第34話 槍使い
洞窟の出入り口を塞ぐ瓦礫の中の一つを爆発させたカエン。
洞窟内にいるフジノ達を閉じ込める意味もあったが、目の前で戦っているニタカと戦うにあたり体術だけでは倒せないと判断して使ったのもある。
ニタカはカエンの動きの不自然さから勘でかわしたが、ほとんど無傷ですんだのは幸運だった。
「いいのかい? こんなに派手にやって」
不安を覆い隠すように普段の自分を意識して言葉を使うニタカ。
彼女の槍の攻撃範囲から距離を置いたカエン。
どちらも息を整えたいのもあり、間合いには入らない。
激しい近接戦の間に挟まる睨み合いの時間だ。
「ここはそんなに脆くない」
仮面を被り正体を隠しているつもりのカエンは次の手を考えている。
彼女達が来る前に自分の妖精と相談して決めたものだ。落石に爆弾。まだ他にも手はある。
武器を隠してある場所を頭に思い浮かべて、カエンは先に動いた。
(今度は何が狙いだ?)
ニタカはカエンの繰り出す体術だけでなく、この場所に仕掛けられている罠も警戒している。
最初よりも守りを意識した立ち回りだ。
だが、それでも素手と槍、互いの実力差が近いとなれば先に重い一撃をいれたのはニタカの方だ。
槍を器用にさけるカエンの動きを読んで、ニタカは足技でカエンの顔面に蹴りをいれる。
(決定打じゃないが確実に体力は削れているはずだ。深追いはしない。最大限の警戒で確実にダメージを与えていく)
カエンがつけていた鬼の仮面が砕け落ち、その素顔がさらされる。
あらかじめ正体を聞かされていたニタカは驚かずに戦いに集中している。
どんな罠にも対応できるようにじわじわと離れた距離をつめていくニタカ。
隠していた顔を晒したカエンは起き上がった場所から、数歩下がり、石畳ではない土の地面をえぐるように蹴り込んだ。
舞い上がった地面にあらわれた黒い袋。細長い形をしているのがわかる。
カエンが力任せに袋をちぎると、中から槍が出てきた。
ニタカに見覚えはないが、その槍はフジノが町で買ったものだった。
他人の槍を振り回し、調子を確かめるカエン。
本当なら彼女の槍で、彼女の友人達を殺すためにとっておいた小道具だが、こんな形で使うことになるとは思わなかった。
「そういうことか……」
ニタカが納得した様子で呟く。
(道理で動きが読まれるわけだ)
ニタカはフジノと自分の槍がどうしてこうも見切られるのか理解した。
フジノの話によれば刀なら良い勝負ができたのに、槍で戦った時は手も足も出なかったらしいから確定だろう。
こいつの本来の武器は体術なんかじゃない。
先程と同じ様にカエンが高速移動で距離をつめてくる。
互いの槍がぶつかりあい、ねじれて、相手を貫くための殺意ある一撃の応酬が続く。
運動エネルギーを活かすために回転を取り入れた独特な槍術をする二人の姿は、命のやり取りを抜きにすれば踊っているようにも見えるかもしれない。
(ヤツの槍のほうが上か!)
カエンが槍を手にするまではニタカが優勢だったが、今は逆転してしまった。
敵を貫くための動きよりも、防ぐための槍に変わりつつある。
今の自分の動きは槍を教えたばかりの頃のフジノのように、向き合っても怖くない槍になっているに違いない。
カエンの槍はニタカの防御の隙間をぬって、少しずつ傷を増やしていく。
(まずい……!)
先に集中を切らしたのはニタカだった。
愛用している槍を叩き落されてしまう。
今やニタカが武器を持たず、カエンだけが槍を持っている。
ここから彼女に致命傷を負わせるまで時間はかからない。
二人が戦いの終わりを感じ始めたその時だ。
「ニタカ! いるなら離れてよ!」
洞窟内に閉じ込められたフジノの声が瓦礫から響く。
声を聞いて隙を作るのも気にせずに、後ろに飛び跳ねるニタカ。
フジノがあの瓦礫をどうにかする手段を使う気なら、この場所はダメだ。
石畳の上は洞窟から一直線に伸びているから。
(フジノのあの技なら、ここは攻撃範囲。私がいるから派手にやらないとは思うが、万が一だ)
飛び退いていくニタカを攻めるか迷うカエン。
カエンも洞窟内から響く声を聞いたからだ。最終的に彼も同じ様に後退した。
洞窟の出入り口を塞いでいた瓦礫が細切れになり、土煙を巻き上げ、バラバラになって吹き飛んでいく。
グロリアの最後の力を振り絞った魔術。破壊のための風の魔術だ。
瓦礫を細切れにした青く光る妖精の画面は、煙の中で隠されフジノの手から消えていく。はじめから無かったように。
風の魔術が止んだのを合図にカエンが再びニタカに襲いかかる。
人数差を作られる前に決めるつもりだ。
洞窟から古い短槍を持ち、真っ先に出てきたフジノはニタカの手元を見て、自分の槍を投げる。
受け取って、という思いを込めて。
眼もあっていないがニタカはフジノの行動を読んで自分へ投げられた槍を掴み、カエンの攻撃に対処する。
フジノは投擲の後に駆け出してニタカの槍を回収して加勢する。
刀は物隠しの魔術で消してあり、その手には槍だけだ。
フジノとニタカは息のあった連携でカエンを退かせることに成功する。
仕切り直しだ。
「助かった。間一髪だったよ」
「よかった。間に合って」
同じ方向を向き、同じ様に彼女達は槍を構える。
「……本当に、お前は、どこまで邪魔をすれば気が済むんだ……」
カエンにとってフジノは順調だった自分の人生を狂わせた元凶だ。
仕事でもプライベートでも殺しはうまくいっていた。いっていたのに……。
この小娘のせいで全て狂った。
儀式場という後始末に最良のスポットに忍び込んだ子供。
何度も殺そうとしたのに、切り抜けて、立ちふさがってくる害虫じみた生命力。
(……本当ならお前が死を望むほど苦しめてやりたかったが、もういい)
カエンは小さく「オート機能開始」と自分の妖精に命令をする。
私情を捨てて目的のためだけに最適な動きをする機能は、カエンの鍛えられた肉体を、相手を殺すためだけに動く殺人人形に変えた。
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