第33話『かっこいい奴ら』

 ボンテは背にエミルを乗せ、波を切るように魔国へと向かっていた。特に魔国と敵対しているわけではない海獣人ならば、目撃されたところで突然命を狙われるようなことはないだろう。実際にボンテの言う魔人の友達とは、魔国の海で流されていたところを助けた事で知り合ったという。

 そして、エミルならばほぼ完全に姿を隠しての行動が可能だ。

そこで今回は、ボンテとエミルの2人が魔国へと乗り込むことになったのだ。


 

(エミル)

「ボンちゃんは、その魔人の子がどこに住んでるか知ってるの?」


(ボンテ)

「うん!知ってるよ~。ヨドちゃんのおうちでね、お魚いっぱい食べたよ!」


(エミル)

「ヨドちゃん?魔人の子のお名前?」


(ボンテ)

「うん!ヨドちゃんのお母さんがね、お魚焼いたり、お団子のお汁にしたりしてくれたんだけどね、すっごく美味しいんだよ!」


(エミル)

「ヨドちゃんは大丈夫だったのね?」


(ボンテ)

「うん!今も元気に貝を火を上でグツグツってして、ハフハフってして……クイッてお汁飲むとね、美味しい海の味なんだよ!」


(エミル)

「……う…うん…。途中で主語の人物が変わってたけど、ボンちゃんは、食いしん坊さんなんだね」



 ボンテは、魔国の小さな浜に滑り込むように上陸した。同時にエミルは姿を隠して、2人はヨドの家へ向かった。


トントン、トントン。


(ボンテ)

「よ~ど~ちゃん!」


 ボンテが戸を叩いて呼び掛けた。

中から、何か声と物音がした後、慌てたような足音を立てて女の子が飛び出してきた。


(ヨド)

「ボンちゃ~ん!!」


(ボンテ)

「ヨドちゃん!ボンね、遊びに来たよ!」


(ヨド)

「うんうん!嬉しい!」


 中に案内されると、お母さんらしき人も笑顔でボンテを迎えた。

一通り再開を喜んだところで、エミルが姿を隠したまま話し掛けた。


(エミル)

「すいません、どうか驚かないで下さい」


 そう言われても、驚くなという方が無理である。


(ボンテ)

「大丈夫だよ、エミルだよ」


(エミル)

「はい、私はエミルと申します。冒険者で、ボンテと同じギルドの者です。」


 ヨド親子は、ぽかんとした面持ちのまま、こくりと頷いたが、まだまだ理解にも納得にも程遠く、説明が足りていない。


(エミル)

「この後、姿をお見せしますが、その、私は人間でして、魔国の方には馴染みがない上、あまり良いイメージがないかと思うのですが、どうか驚かないで頂きたい」


(ボンテ)

「エミルはね!とっても優しいんだよ!ボンのこといっぱい可愛い可愛いしてご飯くれるの!」


 親子はまだ状況把握に手間取っている。


(エミル)

「驚かしてごめんなさい。お話をさせて頂きたいだけで、敵対するような意思は一切ありません。ボンテが魔人のお友達がいるというので、紹介をお願いしたんです」


 親子は、状況を飲み込めないながらも、一応は理解したのか、姿のないエミルに椅子を勧めた。



 姿を現したエミルは、インベントリからたくさんの手土産を取り出して渡した。

 そして、ゆっくりと他愛のない話で時間をかけて、緊張をほぐしてもらうことに努めた。

それが功を奏したか、エミルが姿を現してから1時間もすると、すっかり場は和みつつあった。


(エミル)

「以前、ヨドちゃんは海でボンテに助けられたと聞きましたが、お怪我なんかは?」


(ヨド)

「怪我もして、もう駄目かと諦めてたんだけど、ボンちゃんが来てやっつけてくれたから」


(エミル)

「やっつけて?」


(ヨド)

「うん、オオブカの群に襲われてたんだけど、あっという間にやっつけちゃったの」


 ヨドが左手をテーブルの上に出した。ヨドの左手は、肘から先、数センチばかしを残してなくなっていた。


(ボンテ)

「ボンね、お爺ちゃんから聞いてたからね、ヨドちゃんを浜に連れてって、お手々が黒くなって取れちゃわないように、なくなったお手々の痛いとこをエイってして、薬海藻ペタペタして、おうちまで連れてったんだよ!」


(エミル)

「あの、抵抗があるかとは思いますが、もう2人、人間を呼んでも構わないでしょうか?私たちの仲間なんですが」


 場はほぼ和んでいたせいもあってか、「えぇ、構いませんが」

と許しが出た。


 エミルが、ジュマから渡されていた陣を壁に張ると、伝達スキルでパルパとジュマに知らせた。


 壁の陣が数回光り、剥がれながら朽ちた。そして、次の瞬間、パルパとジュマが転移魔法で姿を現した。


 驚く親子を横目に、エミルがパルパとジュマに話し掛け、ヨドの左腕を掴んで見せた。


(パルパ)

「古いな…」


(エミル)

「いける?」


(ジュマ)

「フルでブーストしてもなんともって感じか?」


(パルパ)

「ほとんど馴染んじゃってるみたいだし…でも、多分まだ間に合う」


 ジュマの周囲に無数の魔方陣が一斉に描かれ、パルパの中へと消えていく。パルパの足元から魔方陣が次々に形成されては、頭上へと上り光の雫となってパルパへと滴る。

 そして、パルパの手を眩しすぎるが故の闇の如く輝き、それが掴んだヨドの腕へと移された。


 眩い輝きは数分間続き、その間にも、ジュマとパルパ各々が休むことなく展開し続ける無数の魔方陣から、続々とヨドの輝いた腕へと光が飛び続けた。



(エミル)

「普段はふざけてばっかりだけど、流石だよ。私はこいつら以上の術師は見たことないよ。馬鹿でスケベでほんとかっこいい奴らだわ」


 そう言うエミルの目には涙が浮かべられ、その瞳は握ったヨドの腕を見詰めていた。

床に倒れたパルパとジュマは眠っていた。

ヨドは泣いていた。母親も泣いていた。

ただ、ボンテは食べていた。


 この日、魔人ヨド親子は、理不尽の面々に対して絶対的な信頼を持った。そして、この一件によって、魔国の情報への足掛かりが形成された。

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