どんなことでも褒めてくれて、過保護で溺愛してくる大魔法使い様『カクヨム限定スペシャル短編集』【ファンタジア文庫様より第一巻発売中です】

初美陽一

短編1:『お姫様だっこは修行の内ですよ?』

 人里離れた山奥で、今日もまた、は行われていた――


 世界さえも容易に滅ぼすことの出来る、世界一の《大魔法使い》には――たった一人だけ、弟子が存在する。


 弟子の名は、エイト。まだ十六歳という若さでありながら、《魔法》のせいで全てを奪われた彼は――それでも他の誰かを救うべく、大嫌いだった《魔法》を学ぶ道を選んだ。


 けれど、師たる者は桁外れの力を持つ《大魔法使い》。その度を越した美貌もまた、いっそ人の枠を超えているようだが、その艶やかな唇の奥から紡がれる言の葉は。


「さあ……我が弟子よ、今日も今日とて、修行の始まりだ。《大魔法使い》たるこの私が課す、想像を絶する過酷で困難な修行……やり遂げる覚悟はあるかな?」


《大魔法使い》の師匠――レイミアの美声は、まるでそれ自体が《魔法》のような重圧を含んでいる。今、師弟のいる屋敷の中庭の空気が、重苦しく感じるほどだ。

 だが、弟子・エイトは真っ向から、その問いかけを受け止める。


「はい、もちろんです。それがどれほど厳しい修行だろうと、俺は投げ出したりなんてしません。お師匠さま……どうか修行を、お願いします!」


「ふっ……よくぞ言いました。ならば始めよう、《魔法》の修行を……《大魔法使い》たる私が、唯一の弟子であるキミに課す、本日の修行は……!」


 勿体つけるように少し溜めたレイミアに、ごくり、エイトが喉を鳴らすと――ついに師匠である彼女の口から、修行の内容が飛び出して――!


「お師匠さまである私を――エイトくん! キミが抱き上げるのです!」

「お師匠さま?」


「さあ、果たしてキミは、この過酷な修行を乗り越えられるのか……ふふ、見ものですね」

「お師匠さま、お師匠さま……」


「どれほど過酷であろうと、拒否は許しません……投げ出さない、とキミも言ったでしょう? やり遂げるまでは、今日のおやつも抜きで――」

「お師匠さま……お師匠さま!」


「むう。何ですか、我が弟子よ……そんなに師を呼ばわって。弟子の、師を呼びたい盛りというやつですか。はあ、やれやれ、師のこと好きすぎでしょう。えへへ」


 何やらマイペースに語り続ける師・レイミアに、エイトは困惑しつつ疑問を訊ねる。


「あ、あの……お師匠さまを抱き上げるのが修行、って、どういうコトですか? 《魔法》とは、全然関係ないような……」


「ほう? つまりエイトくんは……この私、お師匠さまを信じないのかい? 私は《大魔法使い》……こと《魔法》に関して、私の言うことに間違いはあったかな?」


「! いいえ……いいえ、お師匠さま! その通りでしたっ……すみません、疑うようなコト言って! すぐに修行に取り掛かります!」


 師に諭され、素直に行動に移るエイト――そう、事実としてエイトは、レイミアに弟子入りしてから、《魔法》について正しく学べるようになっていた。《大魔法使い》である師匠いわく〝なかなか順調かな~〟とのことである。


 それは《魔法》が大嫌いで忌避してきたエイトでさえ、納得できるような修行の道筋。それを示してくれた師を信じ、エイトはゆっくりと彼女に歩み寄り……そして。


「そ、それじゃ、失礼しますね。よい、しょっ……ッ!? も……ッ、持ち上がらない!?」


 妙に紳士的なところのあるエイトは、出来るだけ両腕だけで、触れる面積も少なめにして、彼女を持ち上げようとした。

 が、不可――不可! 地に根を張ったように、レイミアの体は微動だにしない――!


 レイミアはスタイルもまた、非常に優れたものを持っている。とはいえ細い部分は細いし、何より女性の体なのだ。それがこれほどの重量なのは、いくら何でもあり得ない。

 困惑するエイトに、けれど師・レイミアは、何やら含むような笑い声を漏らす。


「ふふふ……どうだい、エイトくん。この修行は、キミが想像していたほど容易なものではなかっただろう?」


「っ、は、はいっ……でも、どうしてお師匠さまの体が、こんなに……!?」


「なに、答えは単純。私の体に〝超重力〟を作用させる《魔法》を使ったのさ。私の、つまりこの一人分の体に、今……大岩三つ分くらいの重量はあるのではないかな? 多分」


「そ、そんなとんでもない状態なんですか!? 今!? ど、道理で、どんなに力を籠めても微動だにしないはずですね……」


「当然さ。体の力だけでは、この修行は成し遂げられないよ。さ、キミの内に巡る魔力を操作し、肉体を補助するのだ。頑張らないと、日が暮れてしまうよ?」


「は、はい! よーしっ、俺の体の中の魔力を、腕に集めて……ぐぬぬぬ!」


「ふふ、まあこれは、単純な魔力操作の訓練だからね……基礎のようなものだし、我が自慢の愛弟子なら、簡単に成し遂げられるでしょう」


〝単純〟〝基礎〟――と《大魔法使い》は供述しているが、その認識は致命的に誤っている。そもそも、魔力は〝《魔法》の発動〟のために使用するのが世の常識で、〝魔力操作の技能〟を鍛え上げるのは、セオリーとは全く言えない。


 しかもそれが〝大岩を持ち上げるほどのレベル〟となれば――そんなことが可能なら、それそのものが、もはや《魔法》の領域である。


 魔法嫌いゆえに《魔法》を忌避してきたエイトは、そういった常識に疎い。それゆえに、世界一の《大魔法使い》の(これでも加減しているつもりの)度を越した基準に気付かず――恐らく世界中のどんな魔法使いでも不可能であろう修行に、取り組み続ける。


 当然、一向にレイミアの体を持ち上げられず、エイトが呻くように呟いたのは。


「ッ、はあっ、はあっ……こ、これは本当に、難しいですねっ……で、でもお師匠さま、こんな重力を作用させて、大丈夫ですか? ……って、何ともないからやってるんですよね。変なコト聞いちゃってすいませ――」


「うん? ああ、もちろん重いよ、すっごい重い。岩に圧し潰されるのって、こんな感じなんだね? あはは」


「なに笑ってるんですか!? いやそれ、あの……痛いとかないんですか!?」


「それはまあ、痛いよ。圧し潰されているわけだからね。体中の痛覚が悲鳴を上げ続けている感じさ。ああ、もちろん常時回復魔法を施しているから大丈夫だよ。エイトくんに、みっともないところは見せたくないからね。でもまあ回復した端から圧し潰されるのを、繰り返しているわけだからね。常人なら発狂するのではないかな? 知らないけど」


「今すぐ解いてくれません!? 何で弟子の俺じゃなく、お師匠さまのほうに痛みを伴ってるんですか!? イヤですよこんなの!」


「むっ。修行を避けようとは、許さないぞ。まあ私だって、別に痛いのとか好きじゃないけれど……弟子の修行のためだし、些細なことさ。気にしないよ」


「少しは気にしてくださいってば!? ああもう……じゃあこの修行を成功させたら、すぐ解除してくださいよ!? 絶対ですからね!? ふんぬぬぬぬぬ……!」


「ふふ、それはどうか……にゃっ!? お、おお、何だか、大胆になったね……!?」


 恥ずかしがっている場合ではない、とエイトがレイミアに体を寄せ、両腕だけでなく全身を使って抱え上げようとする。一方、突然の接近戦に、レイミアは。


(お、おお……弟子が頑張っている姿を、こんなにも間近で見られるとは、非常に良き……良き、が! な、何だか照れ臭いというか……む、胸がドキドキする、ぞ。むむう、まさか、これは……エイトくんが、私も知らない何らかの《魔法》を……!?)


《魔法》以外のところでは、妙に世間知らずな《大魔法使い》である。さて、そんな彼女の煩悶には気づかず、エイトは全身に魔力を巡らせ、師を抱き上げようとする……が。


「ふうっ! ぐっ、ぐぐっ……う、うううっ……!」


 出来るはずがない――いくらエイトが世界一の《大魔法使い》の弟子とはいえ、まだまだ素人を自負する彼に、世界中のほとんどの魔法使いが不可能な修行など――!


「っ、よ、よし……少しずつ、持ち上がってきた……もう少し……う、おおお……!」


 出来てきましたね……ちょっと誤算です……。


 普通なら、不可能――不可能なのが、当たり前だ。だが、エイトは《大魔法使い》に弟子入りしてから、その規格外かつ常識外れの基準によって、鍛えられてきた。

 更にはエイト自身の度を越した才覚と、そして――


(俺のせいでお師匠さまが、痛みに耐えなければならないなんて……そんなの、イヤだ! 少しでも早く、終わらせるために……今すぐ、ここで――!)


 修行を成し遂げる最大の動機を、胸に秘め――不可能と思われる修行は、今。


「う―――うおおおおお!」

 今、抱き上げた――エイトは、レイミアを、雄叫びを伴って、抱き上げた。

 ワイルドお姫様だっこである。


 さて、自身の弟子が過酷な修行を成し遂げたことに、師たるレイミアは。


(ふ、ふ……ふわわわっ!? エイトくんの顔が、顔がこんな近くに!? しかもなぜか、困難な試練に打ち克った勇者の如き凛々しさだぞ!? む、胸の動悸がおかしくなるぅ……!?)


 何だかもう、修行だとか、それどころではなさそうだ。

 しかしエイトとしては、一刻も早く師を痛みから解放したいところで。


「あ、あの! 出来ましたから、早く魔法を解除して……ほしいん、ですけど……!」


「ん、あ、えっ。……え、え~っ、ど、どうしようかなぁ? これも修行の内ということで、もう少し負荷をですね……すぐ終わらせるのは、何だか勿体ない、と言いますか……あっその、修行を、という意味でですね? なので――」


「っ、ぐっ……さ、さすがに、これは……お、お師匠さま、で――」

「ッッッ―――〝解除〟!!」


「えっ。……う、うわあああ!? お、お師匠さまぁーーー!?」


 合図もなく、いきなり〝超重力〟の《魔法》を解除された結果――エイトはレイミアを、上空へぶん投げるような形になってしまった。不可抗力である。


 投げ上げられた時の速度と比べれば、ゆっくりと自由落下してくるレイミアを、エイトは大慌てで右往左往し……どうにか、彼女を再び抱き留めることに成功した。

 よかった、と安堵の息を吐くエイトに、師・レイミアが咳払いしつつ尋ねたことは。


「……おほん。さて、エイトくん……よく修行を成し遂げたね、見事だ。……それで、今こうして抱えている私が、素の状態なわけだが……どうだい、重いかい?」


「へ? あ、いえ……全然、重くはないです。魔力操作ナシでも平気なほどで……というか軽すぎるくらいで、心配になりますよ」


「そうでしょう。……ふう、そうでしょうとも。覚えておきなさい、師の本来の重量は、決して重くないのだと。これもまた、アレですよ……修行ですからね?」


「こ、これも修行……俺にはまだ理解できませんけど、何か深い考えがあるんですねっ……さすがお師匠さま! わかりました!」


 弟子、素直すぎてちょっぴり心配になる……が、師・レイミアの思惑は。


(う、うう……なぜかエイトくんに〝重い〟と思われるのは、凄まじくイヤだぞ……なぜなのか、全くわからぬが! ああもう、《魔法》なんて私にとっては簡単すぎるのに……他のことは、なぜこんなに難しいのですか~~~っ!?)


 ……何やら複雑な心情があるらしく、弟子にお姫様だっこされた体勢のまま、身悶え続けているのだった。

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