第5話
慎からの勧めを断る間もなく、遥はその場に控えていたメイド達によってあれよと言う間に検査着に着替えさせられた。
優斗が全く動じず、何なら他のメイドから紅茶のおかわりまで貰って黙々とマカロンを頬張っているのを見て、遥は、そんなところもさまになっていると呑気に考えてしまった。
実際、優斗が異論を述べないのは、彼女にも思うところがあるという事だろう。
そんな優斗を置いて、遥は慎に連れられ応接間の外に出た。
検査室へ行くらしく、足取りに迷いがない慎を追うように歩いていく。
慎は歩きながら、遥に、心底申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「本当に突然ですまない。だが、どうしても確認しておきたいことがあるんだ」
慎の申し訳なさそうにする姿に対しても、流石兄妹、と遥は思う。
優斗のそういった表情をあまり見たことはないが、美男美女というのはどんな顔をさせても似合ってしまうものだ。
「とんでもない。こちらこそ、お手を煩わせてしまいましたね」
遥が、やはりキラキラと輝かんばかりの笑顔で答える。
「うっ、まぶしっ…きみ、本当になんというか…女性に対して言うのはあれかと思うが、王子様みたいだな…」
「最高の褒め言葉ですよ」
笑顔を振りまく遥に、慎は呆気にとられてばかりだった。
「きみを保護下に置くからある程度──」
「保護ではなく協力者です」
遥が大人しく保護されるわけないのだ。
「…はぁ。ここは国が所有する、贈り物に関する研究や取り締まりを行っている、国家贈り
「取り締まり?」
「ああ。贈り物を使った犯罪は、なにも、組織的なものだけではないんだ。例えばちょっとした万引きとか、他者の人権を脅かしかねないものとか、個人の感情で起こり得るものもあるんだよ」
遥は納得した様に頷いた。
贈り物を持っていない人間でも道を踏み外せばやらかしそうな犯罪だが、贈り物を持っている者とそうでない者とでは、その巧妙さが格段に違う。
「それらを取り締まる、贈り物持ちを専門にした警察機関と、研究所が一体化しているんだ」
「大規模ですね」
「ああ。なにせほとんど国家機密に相当するからね」
なかなかハードな内容ではないのか、と思いながらも、自分のために、好感度ゼロと言えど斎藤が巻き込まれたともなれば、放っておくことは出来ない。
それは遥のちょっとしたプライドなのだが、そのおかげで今、落ち着いて話を聞いていられるというものだった。
暫く歩くと、周囲の人たちの姿はスーツからドクターコートへと変わっていった。
どうやら研究部門の人たちの様だったが、すれ違う慎に次々と会釈をしていく。
慎は制服姿で、特にスタッフ証の入ったネックホルダーをぶら下げていないのだが、まるで誰もが慎の顔を知っている様だった。
「みんな、先輩の顔を知ってるんですね」
「ああ。俺はここの一員だからね。言っただろう?」
「それにしたってカオ広すぎやしませんか?自分がいる部門ならまだしも、明らかに部門が違いますよね」
美男美女というのは、やはりそれだけで有名になるというものなのだろうか。
そう考えたあとに、遥はまじまじと慎を見あげる。
うん、顔がいい、眼福だ。
慎が視線に気付いたのか、微かに顔を赤くして遥へと顔を向ける。
「な、なんだい?ジロジロ見て」
「いやぁ、眼福の極みだなと思って」
遥は慎が照れている事に、もちろん気付いている。
気付いているが、笑顔でさらりと返す。
これが検査着ではなければさまになっていたが、悲しいかな、遥の今の格好は検査着だ。
だが、遥はそんなことに構いやしなかった。
「よしてくれ…慣れてないんだ」
「愛でたいものを愛でて何が悪いんです?」
遥の笑顔は、それはもう清々しいものだった。
暫く歩くと、先程の応接間同様、『検査室』と書かれた扉の前につく。
やはり自動ドアの隣にはセキュリティリーダーが設けられ、セキュリティーカードがないと開かない様になっている。
当然中を見ることも出来ない。
慎がポケットからストラップを出し、先ほどと同じようにセキュリティリーダーにタッチする。
「そういえば、予約とかしてないですよね?検査できるんですか?」
「ああ、そこは問題ないよ。安心してくれ」
自動ドアの向こう側には、ドクターコートを着た何人もの人が忙しなく動いていた。
パソコンのモニターが置かれたデスクの前で、ああでもない、こうでもないと口にしてる数人のグループや、書類を抱えて移動する人、遥には使用目的がわからない機械の前で顎に手を当て考え込んでいる人。
かなり広い空間で、恐らく遥が認識しているよりも更に多くのスタッフが働いているだろう規模だった。
「きみ、ちょっと良いかな」
慎が遠慮なしに、近場にいたドクターコートの女性に声をかけた。
声をかけられた女性は嫌な顔一つせず、寧ろ、慎を見て深く頭を下げた。
「彼女の検査をしたいんだ」
「畏まりました」
鶴の一声ならぬ慎の一声で、スタッフが動き出す。
そばで聞いていた数人のスタッフが同時に準備に取り掛かった。
遥はその様子を見ると、目を丸くした。
予約どころか事前連絡すらしていない様だった。
慎一人の言葉で、何人ものスタッフが同時に動きだすとは、ただ美男美女の兄妹だからという理由で、ちょっと顔が知られているなんてレベルの話からはだいぶ遠い気がしてならない。
広い応接間には多数のメイドや執事、迎えのリムジン、リムジンで初老の執事がしていた『お嬢様』『お坊ちゃま』という呼び方。
「う~ん、美男美女の兄妹、ただモノじゃないって事か」
遥は口元を引きつらせ、呟いた。
慎の耳にそれが届いたのか、「だからその呼び方はやめてくれ!」と顔を赤くして言う。
「準備が整いました。こちらへどうぞ」
慎が声をかけた女性のほか、機械の前で顎に手を当てていたスタッフも、パソコンの画面を見ながらああでもない、こうでもないとディスカッションしていた複数人のスタッフも、慎と遥に視線を向ける。
いつでも準備万端といった具合で、遥は言われるままに検査を受けることになった。
血液検査から始まり、MRIの様な機械で身体内部の検査、唾液による遺伝子検査…
複数の検査が終わった頃には、すっかり夜の七時を回っていた。
検査の結果が出るまでには数日かかるようで、遥はリムジンに乗せられて家に送ってもらったのだった。
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