神様、私はこの状況から生きられますか?


「ソーニャ、この女の子が聖女様というのは本当なのかい!?」

「……おそらくそうです。今の光には見覚えがあります。リリィ様が聖女の力を行使された時と同じでした」

「当代の聖女に選ばれた女の子が魔王城にいる。これはつまり、聖女の力を魔族に奪われたということだ。アレフ、この少女はここで殺しておくべきだ」

「シグ!さっきからくどいぞ!俺たちが魔王を倒してこの子を連れて帰る!それでいいじゃないか」

「本当にできると思っているのか?今の魔王は多くの勇者を返り討ちにしてきた強者だ。子守をしながら勝てる相手ではないし、万一俺たちが負けても聖女を人間側で再度女神に選んでもらうために殺しておくべきだろう」

「それは……っ」


 適当なお祈りをしてすぐ、私の祈りが通じたのか先ほどから目の前で勇者一党の方々が言い合いを繰り広げております。


 その内容は私を殺すかどうか。


 聖女というのは魔王が世界に存在する間、必ず一人は存在するものだそうです。


 女神の寵愛を受けており、奇跡のような癒しの力を持つのだとか。


 眼鏡の方が仰っているのは仮に私が聖女であれば、殺すことで新しい聖女が生まれるということなのでしょう。


 いえ、そういう会話はどうか本人がいないところでしていただけると嬉しいのですが。


 ついでに私をどうか見逃してもらえたりは……しなさそうですね。


 恐る恐る目を開けてみれば、眼鏡をかけた魔法使いの方が今にも殺してやろうと言わんばかりに睨みつけてきています。


 なんとなれば視線だけで射抜かれそうです。


 今私が置かれているのが少女漫画であればきっとハートにズッキュンと恋でも始まるのでしょうが、残念なことに現状はホラー映画張りに血みどろスプラッタです。


 ハートにズッキュンとなろうものなら愛情ではなく鮮血が噴き出すことでしょう。

 

 逃れられないなら立ち向かうのはどうか。


 いい考えですね。逃げるより立ち向かう方がいいと昔から偉い人が良く言っています。


 しかしそれは立ち向かって何とかなる見込みがあるときに限ります。


 私は残念なことに魔王の娘というとんでもなく強そうな肩書を持ちながら、見た目相応の強さしかありません。


 由緒ある家計の魔族の子どもというのは、幼いながらもそこらの魔物とは一線を画す力を持つそうですが、私はどうやら例外のようで。


 ともすれば同い年の人間の女の子にすら負けるほどひ弱です。


 今このこぶしをぐっと握りしめて勇者さんをえいやとでも殴りつけようものなら、殴った私の骨がぺきょりと折れるでしょう。


 それはもう枯れ枝を踏み折るように容易く折れます。


 では眼鏡の方が使っているように魔法を使えばどうか。


 なんと魔法の才能も全くありません。私の魔法で出せる最大威力は葉野菜を切断できる程度です。


 ちなみにこの世界は生きとし生けるものすべてが魔法を使うのに必要な魔力を体に持っており、ある程度魔法への耐性も有するため仮に眼鏡の方に魔法を撃ってもかすり傷一つつかないでしょう。


 つまり抵抗の余地なし、命が保証されるのであれば喜んで降伏するところです。


 まあ出自を考えれば降伏するとむしろ暗殺の危険性が高まりそうな気がするのでしません。


 他に何かないかな、と周りを見てみれば私を守ってくださっていた護衛と侍女の方の傷がすっかり治っているのが目に入りました。


 先ほど宙を舞っていた首は何事もなかったかのように胴体と繋がっており、侍女の方が負っておられた傷は服がすっぱり裂けてきれいな肌が覗いているだけです。


 これ、ひょっとして私のお祈りでこうなったのでしょうか?僧侶のお姉さんが私たちを治すことはしないでしょうし。


 確かに斬られた人の首が繋がれば聖女の奇跡というものにも当てはまるのかもしれません。


 世の中の治癒魔法というのはどれほど熟練した使い手でも重傷までしか治せず、四肢の欠損などは治せないそうです。死者の蘇生などいうまでもないでしょう。


 僧侶のお姉さんがまじまじと目を見開いて私を見つめています。信じられないものを見たとでも言わんばかりです。


 本当に私が聖女なんでしょうか。隠された真の力とかいうやつでしょうか。


 そんなの知らないのですが……。


 とはいえ、現状はこれに賭けるしかないでしょう。


 私が聖女であると認めさせて、一番優しそうな僧侶のお姉さんに味方に付いてもらう。


 それでほかの二人にもなんとか諦めてもらえれば、この場を切り抜けられそうな気がします。


「僧侶のお姉さん」

「私ですか?」

「お姉さんは、お母様のことを知っていらっしゃるのですか?」

「……あなたのお母様というのは、リリア様のことでしょうか」

「はい。私と同じ銀色の髪を持つ、優しそうな女性です。肖像画でしか、会ったことはありませんが」

「それって……」


 私はお姉さんの言葉に目を伏せて応えます。


 本当に母は肖像画で見たことがあるだけで、生死を知っているわけではありません。


 おそらくもう既にこの世にはいないのでしょうけれど、確信はありません。


 ただ物心ついた時にはもう、母はこの城にはいませんでした。


 それはどうしようもなく寂しいことでした。


 一度でもいいから会ってみたい、知りたいという気持ちは、二度目の生であってもなくなるはずがないのです。


 そんな私を見て徐々に僧侶のお姉さんの気持ちがこちらに傾いてきたように思えます。


 このまま行けば……と淡い希望を抱きました。


 しかしそれは、眼鏡の方に容赦なく遮られます。


「ソーニャ、話を聞くな」

「ですがシグさん、リリア様は確かに!」

「仮にそれが本当でも、だ」


 眼鏡の方がぎろりと私を鋭く睨みつけます。


 その目は先ほどよりも強く、一瞬体が強張りました。



 問いかけながらも、確信を持った口調でした。


 はっと、僧侶のお姉さんも勇者の方も何かに気付いてしまったようです。


「先代の勇者一党の中に金の瞳を持ったものなどいない。勇者一党が旅の中で産んだ子どもなら、この城にいるはずもない」


 緩やかに私に向けられる杖は、私への死刑宣告のようです。


「答えろ。誰の娘だ」


 沈黙。


 二人も私の答えを待っているようです。


 眼鏡の方はほぼ確信を持っているのでしょう。言い逃れなど許してもらえそうにありません。


 一瞬が、酷く長く感じられました。ぐるぐると回る頭の中で、いろんな思いが交錯します。


 死にたくない。お父様、お母様、ごめんなさい。なんでこんなことに。誰か助けて。


 思うそばから余計な感情がそぎ落とされて行って、最後にたった一つ残った想い。


 それは決意。死ぬとしても今の私として誇らしくという決意でした。


 瞑目し、息を深く吸います。


「いかにも」


 例え殺されようとも構いません。


 後悔だけはしたくないのです。


「私は聖女リリアと魔王ガリアの娘、ステラ・ノルト・フェイルトです」


 その瞬間、杖の先に炎が渦巻くのが見えました。


 勇者の方と僧侶のお姉さんは、私の言葉に驚愕しているようです。


 誰の助けも間に合わないでしょう。


 きっと私は死にます。ですが不思議と満足感に満たされていました。


 それがどうしてなのか、理解する時間はなさそうです。


 粛々と目の前にある最後を受け入れようと、目を閉じました。


 そして、爆音が響きます。


 熱も痛みもありませんでした。


 肉の焦げる嫌なにおいが、強烈に嗅覚を刺激します。


 それは私が生きていることの何よりの証明でした。


 ただ目を開いた私の目の前にあったのは、いつも私を撫でてくれる大きな手。


「よくぞ言った。ステラよ」


 温かい父の言葉が、聞こえました。

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