海上旅情編

26.船上の再会

「ワーォ! 船ー!」

「すごいねすごいね! 大っきいー!」

「この船に乗れるんですか! すごいですー!」


 港に停泊する大きなガレオン船を見上げ、私たちは今まさに始まろうとする船旅に心を躍らせた。


「この船がパステリッツ商会所有の?」

「ええ。祖国ドラグーン王国と、富と商業の神ヘルメスの名をもじり、ドラグ・ヘルメース号と名付けました」

「洒落た名前じゃ。気に入ったぞ人の子」

「お褒めに預かり光栄です、ブラッドメアリー様」

「いいんですよアンドレアさん。こんなのに頭下げなくても」

「こんなのとはなんじゃ! 敬わんかバカ弟子このー!」


 黙ってろのじゃロリ。


「船旅なんて初めて。大きな船だし大丈夫だと思うけど、一応酔い止めは作っておいたわよ」

「サンキュー。ていうかドロシーも初めてなんだ」

「小舟くらいはあるけどね」

「なんじゃそなたら、船に乗ったことがないのか。仕方あるまい。わらわが船の何たるかを教えてやろうではないか」

「教えてテルナせんせー!」

「教えてくださいせんせー!」

「うむうむ。良きに計らえなのじゃ」

「悉くイキるじゃん」


 さて、そろそろ出港だ。

 

「見送りありがとう、シースミスさん。身体に気を付けて」

「小娘が心配なんて百年早いよ。ま、元気でやんなリコリス」

「お、初めて名前呼んだ。デレ期じゃん、ニシシ」


 挨拶交じりに、シースミスさんは杖で私のおでこをコツンと叩いた。


「じゃあね」

「うん、またね」

「ジャンヌー! こっちこっち! 船の上って広いよ!」

「本当だ! すごいねマリア!」

「ねえねえアンドレアさん、船の中探検してもいい?」

「ええ、構いませんよ」

「やった! 行こうジャンヌ! わっ!」


 マリアとジャンヌがはしゃいでいると、一人の女性にぶつかった。


「ゴ、ゴメンなさい!」

「大丈夫ですよ」


 縁の広い帽子と真っ白なワンピースを着た女の人は、マリアの頭に手を置くと穏やかに笑った。


「元気で何よりです」


 特に言及されることもなく、そのまま女の人は船に乗っていった。

 なんというか不思議な雰囲気の人だ。


「どうかしたマリア?」

「うん……。あの人、どこかで……気のせいかな」


 船に荷物を積み込む作業が終了して、私たちも船に乗り込んだ。

 おほぉ、なんか船出ってワクワクすんなぁ。


「てか、なんで貴様も乗っとるんだ。えっと……スケルトンの進化系の……」

大熊の顎グリズリーファングのジョーだ! おれらも護衛依頼受けてんだよ。話聞いてねえのか」


 海が楽しみすぎてねぇ。

 どおりで人が多いと思った。

 乗組員に冒険者に、一般人っぽい人たちもいるな。

 どうやら客船も兼ねているらしい。


「変に絡んで来たら海の藻屑にしてやるからな」

「あれだけ痛い目見てお前らに手出そうとするバカはうちにはいねえよ。まあ、取り立てて危険はねぇ依頼だ。お互い船旅を楽しもうぜ」

「言われなくても楽しみまくるわ」

「皆さん、そろそろ船を出します。長旅になりますが一つよろしくお願いします」

「うぃーっす」


 アンドレアさんの号令に野太い声が上がる。

 碇が上がり、頬が風を受けてパンと広がると、ゆっくりと船が動き出した。


「っしゃー! テンション上がってきた! 行くぞ野郎どもー! 出港だァーーーーーーーー!!」


 未来の海賊王みたいに全身で風を受けて。

 私たちは青い海原へと旅立った。




「ギボチ悪いのじゃあぁ…」

「三半規管が赤ちゃん」


 船出十分で酔うなよ師匠せんせい

 船の何たるかを教えてやろうとか言ってたの誰だよ。


「せんせー大丈夫ー?」

「お部屋で休みますか?」

「うぶ…」


 師匠せんせいはマリアとジャンヌに連れられて客室へ。

 ただの船酔いだし、ドロシーの薬も飲んだっぽいから、しばらくしたらケロッと戻ってくるだろ。


「テルナってスキルは何でも作れるし使えるんでしょ?なら酔い止めのスキルとかありそうなものだけど」

「いや、あの人はスキルを使えるだけで、基本的にほとんど使ってないよ」

「そうなんですか?」

「本人曰く、スキルだけに頼れば肉体と精神が劣化するとかで。状態異常耐性系のスキルも弱めてるし、スキルを使わなきゃ見た目どおりの体力だから」


 私もよくわからないけど、その辺は不老不死なりの美学とか、矜持みたいなものなんだろう。


「意地っ張りで見栄っ張りで、そんなとこが可愛くて。だから私も師匠せんせいと弟子の関係を気に入ってるのかもしれない」

「いいコンビだと思いますよ」

「確かに。可愛いじゃない。師匠せんせい思いの弟子なんて」

「はい?!」


 何言ってんじゃこやつは。


「あんたたまに変な喋り方するじゃない。それってテルナの影響だったのね」

「真似したがる年頃ですからね、6歳なんて」

「ちゃーうーわ! そんなんじゃないし! なんかいい話風にすんのやめろやー!」

「リコ、可愛いですよ」

「可愛いわよ」

「うっせぇー! 海見ながら両手に花で語らいでやろーと思ったけど知らん! 二人で優雅な旅を楽しむがいいわバーカ! ふーんっだ! とびきりいい女にナンパされてもしらないからなー!」

「どうせヘタレて何も出来ないから心配しないわよ」

「バカにしやがってー!」


 絶対ナンパされてやる! 

 せいぜい日差しには注意して適度に水分補給することだな!




 って船尾の方まで来ちゃったけど、こっち人いねぇ…

 そもそも女の人も少ないし。


「静かに海を眺める分にはいいか…っと」


 ふと、その人に目が止まった。

 潮風に帽子が拐われないようにする様が絵になりすぎていたのかもしれない。

 帽子の縁から覗いた目が、私をドキッとさせる。

 マリアとぶつかった人か…さっきも思ったけどめっちゃ美人だなぁ。


「こんにちは」

「あ、どうも…」


 挨拶されたぁ嬉しい。

 こんな美人が一人で船旅とかミステリアスー。

 まじまじと見るのは失礼だけど、しっかし目が覚める美、人…


「ん…?」


 美人、だけど…


「んん……??」

「そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」

「……一度見た美人は忘れない性分だと思ってたけど、案外わからないもんだな」

「昼と夜では印象が違いますから。それに今は化粧もしていますし」

「いやシレッと答えんな。何しとんだ貴様こんなところで」

「潮風に当たっているだけですが?」

「じゃなくて、なんで堂々と船に乗って旅行してんだって訊いてるんですけど。シャーリーさんよぉ」

「クスクス。おかしな人ですね。暗殺者が夜にしか活動せず、いつも真っ黒なローブで顔を隠しているとでも?」


 そっちのがだいぶおかしいだろ。

 シャルロット=リープ。闇に生きる暗殺者に、私は眉根を寄せてツッコんだ。


「それもそうか」


 けど、変に納得させられた。

 少し言いようの無い沈黙が流れた。

 ドロシーを狙って戦った相手なんだよなぁ。

 こうやって隣り合ってるだけでもおかしいことだってわかってるけど、敵意という敵意も感じなくて、私は近くの樽に腰を掛けた。


「立ちっぱなしは疲れるでしょ。座れば?」

「では、少しだけ」


 シャーリーは特に考えた様子は無く隣の樽に座った。

 警戒はしてないらしい。

 ちょっとの後ろめたさと好奇心を抱きつつ、私はしばらくシャーリーと言葉を交わした。


「飲む?」


 【アイテムボックス】から取り出した酒ビンを一本投げ渡して。




「んく、んく…プハッ。うんま」


 程よく冷えたシードルが喉を過ぎていく。


「で? 何してんの?」

「休暇で一人旅を、と言えばあなたは信じますか? リコリスさん」

「おもしろくはあるかな」


 笑うけど、まさかまたドロシーを狙ってんじゃないだろうな。


「ご心配なく。今回の標的はあのハーフエルフではありませんので」

「今回の、ね。てかやっぱ"仕事"か。景気が良さそうで何よりですな」

「どうも」


 皮肉のつもりだってんだよ。

 けどシャーリーは額面通りに受け取り柔和に笑った。

 上品で清楚な。シャーリーを知らなかったらどこぞの令嬢かと見蕩れてしまうくらい、その笑顔は自然だった。


「今回は邪魔をしないでくださいね、リコリスさん」

「知るか。そんなの時と場合によりけりだろって」


 ヒュッ

 投げた動作すら見えない速度で投げられたナイフを、指で挟んで止める。


「ヤる気なら相手になるよ?」

「ただの挨拶です。どうせ止められると思ったので。今回はあなたにも、あなたの仲間にも手を出すつもりはありません。大人しくしていただければ、知らずに事が終わっているだけです」

「一応聞いておくけど、アンドレアさんを狙ってるわけじゃないだろうな?」

「アンドレア…ああ、パステリッツの頭目ですか。あの方への依頼はありませんね。というより、誰も彼を殺害したいとは思わないでしょう」


 曰く、アンドレア=パステリッツといえばこの国の経済の中枢で、彼を殺害したとなれば、世界経済は大きく混乱するとシャーリーは言う。

 物流が止まり、市場は壊滅する。

 それまで潤っていた金の泉が涸れるようなもの。

 どういうことかというと、つまりはそうすることによって得られる実入りが少ないのだ。どの観点から見ても。

 誰からも恨まれない人格者で、金を生む天才。

 つくづくすごい人と知り合ったもんだ。


「じゃあ誰を狙ってる?」

「言うわけないじゃありませんか」

「ですよねー」


 物騒な話。

 だけど、なんだろう。

 妙に落ち着いてる。

 心地良ささえ覚え始めてる。


「シャーリーってさ、何歳なの?」

「今年…24…25…くらい、ではないでしょうか?」

「疑問形〜」

「暗殺者に歳は重要ではないので。もしかしたら三十路は超えているかもしれないし、あなたより歳下かもしれませんよ」

「【鑑定】!」

「クスクス、【鑑定阻害】」


 チクショー。

 ガードが硬いお姉さんなこって。


「ダメですよ。暗殺者の素性を詮索しては」

「暴きたくなるんだよ。特に気になる女は」


 すると、それまでにこやかだったシャーリーの表情が一瞬曇ったように見えた。


「やめておくのをオススメします。あなたに私はきっと理解出来ませんから。光の下でしか生きてこなかったあなたには」


 変わらない笑顔。

 けど、言葉に少し棘が生えたみたい。


「闇の中でしか生きることを知らない私のことなんて、絶対に理解出来ませんよ」


 そう言って、シャーリーはシードルを煽った。


「ほぅ……おいしいお酒ですね。スッキリと爽やかで好みです」

「うっおー色っぺー。私シャーリーの顔めっちゃ好きだわ。身も心も丸裸にしてやりたい」

「……あなたは本当におかしな人です。今しがた、関わるなと忠告したばかりなのに」

「そんなの私の自由でしょ。したいこともやりたくないことも、全部私が決めることだよ」

「後悔しますよ」

「させてみろよ。シャーリーのことを私は何も知らない。出身も、趣味も、殺した人の数も。けどシャーリーだって知らないだろ、私のこと。殺される痛み、死ぬときの恐怖も、何も」


 世間話のつもりだったけど、顔が強張ってたらしい。

 可愛いリコリスちゃんが台無しだ。

 船の揺れで酒の回りが早いのか、少しの沈黙の後でこんなことを言った。


「これは私の勘なんだけど、たぶん私たち仲良くなれるよ」


 って。

 そしたら。


「私が暗殺者でなかったら、そんな運命もあったかもしれませんね」


 と、酒ビンを空にして置き立ち上がった。


「ごちそうさまでした。少なくとも船の上にいる間は大人しくしています。波風立てないよう、お互い過度な干渉は控えましょう」

「夜這いに行こうか。一人は寂しいでしょ」

「女の寝床に不用意に忍び込む輩は殺されても文句は言えない。違いますか?」

「ニシシ、そりゃそうだ」

「いい旅を」


 去りゆく後ろ姿まで美しい。

 何をしようとしているのかはわからないけど、この旅もまた、ドタバタに騒がしくなりそうな予感がする。

 そんな私の予想は、すぐに当たることになった。


「魔物だ! 魔物が出たぞォーーーー!!」

 

 声が響く。

 まったく、いい気分のときに水を差すんだから。

 そっちに気を取られていると、もうシャーリーの姿は見えなくて。

 私はなくなく、冒険者としての仕事を果たす羽目になるのだった。

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