18.空に咲く愛の花
背景、故郷のお父さん、お母さん。
私は今、
「……………………」
「……………………」
約三時間、無言の圧力に耐えています。
「宿を探してるの? なら私が口を利いてあげるよ。なんなら私の屋敷に泊まってもいいけど。もちろんリコリスは私と一緒なベッドで」
と、一部丁重にお断りさせていただき、フィーナの紹介で宿を取れたのはよかったのに。
じつは私ことリコリス、ただ今二つの問題に直面しています。
まず、この状況。
アルティとドロシーが尋常じゃなく怒ってる件。
キスしてきたフィーナにじゃなく、それを無抵抗に受け入れた私が悪いって空気になってるんだからバツが悪い。
私一人床に正座させられるってなんだよ……
そしてもう一つの問題。
これはまあ、大したことじゃないといえばそうなんだけど、【百合の姫】が遺憾なく働いて、フィーナのスキルが私に共有されてしまったこと。
ステータスを確認したら、ミオさんのスキルまで使えるようになってるんだからついでにビックリ。
酔った勢いでヤッたか?!とちょっと焦ったけど、たぶん瓶に口を付けて回し飲みしたのが原因だろう。
間接キスでスキル共有とかなんかエッチだねぇウヘヘヘ。
「ゴホン!!」
「ひゃいすみません!!」
こんなんこの状況で言えるか……
怖いよぉ……
「リコ」
「はい……」
「私はあなたが誰とキスしようが、誰と寝ようが、それを咎めるつもりはありません」
「いや……現在進行系でブチ切れてる……」
「ですが!!」
「ぁひゃい!!」
「それと同じくらい……それ以上に、私のことを……構ってくれないと……嫌です」
心なしか、アルティの表情が曇った気がした。
いつもなら、そんなこと言われたらキュンキュンするとか、なんだよ可愛いなーとか、率直な感想で本音を誤魔化したと思う。
だけど……
「アルティ……」
居ても立っても居られなくなったのは同じだったんだろう。
アルティは立ち上がるなり、
「バカリコ」
短いながらに刺さる辛辣な悪態をついて、部屋から出て行ってしまった。
「はあ……」
ドロシーがため息をついて、呆れた顔をした。
「アタシはあんたたちとの付き合いはまだ浅いから、あんまり余計な口を挟むのもどうかと思ってたんだけど。お互い、案外言葉にしないものね。そんなんだから心に澱みが溜まるのよ」
「?」
「鈍感も時と場合によって罪になるってことよ。アタシにしてみれば今回のことは誰が悪いってわけでもない気がするけど、たまには我が身を振り返ってみるのもいいんじゃない? 良いきっかけになったと思って割り切ることね」
「置いてけぼりすぎるだろ……」
「ま、頑張りなさい」
ドロシーも出て行っちゃうし。
なんだよもぉ……って、悪いのは私だ。
「アルティのあんな顔……久しぶりに見た……」
魔物の群れに襲われたときも、学園に入学するためにお別れしたときも、あんな悲しそうな顔してた。
今回のことは同じくらい悲しかったってことだ。
「たしかに……バカリコだ……」
――――――――
公園の噴水を眺めながら、私はリコのことを考えた。
いつもの私らしくない。
わけがわからなくなった。
違う……わかってるから混乱した。
「アルティ」
追いかけてきたドロシーが隣に腰を降ろした。
「酷い顔してる」
「……わかってます」
「さっきのことは正直リコリスに腹が立ってるけど、普段ちゃんと言わないアルティもアルティよ。顔が良くて才能に溢れて、品性に欠けてるけどそれ以上に思いやりがあって魅力的で。あいつが否応なしにモテるのなんて、ずっとわかりきってるのに」
「はい。私もわかってます。……わかってるつもりでした」
リコはステキな
リコ以上に魅力的な者なんていない。
小さな頃からずっと。
彼女は私のヒーローで、そして……
「リコは一人の手には余る。だから、誰がリコを好きになろうとそれでいい。そう、ずっと決めていたはずなのに。それがいいって思ったはずなのに」
「迷った?」
私は小さく頷いた。
「あんたね、百年以上生きてるアタシでさえ、自分の心なんてわかんないのよ? たかが十年ちょっとしか生きてないあんたがわかってるはずないでしょ。人は思ってる以上に、心に嘘はつけないわ。本当はどうしたいのか言葉にしないと、伝わるものも伝わらない。素直になるのが一番よ。ただでさえ相手は鈍感なんだから」
「素直に……」
「自分の気持ちは伝えたいときに伝えたら? 少なくとも、アタシはそうさせてもらうわよ」
俯いていた顔を上げてハッとドロシーに向く。
「早い物勝ち、なんて言わないけど。アタシだって譲りたくないもの」
朗らかに笑って、私の頭に手を置いた。
優しく撫でられて、少し目頭が熱くなる。
「成人してても、アタシにしてみればまだまだ子どもなんだから。たくさん泣いて、怒って、自分の気持ち全部ぶつけてやりなさい。あいつはきっと受け入れてくれるから」
「……はい。ありがとうございます、ドロシー」
――――――――
宿で大人しくしていても気が滅入って街へ出たけど、今度は陽気に当てられて参りそう。
そんな折、街の教会を発見した。
お祈りしようと思ってたし、ちょうどいいやって中に入った。
「ようこそ旅のお方」
キレイなシスターさん。
いつもなら飛びつくくらいはするけど、さすがにやめた。
ほんの少しのお布施を渡して、神像の前で目を閉じ手を組む。
私の意識はすぐに空の上の世界へ飛んだ。
「リコリスちゃんっ♡ こんにちはー♡」
「久しぶりリベルタス。元気だった?って、神様が風邪とか病気になるわけないか」
「リコリスちゃんはなんだか元気無いね。お友だちとケンカしちゃったからかな」
神様はなんでもお見通し。
私は話し相手にと、リベルタスにあったことを喋った。
「人間っていつの時代も、どの世界でも複雑なのは変わらないんだね」
「さあ…自分たちから複雑にしてるだけなのかもしれないけど」
「んー。あ、そうだ!♡ リコリスちゃんからもどんどんチュッ♡てしちゃえばいいんだよ♡」
リベルタスは突拍子もない斜め上のアイデアを、さも名案のように言ってみせた。
「何をどうしたらそんな発想になんの……」
「ダメ? だって、リコリスちゃんはみんなみーんな好きになっちゃうでしょ? なら、自分からもーっと好きって気持ちを伝えたら、みんな嬉しいと思うんだけどなぁ。私だったら嬉しいし、幸せそうなリコリスちゃんを見てたらもーっと嬉しくなっちゃうよ♡ だからね」
途端、大人っぽい……神っぽい優しい微笑みを浮かべる。
「リコリスちゃんがやりたいようにするのが、一番いいと思うよ。何でも自由に。そのためにリコリスちゃんをこの世界に呼んだんだもん」
たぶん、リベルタス以外が言えばただの投げやりだったろう。
そう思わない、思わせないのは、やっぱり神様としての威厳だったのか。
私は、そっかと呟いた。
なんとなくだけどわかった気がする。
「ありがとうリベルタス。話しに来てよかった」
「神様らしいこと出来た? フフッ、私はいつだってリコリスちゃんの味方だからね♡」
リベルタスがおでこにキスしたとき、私は空の上の世界から帰ってきた。
現実世界の時間は十秒も流れてない。
本当にありがとうともう一度口にして、私は教会を飛び出した。
会いたい。
会わなきゃ。
「アルティ……!」
――――――――
数時間が経って。
「アルティ」
「フィーナ、様……」
また偶然。
街中でフィーナ様とバッタリ出くわした。
花祭りの進行に、あちこち駆け回って忙しそうにしている。
会いたくないと心の何処かで思っていたのだろう。
どんな顔をしているのか、自分で自分がわからなくなった。
だけど彼女は、
「お祭り、楽しんでる?」
こっちの気も知らず、民を慮る領主らしい朗らかな笑みでそう訊ねた。
それはそうだろう。
彼女には悪気なんて無くて、あれは自分の心に正直な結果なのだから。
フィーナ=ローレンスは稀代の自由屋だ。
奔放という意味ではリコ以上かもしれない。
興味の対象には進んで自分から足を踏み入れる底知れない探究心と、別け隔てなく人の心に寄り添える慈しみの心を持ち合わせた人格者。
更に他に類を見ない先見的な智略家で、人や物資の流れを読み、王国の繁栄に僅か一代で多大な貢献を齎したのが、他ならない彼女自身。
そんな彼女が一目惚れするほど、リコが魅力的だった。
これはただ、それだけの話だ。
「はい。楽しんでいます」
「そっか」
フィーナ様は、私の髪に一輪のピンク色の花を差した。
「これはさっきのお詫び」
「お詫び……?」
「アルティの許可なく勝手にリコリスにキスしたこと」
言葉が詰まる。
何と言っていいのかわからない。
「私も初めてのことだったから、ちょっと気持ちが逸ったっていうのかな。こんな性格だから、我ながら空気が読めないって自覚はしてるんだよ。自重しないのは"加護持ち"の宿命なのか、生まれついての性格なのか。ゴメンね、理屈じゃないんだ」
「……キスの件については、たぶんリコも悪い気はしていなかったでしょうから、私の方から言及することはありません。ですが…」
「嫌なことは嫌って言わなきゃダメだよ。特に私みたいな人間には」
「嫌では、ないんです。本当に……。ただ自分で思ってた以上に、自分が嫉妬深くて驚いただけなんです。フィーナ様は悪くありません」
本心だ。
地位に
本心だからこそ、こんなにも心がぐちゃぐちゃになっているんだ。
フィーナ様は悪くない。
当然、リコだって悪くない。
悪いはずがない。
「えいっ」
「えひゅう?! ふ、ふぃーあさわ?!」
フィーナ様は唐突に私の頬を引っ張った。
むにむにと。
「花祭りで暗い顔しちゃダメ。って、原因の私に言われたくないか。でも私は後悔はしないし、私が心に従ってやったことを間違ってるとも思ってない。これからもリコリスを好きで居続けて、何度だってキスするし、それ以上のこともしたい。その上で、アルティはどうする?」
「わひゃひ、は……」
訊かれるまでもない。
私の心は、あの遠き日に……とっくに……
「あ、重ねて言っておくけど私一番であることにこだわりはないから。あくまで、私は。だからボヤボヤしてると、他の誰かに取られちゃうかもしれないよ」
誰も取る気が無いなら私が取るのも吝かでないと付け加え、フィーナ様は年端も行かない少女のように、悪戯っぽく笑った。
背中を押された気がした。
太陽が沈む頃。
私はフィーナ様に頭を下げ、その場から駆け出した。
会いたい。
会わなきゃ。
「リコ……!」
――――――――
月が昇って、空が藍色に顔を変えても、アルティは見つからない。
嫌気が差して街を出て行ったかもなんて、悪い考えが頭を過ぎる。
足が重い。
めっちゃ疲れた。
額の汗を拭って息を整えているとき。
「まったく、どいつもこいつも酷い顔だこと」
ドロシーが私の前に立った。
「ドロシー……」
「アルティなら一緒じゃないわ。一生懸命走り回って見つけなさい」
「うん。そうする」
「どうしたいか、どうするべきなのか。ちゃんと考えた?」
「うん。ご迷惑おかけしました」
「二人して不器用なんだから。年長者として面倒見てあげたくなっちゃうじゃない。ねえリコリス」
ドロシーは近寄ると私の頭に手を回した。
「アルティには悪いけど、私は狙うなら一番がいい。あなたの一番でありたいし、あなたの初めては全部欲しいって思ってるわ。でもそれと同じだけ、あの子のことも大切にしたいの。あの子はとてもいい子だから。だから、せめてこれくらいは赦して」
問答無用に唇を押し当てられて、ほんのりと香る薬草の匂いにドロシーを感じた。
いきなりでビックリして、ドキドキして……
クチュ……って舌が絡まる初めての経験に心臓が壊れるかと思った。
「愛してるわ、リコリス」
それから、一輪の花を渡してきた。
花祭りの風習に習ったもの。
私の髪と同じ赤い花。
「さ、行きなさい。ちゃんと二人で帰ってくるのよ」
「うんっ!」
ドロシーは照れくさそうに、真っ赤になった顔を帽子の縁で隠した。
勇気をありがとう。
私も大好きだよ。
――――――――
街を一望出来る展望台。
光に照らされ、花びらが揺蕩う幻想的な景色を目にしながら、
夜風の冷たさに身を震わせる。
息が絶え絶えになる。
足が痛い。
走って、走って、走って。
疲れて、寂しくて、つらくて、泣きそうになって、私は固く唇を結んだ。
「リコ……」
会いたくて、たまらなく会いたくて……
「アルティ!!」
名前を呼ばれたとき、心臓が高鳴ったのがわかった。
まるで今産まれたかのように。
「見つけた」
その人は汗だくで、息も切れて、優雅さも余裕も欠片ほどもなく肩を上下させた。
一昼夜走り回っても平気なくせに。
それだけあちこち走り回って、必死になって私を探してくれたんだと思うと、胸の奥が熱くなる。
ああ、この人は私のことをこんなにも思ってくれているんだって。
呆れるくらいに、私は単純だ。
単純なくせに迷った。
私は……
――――――――
乱れた髪。荒い息。
アルティも街中を走り回ったんだ。
自意識過剰にも、私を探してくれてたんだ。
アルティは言葉にしないだけ。
いや、言葉にしなくなっただけ。
「アルティ、私は」
「私は……自分で思っているより、あなたが思っているよりも、大人じゃありません……」
アルティの声は震えていた。
「あなたが奔放で、何をやらかすかわからないから、大人のフリを覚えました。あなたを諭し、諌め、隣に並び立ち、支える者として相応しいように」
「うん」
「あなたは多くの人を惹き付ける。多くの人があなたを好きになる。あなたはそれを受け入れていい…受け入れるべきです。それがあなたの使命であり宿命だからと呑み込みました。呑み込んだ……つもりでした」
目尻に涙が浮かぶ。
街の光に照らされて、まるで宝石みたいに輝いた。
痛々しいくらいに。
全部私のためなのに……私のせいなのに……
それでもアルティは……
「あなたが誰を好きになっても、誰とキスしても誰と夜を共にしても、私のことを思っていてくれたらそれでいいと。だけどダメなんです…私は、あなたの一番がいい。あなたを一番好きなのは私がいい……。子どもの頃からずっと……。リコ」
満点の星空の下。
花の香りの薫風に、アルティは言葉を添えた。
「あなたを愛しています」
身体中熱い。
嬉しくないわけあるか。
子どもの頃からずっと?
こっちは出逢った頃からずっと……
好き好き言われてその気になったとかじゃない。
好きだから、大好きだから大事にしなきゃって、簡単に手を出しちゃいけないって……だから大切にしてきたつもりなのに……
どれだけ……
「ッざけんなアルティ……こんな……」
必死に絞り出した一言目がそれだった。
自重しないとか、どの口がほざいてたんだよと。
「迷惑ですか?」
「そんなわけねーだろバカ!!」
気が付いたらアルティを力いっぱい抱き締めてた。
「私がどれだけ我慢してきたかもしらないくせに!」
「我慢してたんですか?」
「ああそうだよ! 結婚するんだーとか子どもの言うことに本気で嬉しくなって、リコちゃんリコちゃん言ってたちんちくりんがこんな美少女になって、こっちは毎日理性と戦ってたんだよ! 大切にするので精一杯だったんだよ! なのに、アルティからそれ言うのは反則じゃん……。止まらなくなったらどうするんだよ……」
「じゃあ……我慢しないでって言ったら、リコは私を――――――――」
もう言うな。
アルティに恥をかかせたくなくて、私は唇を重ねた。
色香と汗が混じった匂い。
余裕なんてないから、がっついた経験ゼロ丸出しのキス。
震えて少し歯も当たった。
それでも顔を離したとき、アルティは艶く目を潤ませて頬を染めていた。
「熱いです……」
「熱いね……」
「ドキドキしすぎて、全然わかりませんでした…。リコ…もう一回んっ」
吐息がこぼれる。
今度は丁寧に。
唇の形をなぞるように。
「もっと……」
三回目のキスは舌を根本から絡ませた。
艶めかしい音と一緒に、口の中をねっとりと舐め回して銀の糸を引かせる。
「これからも私はきっと変わらないよ。いろんな人を好きになって、いっぱいバカなことすると思う。それでもいいの?」
「私はこれからも嫉妬します。あなたに……あなたが愛する全ての人に。それでも私を一番にしてくれますか?」
「こんな女ったらしで」
「こんなワガママな女で」
「アルティがいい」
「リコじゃなきゃ嫌です」
どうしようもないくらい。
たまらなく。
それでも何とか形にしたくて、私は空に向かって魔法を放った。
『自分の好きな色のお花を渡して、大好きとありがとう、これからもよろしくねを伝える特別な日』
私の好きな色は決まってる。
魔法は空で爆発すると、キラキラと輝いて大輪の花を咲かせた。
アルティの髪の色と同じ、世界に煌めく銀氷の花を。
「この先誰を好きになっても、私はアルティを一番に思う。死が二人を分かった後も、永遠に愛することを誓うよ。好きだよアルティ。ずっとずっと好きだった。今までも、これからも。お前を愛してる」
――――――――
泣いて、泣いて、泣いて泣いて泣きじゃくって……私は嬉しくて笑った。
お返しにと空に紅蓮の炎を打ち上げて花とする。
「愛しています、私のリコ」
私たちは抱き合って、何度も愛を囁いた。
キスをした。
街の明かりが消えるまで。
何度も。
何度も……
熱が冷める間も無いくらいに。
――――――――
「……………………」
「……………………」
「……ヤったの?」
「「ヤってない!!!」」
もうずっとこれ!!
ちょっと帰るのが遅くなったくらいでヤッた?ヤッた?って〜もぉ……
中学生か!!
「子どもの性事情って母性本能くすぐるのよね」
「目線がお母さんすぎる……」
「下世話ハーフエルフ……」
「で、どうだった?」
「くっそニヤニヤしやがって……。どうもなにも……べつに、ねえ?」
「そのわりには、二人とも幸せそうな顔してるけど?」
顔あっちぃ……
頼むアルティ私の代わりに言ってやってくれあ、ダメだ顔真っ赤湯気出てる。
わかるよだってまだ唇に感触残ってるもんね……
むしろキスまでで耐えたのを褒めてほしい。
欲望に流されて最後までとか、そんな動物みたいな。
……いや、それもアリだけどさ。
「二人とも吹っ切れたみたいだし、これからはアタシもどんどん攻めていいってことよね。差し当たって、小一時間ほどキスしてみようかしら」
「上等だかかってこいコラ返り討ちでトロットロにしてやんよ」
「トロけたのはあんたたちの股間へむっ!!」
「黙ってください!!」
照れすぎてドロシーにもげんこつ落とすじゃん。
でもまあとりあえず、下着は買いに行こう……
レミルブルの花祭りは、私たちの預かり知らないところで静かにその幕を閉じた。
お祭りを最大限楽しんだとは言い難くて、こっちの都合で置いてけぼりにしてしまったリルムたちには、満足するまでご飯をあげたんだけど。
『リルムはねー、リーとアーが仲良しで嬉しいのー』
『仲良きことは美しきでございますからね』
『万々歳でござるな』
『ケンカするほど何とやらって、人間は言うんだろ。ボクたちは何の心配もしてなかったとも』
みんな優しすぎて泣きそうになった。
お祭りの思い出はほとんど無いけど、花の街の記憶は、この先もずっと私の中に残るだろう。
一夜明けて、変化が二つ。
まず【百合の姫】に由来しない私のスキルが増えた。
【誘惑】……効果はそのままで、【百合の姫】と重複してるけど、こっちは男にも効果があるらしい。あんまり使い道のなさそうなスキルだ。
【前戯】……まあ、アレに関するなんやかんやが上手くなる…みたいなスキル。なんやかんやとは、もちろん……ゴニョゴニョ。
それからもう一つ。
心なしかアルティと私の距離が物理的に近くなった。
隙あらば手を繋ぎ、指を搦めてくる。
その度、ああ好きだなって思い知らされるんだから参る。
これからは遠慮しなくていいんだって思うと幸せに押し潰されそうだ。
「私も幸せですよ」
心臓止まるて。
可愛すぎて。
さらばレミルブル、と街を後にしようとしたとき。
「挨拶も無しに行っちゃうのは寂しいな」
フィーナが馬車に乗って追いついた。
まさか付いてくる気か?とも思ったんだけど、花祭りが終わったから王都に帰るんだって。
公爵様は忙しいらしい。
「ねえリコリス、一緒に王都に来ない? もちろんみんなも一緒に」
「旅の途中に寄ることがあったらね」
「そう言うと思った。はい、これあげる」
渡してきたのは箱。
中には純金の指輪が入っていた。
「公爵家の家紋入り……」
「旅をするのは何かと大変でしょ?何か困ったことがあったらそれを見せるといいよ。後ろ盾のつもりで使って」
「いいの? これ貴重なものだと思うんだけど」
「いいよただの婚約指輪だから」
「ええ……じゃあ返しとく」
「冗談だってば。半分は。あとの半分は、迷惑をかけたのと、これからも迷惑をかけるかもっていうお詫び」
フィーナはそう言うなり、私の手を取ってほっぺにキスをした。
「また絶対逢おうね」
それからまた唇を奪われる。
今度はもう驚かない。
約束だよと付け加えて去っていくフィーナは、花畑の向こうに消えていくまで手を振り続けた。
最後の最後まで自由な人だった。
「結局ああいう人も、私のタイプだったりするんだよな」
「タイプじゃない女性なんているんですか」
「この世界の女の子全員がタイプですけどー♡」
クルクルと踊って
「そういうあなただから好きになったんですけどね」
「ん?なんか言った?」
胸ぐらをグイッと引き寄せられキスされる。
「大好きって言ったんですよ」
「はへぁ」
旅路は途中。
これが区切りじゃないけど、一つの転機にはなったと思う。
お互いの気持ちを伝え合うことの大切さ。
字面だけじゃそれはわからなくて、自分で思ってるより気付きにくい。
もっともっと、今まで以上に心の言葉を声にしよう。
新しい発見を、関係の進歩をくれた花の街に感謝しつつ、私たちは何処を目指すのでありましたとさ。
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