無表情だけど言葉が素直すぎる系Sっ気×ツンデレ気味な兄貴肌(?)の同級生ラブ
宇部 松清
1、オカン系男子、無表情男子に狙われる
1-1 鷲尾観月視点
「オカン、モニコ(モーニングコール)助かったわ、サンキュー!」
「間に合って良かったな。次は自力で起きれ」
「あっ、オカン君。甘さ控えめブラウニーのレシピありがとう! 見て! 初めて成功したの!」
「おー、上出来上出来」
「いたいたオカン! なぁ、このシミって落とせるか?! 借り物のシャツに思いっきりコーヒーこぼしちまってさ」
「水洗い可能なやつなら大丈夫だ」
オカン、というのは、俺のあだ名だ。
本名は『
鷲尾の『尾』と観月の『観』の字から、『オカン』。ただ単にそう読めるから、というだけではなく、生来の世話焼きな性格との合わせ技によって誕生したやつである。昔からよく言われてはいたのだ、『オカン属性』がある、と。何だよ、属性って。そう思ったが、ぶっちゃけ身に覚えはありまくる。
まぁ別に特に苦でもないので、俺の起床時間と同じで良いならモーニングコールくらいはしてやるし、狙ってる男に手作りスイーツを差し入れしたいって相談されりゃ、初心者でも出来そうな簡単スイーツのレシピくらい教えてやっても良い。シミ抜きだって、やり方くらいは教えてやる。それくらいはどってことない。
ただし、俺の生活のペースが乱れるようなめちゃくちゃ早い時間のモニコはしないし、一緒にそのスイーツを作りながら教えるだとか、そいつの代わりにシミ抜きしてやったり、なんてことまではしない。そこまでやったらマジでオカンだし。
そんなことを考えながら歩いていると、俺の目がある人物を捉えた。親友と言ったら良いのか、それとも腐れ縁ってやつなのか、とにかく、高校からの付き合いである『
スラリとした長身に、かなり整った顔立ち。それから――、
「ユキお前、まーた髪の毛直さないで来たのか!? さてはギリギリまで寝てたろ!」
最早現代アートにすら見える、何ともアーティスティックな寝癖。
「直してやるからちょっと屈め」
グイグイと肩を押して、無理やり屈ませる。高校で成長が止まって163しかない俺に対し、ユキは187だ。こいつ、高校の入学式の時は俺より小さかったくせに!
鞄の中から寝癖直し用のミストと櫛を取り出す。ミストをこれでもかと振りかけて、手でなじませてから丁寧に櫛で梳かす。それでも完全には直らない。しかし案ずるなかれ、ワックスもちゃんとある。少量を手に取り、薄く伸ばしてわしゃわしゃと揉み込み、捻ったり、流したりして、いい感じに整えるのだ。
「……まぁ、こんな感じだろうな」
ふぅ、と一仕事終え、充実感に浸る。こいつはちゃんとしてりゃかなりカッコいいのに、それをわかっていない。服だってその辺に脱ぎ捨てたやつを洗わずに着たり、賞味期限が切れたパンを食べたり、このように寝癖も直さずに来てしまうのである。おまけに無口で無表情なため、「何を考えてるかわからない」「何か怖い」と女子からの評判はあまりよろしくない。
ただ俺から言わせれば、ユキは確かに口数も少ないし表情も乏しいけど、案外素直だし、わかりやすい。
「ありがと」
ほら、ちゃんと礼だって言えるのだ。偉い偉い。
こいつとの出会いは忘れもしない、高校の入学式だ。
俺は、出席番号が隣の『
そして、開始時間ギリギリにのそのそとやって来たのが、『
それ以来、ユキは俺に懐くようになった。
もうちょっとでも愛想良くしてりゃ友達なんかいっぱい出来るだろうに、そんなのは俺一人いれば十分とか言って、俺にばかり引っ付いている。それがちょっと雛鳥のようで可愛くて、少々世話を焼きすぎたせいもあるかもしれないが、ユキは俺がいないとマジで死んでしまうんじゃないかとも思えるくらいに生活力がない。このままではせっかく入った大学なのに卒業出来るかも怪しい。
というわけで、たまたま志望校が同じ(ただし学部は別)で、アパートも運良く隣が空いていた、という縁で、高校卒業後も何かと世話を焼いている俺である。
学部が違うから授業が終わる時間はまちまちだ。ユキが早く終わる時は図書室で自習しながら俺を待つ。俺が早く終わる時は夕飯の買い出しを済ませ、さっさと帰宅して飯を作ってユキの帰りを待つのだ。何せ夕飯はいつも俺の部屋で食ってるからな。もちろん、その分の食費はユキの母ちゃんからもらってる。
「オカン君さ、吉鷹君に構うのやめなよ」
その日の昼休み、同じ学部の女子に言われた。
合コンのメンバーが足りないってことで声を掛けられ、飯の仕度があるからと断ったら、返ってきたのがその言葉だった。
「吉鷹君も迷惑だと思わない?」
「迷惑?」
いや、むしろ逆じゃね? 何から何まで世話を焼いてるのは俺だぞ?! 別に迷惑とは思ってないけどさ。
「普通さ、そういうのって、彼女の役目じゃん? せっかく吉鷹君、カッコいいのにさ、オカン君みたいなのがいたら入り込めないっていうか」
「成る程、そういうことか。あれだろ、ユキに合コン断られたんだろ。そんで俺の方から崩そうとしたわけだ」
俺に彼女が――まぁ彼女とまでいかなくても、好きな子が出来れば野郎の世話なんかしなくなるだろう、ってことだろ?
そう指摘すると、そいつは言葉を詰まらせた。けど、ズバリ言い当てられて悔しかったのだろう、ギッと目を吊り上げて来た。
「だ、だいたいね、男のくせに家事力高いとか、キモいんだって。何が『オカン』よ。皆から都合よく使われてるって気付いたら? そのお弁当も気合入りすぎでキモ――」
「カンちゃん」
敵意剥き出しのその声を遮るようにして現れたのは、その渦中の人物、ユキだ。こいつは昔から俺のことを『観月』の『観』の字を取って『カンちゃん』と呼ぶ。
昼だから飯を食いに来たのだろう。たったいま『キモい』とのお言葉を賜るところだったこの弁当を。
「おお、ユキ」
「何してんの」
「えっと……雑談、みたいな。な?」
「う、うん」
たぶんだけど、こいつはユキに気があるんだろうし、ここで、逆恨みされて絡まれてました、なんて馬鹿正直に話すこともない。
「その子も一緒に食うの?」
「いや、さすがにそこまでは」
「い、いい、あたしもう行くから」
そりゃあ「キモい」って言いかけた弁当は食えねぇわな。
鞄を背負い直してそそくさと去る後ろ姿に、そんなことを思う。
「ユキはさ、俺にあれこれ世話されんの迷惑だったりする?」
「急に何」
「いや、ちょっと思っただけ。いやほら、俺みたいな男じゃなくて、可愛い彼女に世話された方が良いのかな、とかさ」
何か女々しいなと思いつつ、俵おにぎりをほおばる。二口くらいで食べられるサイズのやつだ。鮭とおかかと梅の三種類ある。
「カンちゃんがいれば良いよ」
「いや、俺がいたってさ」
「カンちゃんがいれば良い」
「俺だって、いつまでお前のそばにいてやれるかわかんないし」
「駄目」
「は?」
「ずっと一緒にいて」
「ずっと? いや、それは――」
「駄目?」
「駄目じゃないけどさ。でもお前だってそのうち」
「そのうち? おれはずっとカンちゃんしか見てないよ」
「見てない、って? どういう――」
「そのままの意味」
今朝俺が髪を整えてやったから、360度どこから見ても抜群のイケメンだ。かつて『
「高校の入学式で会った時から、好き」
「はぁ? す、好きとか言われても、俺はまだ別にそんな気は」
「いま」
「うん?」
「いま、まだ、って言った。だったらこれから好きにさせるから、問題ない」
「え? お前、そういうこと言うやつだった?」
「言うやつになった、いま」
ぐいぐいと顔を近づけ、そんなことを言われたら、意識せざるを得ない。マジか。お前俺のことそんな好きだったのかよ。
ていうか、恥ずかしいんだけど!
顔も近いし! こんなの確実にキスの距離だし!
「こ、校内! ここ! 人もいっぱいいるし! あんま近付くな! 馬鹿!」
離れろ! と肩を押すと、ユキは抵抗することもなく、あっさりと身体を離した。そして、何事もなかったかのように、シソとチーズ入りの玉子焼きに箸を伸ばす。これはユキの好物だ。俺もユキも玉子焼きは甘いのよりしょっぱい方が好きだ。
「人がいないところなら良いんだ。そんじゃ今日も部屋に寄るからよろしく」
「よ、よろしくって何が!」
「え? 飯だけど?」
さらりと言って、にや、と笑う。普段は無表情のユキだが、稀にこうして悪い笑みを浮かべることはある。
「さすがにすぐどうこうしないって。なんか変なこと想像した? カンちゃんのえっち」
「は、はぁぁぁぁ?! 別に! 何にも考えてねぇし! 俺、次授業だからもう行くわ! 残りは食っとけ!」
じゃあな、と慌ただしく立ち上がり、鞄を引っ掴んでその場を去る。
そうだよな、さすがに何もしないよな。俺、返事もしてないしな。
高校の授業中、確か国語教師が「鷹と鷲の違いは何だかわかるか」と雑談をしていたのを思い出す。身体の大きい方が鷲だと誰かが答えた。高瀬だったかな。あいつ生物得意だったし。あの頃は
「自然界なら、鷲が鷹に負けるわけがないんだ。負けるな、俺」
そう言い聞かせて、空を見上げた。
言い聞かせてる時点で、負け戦のような気もするけど。
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