(もし私が断ったら彼女はどうなるのだろう)


 そう思ったら、シアの返事は決まっていた。

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