私、最前線へ行きたいです
日を改めて、カリレア卿とまた会談の席を設けることになりました。
医療所で聖女の力を使った後、お祭り騒ぎになった中でカリレア卿は私と何かを話したかったようですが、どうやら私の不調は隠しきれなかったようでカリレア卿に休息を勧められたのです。
実際私の滞在する部屋に案内されて速攻でベッドに倒れこんだのでかなり助かるお話でした。
カリレア卿、気遣いのできるイイ男という人なのかもしれません。
しかし聖女の力というのは不思議なものです。
使うたびに魔力が無くなるのとも、 体力を使うのとも違う
魂をけずっているとかそういう危険な感覚ではないのですが、精神力と言いますか、心の力と言いますか……。そんな感じのものが使われているように思います。
とはいえ現時点ではその正体を掴みようがないので考えても仕方のないことです。大きな術を使うとより疲れる、それくらいの認識でいましょう。
「率直に伺います。王女殿下は何を目指されているのでしょうか」
カリレア卿との再びの会談にて、開口一番にそう聞かれました。心なしかカリレア卿の顔は険しく、私に対して何か警戒しているように見えます。
これはどうにも……ひょっとしてやりすぎてしまったのでしょうか。
「何、というのは」
「先日の兵士を癒された時のことです。多少怪我の重い者を治すだけかと思っていたのですが、全員完治までさせてしまうとは」
ああ、やはりそういうことのようです。これが俗にいう、『私また何かやっちゃいました?』現象でしょうか。
私はカリレア卿の想像以上に怪我人を治してしまったそうです。
「おかげで兵士の間ではあなたの話で持ち切りです。ですがあなたはこれまで公の場で目立つことを好まれていなかったはずです。それをなぜ急にこんなことを……」
なるほど。今まで魔王の娘として目立ちたがらなかった私が、急に積極的に動き始めたことを訝しんでおられるようですね。
見ればカリレア卿の眉根は深く谷を作っており、真剣に問われているようだと察しました。
「力を手に入れたからです」
「聖女の力ですか。では何のためにあんなことを?」
「それが将来私の身を救うと信じるからです。私は敵が多いにもかかわらず非力な身。これまではただの小娘でしたから、ただそれに怯えることしかできませんでした。けれど今は力がこの手にあり、抗うことができます。この力で敵より味方を多く作れれば、それは私の身を守ることになるでしょう」
さて、これで納得いただけ……てはいないようですね。両手を組み合わせ、眉根は寄ったまま。どこまでを言ってしまっていいものか悩みます。
「なるほどその理屈は理解できないでもありません。ですが納得はしかねます」
「それはなぜ?」
「恩を売り、味方を作るのであれば我々オークよりも序列の高い種族に対して行った方が戦力として遥かに頼りになるでしょう。我々は魔族の中ではあなたの言う非力な部類です。今回我々に施しを与えたことで、我々を見下す種族からはむしろ疎まれてもおかしくない」
うぐっ、容赦なく正論の刃が刺さってきます。
確かによくよく考えてみればカリレア卿の仰る通りで、強さ至上主義の魔族の中でより弱い者に手を差し伸べるのはその主義に真っ向から喧嘩を売るようなものですね。
私は魔族が持つ強さへの信仰を甘く見ている部分があったのかもしれません。
「確かに今回は慰問という形でいらっしゃったわけですが、あなたの利益を思えばここまで我々に肩入れする必要もなかったはずです」
じっとカリレア卿の目は私を見定めています。軍人の眼圧に思わず縮こまってしまいそうです。
「そのぉ……」
「……」
「め、目の前であんな大けがしてる人を見逃せなくて、治れーと力を使ったら気付いた時には全員治ってました……」
あまりに情けない話ではありますが、一気に全員を治すつもりはなかったのです。聖女の力に慣れるために重傷の人から順番に治すつもりだったのですが……。
ぐっと思いを込めたらぱーっと皆さん治っておられたんですよね。いやー、世の中何が起きるか分かったものではないですね。
「……つまり、事故だったと?」
「まあ言ってしまえばそうなのですが、皆さんを味方につけたいのも、怪我した方を治したいと思っているのも事実です」
そう言うと、カリレア卿はこめかみをつまんでぐにぐにとほぐし始めました。
実際のところ、オークの方々を味方につけておくのはカリレア卿が仰るほど悪いことではないと思うのです。オークは魔族の経済や食料を握る重要な種族です。個の力こそ他の種族に劣れど、種族全体で見た時の力は他に劣るものではありません。
それ故にむん、と胸を張って私の行いを誇ることができます。後悔も反省もありません。
今カリレア卿は必死に計算を巡らせているのでしょう。思わぬ力を手にした私がここから魔族の政治をどのように左右するのか、オークが後ろ盾に着くことで利益を得られるのか。
ですからあと一押ししてみましょう。
「今、この領では大規模な魔物の狂暴化が起きているのですよね?」
医療所の前の廊下にまで怪我人が並んでいた理由、それはそもそもオーク領の一部地域で魔物の狂暴化が起きているからです。私がオクスノで怪我人を治すだけではその問題を解決するには至りません。
では、問題解決に向けて私にできることとは?
「ええ、
「では私をクスラへ連れて行ってください」
その瞬間カリレア卿はすっと目を細めました。
「正気ですか?」
「ええ、正気です」
「あなたはまだ五歳の子どもに過ぎないでしょう」
とても無茶なことを言っているのは承知の上です。魔王の娘という重要な立場にいる五歳の小娘を最前線へと連れていくなど、何かあれば責任問題待ったなしです。
けれど重傷を負った方が廊下に並べられたあの光景、その時に抱いた感情。胸が苦しくなるほどのそれに対して、ただ治したから終わりでは目を逸らすのと変わりはないでしょう。
このまま帰れば、きっとまた多くの方が傷つきます。私の平穏の陰で血と涙が流れて、癒えない傷痕が残ってしまう。それに対して見て見ぬふりをできるほど強い心は持っていません。
「私が救える命を見捨てたくはありません」
「聖女の力を過信しすぎではありませんか?」
「……そうかもしれません」
確かにこの力を私は信頼しすぎているのかもしれません。急に与えられた力を扱いきれずに振り回されている所はあります。
ですが勇者の襲来で死を目前にして、そしてこの力を手にして私の価値観は変わりました。
恐れて隠れているだけではいずれ死が向こうからやってきます。力がなければそれを言い訳にもできますが、今はこの力がある。ならばこの力で恐れていた死に抗うしかないでしょう。
「しかし私は王女としてクスラの魔物討伐を為すべきだと信じます」
それが時にこちらから死の影に近寄る行為であったとしても。
そしてお父様も、目の前で救える命も死なせません。これは私のエゴです。
全てをやり通すのはとても難しいのでしょうが、恐怖に震えて生きるよりきっと何倍もいいです。
じっと私を見つめるカリレア卿に対し、まっすぐ目を合わせます。数秒の根競べ。やがてカリレア卿はふっと息を吐きました。
「王女殿下の仰せのままに」
こうして私が最前線に出陣することが決まりました。
護衛の方々にこのことを伝えると、命に代えても守って見せます! とサムズアップを取っておられたのがとても頼もしいです。
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