第4話 マネー、マネー、マネー!
さて、まずは地図を手に入れなくては。
そう意気込んだとたん、ぐうとお腹が連続で鳴った。このままだと本気で倒れる。とりあえず銅貨三枚でなにか食べよう。
人々がパレードから戻った市場で、買えそうなものを探す。銅貨一枚で硬そうなパンがひとつ買える。全財産をつぎ込みたかったけれど今後のこともあるので我慢し、泣く泣くひとつだけ手に入れた。
市場のすみにしゃがんでいっきに頬張る。この子がどれほど空腹だったか、石みたいに頑強なパンを噛んだときの激烈な甘味でわかった。これは相当食べてない。
貴族で裕福だったはずだから、こんなにみすぼらしい格好で空腹な現実に、どんな思いで向き合っていたんだろう。たとえ悪い貴族の娘さんだったとしても、きっとこの子には関係なかったはずだ。それなのに、こんな目にあうなんて。
ほんと、なんてかわいそうなんだろ!
パンを頬張りながら同情してしまい、泣きたくなってきた……っていうか、気づいたら鼻水流して泣いてた。
でもさ、もういいよ、もう大丈夫。これからは底辺な人生をよく知ってる私が、うまいことなんとか生き抜いてあなたを幸せにするからね、シエラさん!
涙をぬぐいつつ、食べ終えた。ああ、全然足りないけど、ひとまず我慢するしかない。
「さてと。気を取り直して、まずは地図を手に入れよう」
市場で探したかぎり、この国と周辺国がドアップになっている地図しかなかった。しかも高価で、まるで子どもの落書きみたいな安い巻物でも金貨三枚が必要だった。けれど、そのおかげでやっと国名が判明した。
この国の名前は、スキリエ王国。そして、ここは王都エミュダ。
西側は海に面していて、北、東、南に隣国がある。もっとも近そうな国は東にあり、ここからは平地と森、そして川、湖を越えていく必要がありそうだった。
「あんた、買うのかい?」
「あっ! い、いえ……!」
地図と雑貨売りのおじさんに睨まれたので、泣く泣くその場を離れた。ここでも立ち読みには規制が入るらしい。
それにしても、どうしよう。パンを買ったので、手元にあるのは銅貨二枚。旅の必要経費としては、全然足りない。
グレンさんがくれたマントは暖かいけれど、靴がなければ旅路は無理だ。それに、できれば服も動きやすいものに変えたい。
それらの合計を、脳内でざっくり換算する。おそらく、お金ががっぽり必要だ。
「……がっぽりか……」
困った。でも、グレンさんの指輪は絶対に売りたくない。つまり、私はとにかく地図を手に入れる前に、お金を得なくちゃいけないんだ。うう……この世界でもお金で苦労するなんて!
「……よ、よし。仕事探そ」
だけど、その前にこの汚れた身なりをなんとかしないと。どんなにお顔が素敵だとしても、さすがに門前払いをくらいそうだ。でも、ちょっと待って。働きたいけれど、そのためにはこの身なりをととのえる必要があって、だけどそうするにはお金が必要って……なんか卵が先か鶏が先かみたくなってない?
そっか、ヤバいな。どうしよう。私、なにかもう詰んでない? い、いや、諦めるのはまだ早いよ。えーと、ほかになにか売れるもの持ってないかな。あ、このマント? いや、それじゃ本末転倒だから!
ふう、落ち着け私。
大きく深呼吸をしたとき、建物の窓に映る自分の姿が視界に飛び込む。
「……あ。あった」
売れるもの、あった。海外の映画で見たことを思い出した。
そう――このブロンドの、長い髪だ!
* * *
切った。思いきりざっくり切っていただいた。
あと数センチ切ったら角刈りになると思い、さすがにそれはどうかと思って避けたけれど、とにかくめっちゃ短くなった。
切ってくれたのは、市場で教えてもらった商人のマダムだ。彼女は広場に面した建物に暮らしており、下級貴族やお金持ちにカツラを売って生計を立てているとのことだった。
ブロンドのカツラは高値で売れるらしく、なんと! 金貨三枚もいただけてしまった!
そういうわけで、頭が軽い。マントのフードをかぶって広場に戻り、金貨一枚は必要経費として使うことにし、ブーツ、仕事をするのに動きやすそうなズボンとシャツ、靴下と下着っぽいやつ、荷物入れによさそうな斜めがけの麻バッグ、ハンチングみたいな帽子まで手に入れた。
とりあえず靴下とブーツを履き、全部をバッグに詰めて斜めがけしたときには、すっかり日差しが陰っていた。
あっという間に人影は消え、お店もどんどん撤収していく。気づいたときには薄暗い広場に、ひとりでぽつんと立っていた。
「……あ、そっか。私、帰るとこないんだった」
脳内で残金を数える。あまり使いたくはないけれどどうせ働くんだし、今夜くらいはベッドのある場所で眠りたい。っていうか、長く辛い旅をしてきたシエラさんの身体を、一晩だけでもぐっすり眠らせてあげたい。
よし、今夜だけは無礼講。どこかに泊まろうではないですか!
* * *
パレードがあったせいか、どこの宿も満室だった。
だいぶ歩いてやっと空きがあったのは、鳩のマークの看板を下げた食堂兼宿だ。恰幅のいいおかみさんによって二階の一部屋を与えられ、階段をのぼってドアを開ける。こじんまりとしてはいるものの、清潔なベッドとデスク、椅子、ろうそくのある部屋で、感激のあまり泣きそうになりながらベッドに突っ伏した。
「……あああ……最高ですよ……!」
そう言った記憶だけを残し、私は速攻で眠りに落ちた。
目覚めたとき、窓から月明かりが差し込んでいた。ろうそくを灯さなくてもこんなに明るいのは、それを遮る光がほかにないからだろう。
一階の食堂から楽しげな声が聞こえてくる。とたんにお腹が鳴り、ひとまずベッドから起きた。
ついでに着替えることにして、ぼろぼろのドレスを脱いでシャツを羽織り、サスペンダー付きのスボンを履く。死亡している設定とはいえ、なんとなく顔を隠したほうがいいような気がして、念のため帽子もかぶった。
食堂に行ってすみの席に座り、スープとパンを頼む。持ってきてくれたおかみさんにお風呂に入りたい旨を告げると、「お湯と桶を用意するから自分で部屋に運びな」と言われた。
「男の子なんだから簡単だろ」
「え」
私が戸惑うより先に、おかみさんは厨房に戻った。あ、そっか。髪が短いうえにこんな格好をしてるから、私、男の子に見えてるんだ。意図していなかったけれど、仕事をするにも旅をするにも、そっちのほうが断然便利そう。
一時はどうなることかと思ったけれど、なんとかなりそうな気がしてきた。ハードモードなスタートだったものの、なかなかに幸先よさげ? いや、いかんせん私のことだ。過剰な期待をしてはいけない。気をつけよう。
とはいえ、ごろごろ野菜のスープは最高だし、バターたっぷりでチーズののったパンも香ばしくておいしすぎた。一瞬で食べきってしまい、スープのおかわりを追加する。それもきれいに平らげようとした矢先、庶民らしき若い男女が食堂に入ってきた。
おかみさんと顔見知りらしく、少しおしゃべりをしてからこちらに向かって歩いてくると、私のうしろにある席に向かい合って座った。会話の内容から察するにご夫婦らしい。
食べ終わった私が、席を立とうとしたときだ。
「パレード、とっても素敵だったわね」
「ああ。一昨年にあんなことがあってから、延期に次ぐ延期だったからなあ」
「王太子殿下は複雑な心境でしょうけれど、結果的にお幸せそうでなによりだわ」
「そうだな。もともとのお相手はみんなの嫌われ者だったから、聡明なフィオナ様に落ち着いて喜ばしいことだ」
「本当にね」
ほほう? なにやら大人の事情があったっぽい。あんなにおめでたそうだったのに、好きだの嫌いだので結婚できるわけじゃないのかな。高貴な人たちも大変そうだ。
「そういえば明日の午後、王宮の東門に並べばパンやお菓子がもらえると聞いたぞ」
――なんですと!?
私は中腰から座り直し、耳をそばだてた。それってタダ?
「それ、タダでもらえるの?」
奥様、ありがとうございます!
「ああ。婚約を祝ってのことらしい。並んだ全員がもらえるわけではないだろうが、行ってみるか?」
「王宮まで遠いじゃない。残念だけれど、遠慮するわ」
ヤバい、鼻息荒くなってきた。遠くたって、タダなら絶対並びたい。
私はいま男の子に見えているらしいし王宮に入るわけでもないから、庶民に混じって列に並んだとて正体が明かされることはないはずだ。
いい情報いただきました! 明日はそれをもらってから、さっそく仕事を探してみよう。うん、いいね。順調順調。むしろ順調すぎて、若干恐怖すら覚えてきた。
明日の予定もたったことだし、簡易風呂ならぬ桶で身体を洗って、たっぷりぐっすり眠ることにしよう。
今度こそ席を立とうとした直後、男性が言った。
「王宮では今夜も舞踏会が開かれているけれど、明日はもっと盛大なものになるそうだ。賓客が多いから、近衛の方たちは大変らしいよ」
「そうでしょうね」
「ここだけの話、枢機卿が悪霊祓いを密かに招いたという噂だ」
「まあ、どうして?」
「王太子殿下の元婚約者――シエラ・ウッド嬢の亡霊を懸念してのことだとさ」
………………はい?
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