第2話 私はどこのダレデスカ?

 え、うそ。外国の人……っていうか、痩せてて汚れてるけどめっちゃ美少女!

 なにこの夢。いや、もはや夢じゃないほうがいっそいいかも? だって、こんなにきれいで若い女の子になれるなんて、最高オブ最高すぎるもの!

 もしかして、神様ってガチでいるのかな。

 理不尽まみれな人生だったけど、私が日々文句も言わずに淡々と生きてきたおかげの、これはご褒美かもしれない!


「……うっ」


 泣きそうになってきた。たとえ貧乏だったとしても、自分が美少女っていうだけで気分がめちゃくちゃ上がる! やー……きれいだなあ。かわいいなあ。でも、残念ながら貧乏なんだね。大丈夫、私の年収も常に貧困ラインぎりだから、この夢が覚めて終わるまで一緒になんとかやってこ!……って、いや、わかってるよ。


 これ、たぶん夢じゃない。


 よくわからないけど、私はこの女の子の〝中の人〟になったっぽい。

 じゃあ、この子本人の魂的なものってどうなったんだろ。考えたくはないけれど、もしかして天に召されてしまって、それと入れ替わるみたいになぜか私が入っちゃったとか?

 謎すぎるし理屈もとおらないけれど、そう考えるのが一番妥当かもしれない……。

 こういうことって、小説とかマンガの世界のことだけだと思ってたけど、ほんとにあるんだな。ただし、現実はわりと地味らしい。だって、こういうのってたいてい貴族だったりして、キラキラな毎日を送れるはずだもの。それが貧乏丸出しの庶民とは。


「まあ、私の身の丈にはあってるけれども」


 私の現実なんて吹けば飛ぶようなものだったし、向こうの私が突然の頭痛で息絶えて、なぜかこの子の〝中の人〟になったのだとしても、まあいっか、と思えてしまう。家族に会えないのはさびしいしみんなも悲しむだろうけれど、お姉ちゃんも弟もいることだし両親ともに基本能天気なので、そのうち元気な暮らしに戻るはず。

 そういうわけで、この現状。若干の戸惑いはあるものの言葉が通じているので、私的にはなんの問題もない。ただし、あえてこれ以上の希望を言うとすれば、せめて靴は履きたい。あと、家に帰ってお風呂に入ってとりあえず眠りたいかな……とまで考えて、はっとする。


 いったいこの子……っていうか私、どこの誰ですか?


 名前はなんだろ? 住所はどこ? どうして靴も履かずにあんな軒下にいたんだろ。なんならこの国はどこで街の名前はなに?

 ゲームには詳しくないから、この世界がもしもそういう世界だったとしても私にはわからない。いままで読んできた小説とかマンガとか、鑑賞した映画やドラマも総動員して思い出そうとしてみたものの、こんな女の子が登場するものは皆無だ。

 ということは、この世界。まさか、まっさらな異世界!?


「……って、え。だからそれどういう状況?」


 地球は同じのパラレルワールド? それとも昨今流行りのマルチバースなる世界線とかだったりして……?

 ダメだ、難しすぎて眠たくなってきた。考えたってわかるわけもない。でも、たしかなことがひとつだけある。

 この破天荒な状況が、まぎれもなくいまの私の現実だってことだ。


「……よし。よくわからないけど考えるだけムダっぽい。なにがどうでも、長いものにはどんどん巻かれていこう」

 

 それが私の、生存戦略ですから!

 なにげなくひらひらスカートのポケットをまさぐると、銅貨三枚があった。これでどのくらいの日数を生きなくちゃいけないのかも謎だし、なんならこの子っていうか私が働いていたのか、それなら職場はどこなのかもわからないから困ってきた。

 でも、こんなにきれいな子っていうか私(!)だもの。もしかしたら通りすがりの人が知ってたりして。ふふふ。


 どなたか美人な私のこと、教えてください!

 

 ふんっ、と鼻息荒めに堂々と背筋を伸ばし、広場を向く。食べ物や雑貨の売られている市場が円形の広場を囲んでいて、たくさんの人たちで賑わっていた。と、どこからともなく女子たちの黄色い声が上がる。


「まあ、あちらを見て!」

「きゃっ! パレードが通るから、近衛騎士の方たちが警備にいらっしゃったのね!」

「ああ、なんて素敵なんでしょう……!」


 見ると、反対側にある開けた通りから、凛々しくも華やかな青い軍服姿のイケメンが二名ほど、馬に乗ってあらわれた。

 おおお……めちゃくちゃかっこいい! うわ、あれってコスプレのイベントとかじゃなくて、ここじゃガチの現実なんだ!

 怪しい者はいないかと、この世界のアイドルたちが庶民に目を配っている。そんな彼らを羨望の眼差しでぼうっと眺めていたとき、ふと、どこからともなく視線を感じて周囲を見渡す。美少女の私に熱視線を送っている殿方がいるのかもと思ったけれど、勘違いだったらしい。いくらきれいでも自意識過剰は痛すぎる。自重しよう。

 それにしても、本気でお腹が空いた。この銅貨三枚でなにか買えるかな。ニンジンの丸かじりでもいいからとにかくお腹に突っ込みたい。そのついでに私のことを知りませんかって訊いてみようかな。

 よし、そうしよう!

 喜び勇んで市場に突進しようとした、矢先。


 ――ダ、ダダダンッ。


 どこか遠くからリズム隊の音がこだまし、はっとする。広場にいた誰もが、同じ方向に顔を向けた。


「――パレードが来るよ! アシェラッド王太子殿下とフィオナ様の婚約パレードが、大通りをもうすぐ通るよ!」


 誰かが叫び、歓声が上がった。ラッパの明るい音色が重なって聞こえてくるなり、市場の人はお店を閉め、買い物をしていた人たちも足早に広場を去りはじめた。

 心が浮き立つ華やかな音楽が大きくなってきて、私も人波にあらがわず、大きな通りに出ることにした。

 うわ、すごい人! 花吹雪が空を舞う。まさか美少女の庶民の中の人になってすぐ、ヒエラルキートップの方々のパレードが見られるなんて思わなかった。

 嬉しすぎて、めちゃくちゃテンション上がる!

 背伸びをする。ずっと遠くに二頭の白馬と、それに乗っている赤いきらびやかな正装姿の騎士たちが見えた。おおおおお! さっきのアイドルとはまた違う衣装!

 きれい、かっこいい、華やかで眩しすぎて直視できない!

 大きな歓声とともに、女の子たちの黄色い声も上がった。うわあ……マンガでもアニメでもない、本物だ。本物の王族とか貴族とかなんだ!

 やがて、純白と黄金に彩られた馬車が近づいてきた。

 こちらに向かって手を振る若い男女の輝きに、私は思わず卒倒しそうになる。遠目でよくは見えないものの、男性は少女漫画から飛び出したようなブロンドイケメンだった。あんな人がリアルに存在してるとか、この世界どうかしてる。

 そして、そんな彼に寄り添っているご令嬢も、これまた神秘的なブルネットヘアの美少女だ。ゴージャスな純白のドレスが、最高に似合っている。

 自分とは程遠い世界の方々だけれど、ひと目でも見られることができてよかった! 通り過ぎる馬車に向かって大きく両手を振り、感無量な笑顔でしみじみと拍手をしながら見送った――そのときだ。


「なにをしてるんですか」


 突然、うしろで声がした。


「へ?」

 

 私が振り返るよりも先にぐいと右手首が引っ張られ、走るはめになる。え、えええええ!


「ち、ちょっ!」


 私の手首をつかんだ人物は、グレーのマントを羽織っていて、そのフードで頭を覆っていた。さっきも視線を感じたけれど、もしかしてこの人だったとか?

 うそ、これってもしや、強引なナンパ?


「こ、こういったアプローチは、さすがにいかがなものでしょうか!」

 

 返事がない。違ったか。あ、そっか。このどさくさに紛れた泥棒かもしれない!


「わ、私、銅貨三枚しか持ってないです!」


 このぼろぼろの身なりからして、所持金額の想像くらいつくでしょうと突っ込みたい。そんな私の叫びを無視し、フードの人物は路地を走る。建物と建物の間の薄暗く狭い陰に入ると、やっと私の手首を放す。

 息をつくとこちらに向き直り、フードを両手でうしろに払った。

 年の頃は二十代。黒髪に鋭い灰色の双眸。品性があるのにどことなく野性的でもある、ものすごい色気ダダ漏れイケメンがそこにいた。

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