第25話 商売の話!

 一昨年の収穫祭の後から私の村での生活は大きく変わったと思う。あの日遊んだ子供たちは、村で私を見掛けると寄ってきては何かしようといい、オッサンズも私を見かければ話しかけて来て何かやるなら声をかけろと言ってくる。


 収穫祭以前の私は家族とエマちゃん一家、あとオルガちゃん親子くらいしかあまり関わりが無かったのに、一気に知り合いが増えたものだ。


 二年たった今もエマちゃんはあの日遊んだ人たちから姫様扱いされて、エリーズさんも未だに女王様だ。


 村の男たちは酒を飲む時にエリーズさんに感謝と祈りを捧げてから飲むのが習わしみたいになったし、収穫祭の日なんてあまりに祈られ過ぎてエリーズさんはそのうち神格を得るのではないかと少し期待している。女神エリーズ爆誕!


 まだ肌寒いとは言っても日が当たっていればポカポカと暖かく、少しずつ色付く花の蕾を見ながらノンビリ歩いているとエマちゃんの家についた。


「ノエルでーす!」


 エマちゃんの家のドアをノックしたらドタバタと走り回る音が聞こえた後、勢い良くエマちゃんがドアを開けて突撃してきた。


「ノエルちゃん! いらっしゃい!」


 さっきはレオに突撃されて、今度はエマちゃんに突撃されて、今日はよく突撃される日だね。これはエリーズさんも私に突撃してくるのでは……? ありだね!


「うぉっと、エマちゃんこんにちわー」


 七歳になったエマちゃんは幼女から少女へと成長し、美少女具合に拍車が掛かっている。私も誰もが振り向く美少女へと成長しているから、私とエマちゃんは二人揃ってこの村の妖精と呼ばれている……かどうかはしらないけど、裏ではたぶんそんな風に呼ばれているはずだ! うん! ちなみに鏡を見たことはない。


「今日はお母さんとお仕事ですか?」


「そうだね、お仕事っていうと違和感があるけどエリーズさんと話があるのは間違いないね」


「では邪魔はしないので一緒にいても良いですか?」


「もちろん私は構わないよ! ただ退屈じゃない?」


「そんな事ありませんよ? 夫を支えるのも妻の役目ですからね」


 さっそくおままごとを始めたみたいで、エマちゃんは役に入っている。最近エマちゃんは私が旦那さん役でエマちゃんが奥さん役をするのにハマっているのだ。トレーナーバトルくらい突然始まるもんだから最初は面食らったけど今はもう慣れたよ。


 これがちょっとした寸劇みたいな物なら簡単なんだけど、エマちゃんは意外とこだわりが強くて演じ方によってリアクションがかなり変わる。


「エマのような妻を持てて私は幸せ者だな。さぁ、こんな所で話していないで早く我が家で愛を語り合おう」


 私はキザったらしくエマちゃんをお姫様抱っこして、玄関をくぐる。今回のキザなキャラはエマちゃんのお気に召したようで、きゃあきゃあ言いながら私の首に両手を回してしがみついている。なんか呼吸が荒いし、首筋が濡れたんだけどヨダレ垂らしてない……?


「ノエルちゃんいらっしゃい。もう、エマったら大はしゃぎね」


 エマちゃんを抱えたままリビングへ向かうとエリーズさんが待っていた。二年経っても相変わらず美人で、そして相変わらずお忍び感の強い村娘スタイルも変わってないね。


 正確な年齢は怖くて聞いてないけど、お母さんもエリーズさんもまだ二十代前半から半ばくらいだから若くて綺麗なのも頷ける。


「エリーズさんお邪魔しますね。はい、エマちゃんも席に降ろすよー」


「はーい、残念ですけど仕方ないです」


 少し不満そうなエマちゃんをイスの上に降ろし、私もその隣の席に座る。エマちゃん家で過ごす時の定位置だ。頻繁に来てるからもう勝手知ったる我が家という感覚があって、相手からすれば迷惑かもしれないが結構落ち着くね。


「じゃあお茶を入れるから少し待っててね」


「あ、お構いなく」


「そうもいかないわ。商会の稼ぎ頭を持て成すのにお茶の一つも出さないなんてお爺様に知られたら私が叱られてしまうわー」


 日本人的感覚で取り敢えず断るが、こっちでは結構受け取り方が違うんだよね。それと私としてはあまり実感が湧かないのだけど、どうやら私が作ってもらった物は凄く売れているらしい。”らしい” というのは私自身が売ってるわけでもないし、売られている所を見たわけでもないから、売れていると言われてもふーんという感じしかしないんだ。


 弟か妹が生まれると聞いた日から私は子供向け商品を精力的に作った。生まれてくる下の子が退屈しないように、赤ん坊が遊べるガラガラ、シンプルな積み木やぬいぐるみ、フリスビーや縄跳びなど色々と商会に作って貰ったの。全ての物が売れている訳ではなくて、フリスビーなんかはあまり売れていないってね。街での暮らしにフリスビーは合わなかったみたい。魔物がいるから街の外壁の外に出る事は出来ず、街の中ではフリスビーで遊べるほど広い場所なんかほとんど無いそうだ。


 それでも数々の子供向け商品を作る私には多くのファンがいるんだってエリーズさんが言っていた。今回も新しく作る物の相談で来ている。


「お待たせー、それで言っていた絵本というのは出来たのかしら?」


「はい、完璧に出来ましたよー! 慣れない作業に悪戦苦闘しましたけど、何作品か作ってきました!」


 私は持ってきたバッグからあまり質の良くない紙束を取り出してエリーズさんに手渡した。


「私も一緒に見てもいいですか?」


「いいよー、良ければ感想聞かせて」


 私もエマちゃんも、エリーズさんから教わって今では文字の読み書きは問題なくできるようになっている。二人が私の書いてきた絵本を読んでいる間、私はエリーズさんが振舞ってくれた紅茶をチビチビ飲んで待つことにしよう。あまり紅茶に詳しくないけど、ほとんど水しか飲まない生活をしてると味があると言うだけで凄く美味しく感じるね。私も買おうかな?


 そんなことを考えながら暫く待っていると、エリーズさんが持っていた紙束を机の上に置いた。どうやら読み終わったみたいだね。


「どうでした?」


「凄いの一言に尽きるわね。最初絵本がどんな物か聞いた時はイマイチピンと来なかったけどこれは絶対に売れるわ! 子供向けの本なんて今まで全くなかったの。本なんて価格は高いし、書いてあることは小難しい事ばかりで、子供は勉強の為にイヤイヤ読むだけよ。短くて読みやすく、わかりやすいのが良いわね。大人でも十分楽しめるわ」


 今回私はオオカミ少年、三匹の子豚、ウサギとカメを描いてきた。以前作ったいろはかるたや文字積み木なんかを使って読み書きを覚えた子に、文字ってこんな事もできるんだよと伝えられればいいなと思って絵本を作ることにしたのだ。本音はレオに読んであげる為だけどね!


「私も! 私も凄く面白かったです!」


「喜んでもらえてほっとしたよ」


 エリーズさんは少し興奮気味に太鼓判を押してくれたし、エマちゃんも一生懸命手を挙げて喜びをアピールしてくれた。


「ただ一つ気になる事があるのだけど聞いてもいいかしら?」


「なんですか? どこか問題がありました?」


「どうしてどのお話も絵をこんなにおどろおどろしくしているの?」


「……違うもん! 可愛く描きたかったけど黒のインクと羽根ペンじゃあれが限界だっただけだもん!」


 私だってあんな浮世絵の妖怪みたいなウサギとカメ描きたくなかったわ! しょうがないじゃん! 色も筆もないんだからさ!


「じゃあ敢えてこんな画風にしてるわけじゃないのね? それなら画家にお願いして描いてもらいましょう。一気に沢山は作れないけれど、本を作る以上ある程度高く設定しないと採算が取れないでしょうからまとまった数は必要ではないでしょうし……」


 エリーズさんが一人でブツブツ言い始めたので後はおまかせのいつものパターンだ。エマちゃんももう一度順番に読みはじめてしまったから私は一人する事がなくなった。この展開も慣れたものだし、戻ってくるまで魔法の訓練でもして過ごせばいいか。

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