第90話 着せ替え人形の完成と想定外
暑い日が増え、空も高くなり夏の訪れを感じる様になった。
ひと月くらい前に行われた突発リレー以降、騎士団の人達とは仲良くなった。一緒にフレデリック様に怒られた仲だから仲間意識も芽生えるってもんだよね。たまに訓練という名の襲撃も行っている。頻繁に強力な魔物との戦いを体感できると結構評判だ。いや誰が魔物だ。失礼すぎるでしょ。
リリとの秘密の特訓もかなり順調で、まだ小さいものの直接氷を出す事ができるようになった。自分でゴリ押した癖して言うのもどうかと思うけど、ホントに氷出せるんだね。結局は自称水魔法使いだったって事だ。後はきっと慣れてくれば沢山の氷をドバっと出せるようにもなるんじゃない? 魔力量もキラーハニービーのエサやりで増えてるでしょう!
今日はそんな頑張り屋さんのリリの為にセラジール商会から届いたばかりの着せ替え人形をプレゼントするのだ! まだ売り出していないけど、完成したという手紙と共に実物を納品してくれた。
人形は魔物由来の素材なのか、比較的軽くてツルツルした触り心地をしていて想像していたよりお人形って感じの見た目をしている。関節もちょっと硬いけどちゃんと動くね。
届いた箱の中には人形以外にも、数種類のウィッグに可愛らしいドレスまで入っている。残念ながら顔のパーツは付け替えられず、直接描かれているみたいだね。いつかはドールの様にたくさんのパーツから自分だけの子を作れるようにするのもいいかもしれない。
前世、友人に連れられてドールのパーツが買えるお店に行ったことがあるけど、ショーケース一杯に眼が並んでてギョッとしたのを覚えてるよ。あれは未知の世界だった。
そんな話はさておき、予想より完成が早かったしこれは試作品って感じなんだろうか。まぁその辺はマリーさんが何やんかやるんだろうし、私は気にしてもしょうがないか!
一度ケースに入れ直してからリリの部屋に向かう。気温が高く、暑いと思う日もあるがシャルロットは相変わらず私に引っ付いている。体はヒンヤリしてるし、暑いとかはあまり感じないのかな?
リリの部屋をノックすると、いつものメイドさんが出てきた。
「あら同志じゃないですか。今日はどうしました?」
「だから同志じゃないって。リリはいる?」
リリが魔力切れで倒れた日にリリの幼少期エピソードをたらふく聞かされて以来、このメイドさんは私を同志と呼ぶ様になった。どうか同じカテゴリーに入れないで欲しいよ。
「あら? ノエルから来るなんて珍しいですわね」
「うん、今日は頑張ってるリリに贈り物を持ってきたんだよ」
部屋に入れてもらうと、リリはテーブルで何か書き物をしていた。今平気なのかな? とりあえずあげるだけあげて邪魔なようならさっさと戻ればいいか。
私はテーブルの上にケースを置いてリリの方へ向けた。オープン!
「じゃーん!」
「これは何かしら! 小さくて可愛らしい物が入っていますわ!」
「これは妖精さんの新作で着せ替え人形っていうオモチャだよ! 髪型とか、お洋服とか、好きに選んでこのお人形さんに着せてあげるんだ」
リリはお人形やお洋服、ウィッグなどを楽しそうに手に取って見ている。どうやら好感触みたいだ。マリーさんに後で知らせよう。
「この髪型と、このお洋服にしましょう! この組み合わせが絶対に可愛いですわ! ミレイユ、お願いね」
「かしこまりました」
……え? メイドさんがリリの選んだウィッグと服を人形に着せている。リリがやらないでメイドさんがやるの? メイドさんが遊んでるみたいになってるけど。
「まぁ! いいじゃないですか! 可愛らしいわ! 小さな淑女の誕生でしてよ!」
リリはニコニコと嬉しそうに着せ替えられた人形を眺めている。
これは誤算だ。考えてみると貴族の令嬢は服を自分で着たりしない。メイドに頼んで身支度を済ませるのだ。だから人形に服を着せるのもメイドの仕事であって、それは令嬢がする事じゃないんだろう。
着せ替えられた人形を見るだけの遊びになってしまったけど、リリが楽しそうなのでまぁいいか……。でも路線変更は必要そうだ。
「これね、こうやって立ち姿を変えたりできるんだよー」
私は人形の手足を動かしてサイドチェストポーズをとらせる。
「凄いですわね! でもこの立ち姿は何だか優雅ではありませんわね。ミレイユ、お願い」
……そう思うなら手に取って動かしてよ! 気のせいかもしれないけど、誰よりもメイドさんが楽しんでるじゃん! ほらドレスでファイティングポーズ取らせちゃってるよ。
「んー、それも違うかしら?」
「そうですか? 美しいと思ったのですが」
ファイティングポーズはある種美しいとは思うよ。リリはメイドさんと美しい立ち姿について話し合って人形を動かしている。なんか想定していたのとは違った楽しみ方をしているけど、モニターテストとして見ればかなり有益な情報が得られた。
人形用の部屋や家具なんかの調度品を作って、ジオラマとか森の動物家族みたいな方向性へ持っていこう。それなら見て楽しむにも幅が生まれるだろう。そうと決まれば早速セラジール商会へ行ってマリーさんに報告しよう。
「それじゃあリリも喜んでくれたみたいだし、私は少し出かけてくるね」
「もう、せっかくわたくしのお部屋に来たんですからもう少しゆっくりして行って下さいまし!」
最近は取り繕う事すらしないで構えと言ってくる。シャルロットもリリも寂しがり屋で、料理長もアンズも教えてくれといい、騎士団も訓練をしようと言ってくる。もう春が終わろうとしているのに、未だに村へ帰ることは疎か、冒険者の仕事すら出来ていない。忙しいとも違うけど、関わる人が増えた分自分の時間が確保できていない。
「ごめんごめん。じゃあ出かけない代わりに手紙を書いてもいい? その間シャルロットと遊んでて」
私はメイドさんにレターセットを貰って書き始める。貴族令嬢の反応、想定外の遊び方、今後の方向性についてなどなど鮮度のいい内に書き綴る。
「誰に書いていますの?」
「んー? セラジール商会のマリーさんって人」
「あら、セラジール商会とは繋がりがあったんですのね。それで何を書いていますの?」
「リリが喜んでたよーって。それで今後売り出す時の戦略とかかな。そのお人形は私がリリの為に作ったような物なんだよ? リリ言ってたじゃん。淑女が楽しめるような物が少ないって」
リリはイマイチわかっていないみたいだ。
「わたくしの為に作った……? でも妖精さんの新作って」
「そ、私が妖精さんだからね。リリがお部屋でも遊べるように作ったんだから喜んでくれると嬉しいかな!」
人形の制作も必要だけど、調度品なんかを豊富に作る事でお金持ちはコンプリートする勢いで買うんじゃないかと思うんだよね。だからどうせならコンセプトを作ってシリーズ化しよう。お部屋のインテリアでもタウンハウスシリーズとかカントリーハウスシリーズとか。
理想のお部屋を作ろうみたいなキャッチコピーでさ。
「うわっ、ちょっと手紙書いてるんだから急にぶつかってこないでよ!」
リリが急に横から体当たりする様に抱きついてきた。字がブレブレになっちゃって何書いてあるかわかんないじゃん。ぐじゅぐじゅってしてミノムシの絵にしとこ。
「だ、だってノエルがわたくしの為にって……嬉しくて」
貴族の令嬢なんだからプレゼントなんて貰い慣れてるでしょうに。水色のリリの頭をポンポンと撫でてから手紙の続きを書き始める。
お膝に乗ってきたシャルロットもリリに対抗する様に私のお腹にグリグリしてくるからオシリをポンポンと撫でてあげてから手紙の続きを書き始める。
そんな様子を見ていたメイドさんもグーサインを出してきてたので私もグーサインを返す。
いい加減手紙の続き書かせてよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます