16.人魚の魔眼

 旅路は今日も晴れ。

 私たちは、湖のほとりで小休憩中だ。


「そぉい!」


 木の枝を削った釣り竿で釣りなんかしちゃって。

 餌は小麦粉を練っただけの団子なんだけど、これがよく釣れて楽しいこと楽しいこと。

 【釣り】スキルの賜物だ。


「ウッヘヘヘ大漁大漁」


 釣ったそばから焚き火で焼いて塩でいく。

 パリッとした皮に程よく乗った脂。

 天気も相まって食が進む。


「ねーアルティとドロシーもやろうよー。楽しいぞー?」

「話しかけないでください今大事なところです!!」


 アルティはルドナ相手にチェスしてる。

 鬼の形相してるからボロ負けっぽい。

 ドロシーは、


「こっちはこっちでやることあんのよ」


 なんて小生意気に、鉢の中ですりこぎ棒を動かしながら返してきた。


「何の薬作ってんのー? 催淫剤?」

「あんたならそんなもん使わなくても寄ってくるでしょ。次の街で売るポーションと、あとはなんか適当によ」


 エルフ特有の薬学に基づいた薬は、通常よりも薬効が高い。

 またエルフ固有の魔力マナが働いて、使用すると魔力マナが回復するというオマケが付いてくるらしい。

 私もドロシーの薬を味見させてもらって、【薬生成】で作れるようにはなったんだけど、同じ薬でも魔力マナは回復しなかった。

 さすがエルフの霊薬だ。


『ドー、シャボン玉してー』

「ドロシー、リルムがシャボン玉してってさ」

「また? 好きねこれ。ちょっとだけよ。泡沫の幻想バブルサーカス


 ドロシーは鉢を置き、指で輪っかを作ると、そっと息を吹きかけた。

 フワリと虹色に光るシャボン玉が空に浮かぶ。

 するとそれらは魚や動物の形に変わりリルムの周りを踊った。


『キレーだねー』


 リルムが目をキラキラさせてる。

 目無いけど。

 同じ魔法でも、アルティの研ぎ澄まされた魔法のとは全然違う。

 人を魅了する優しい魔法。

 エクストラスキル――――【月魔法】。

 水と闇の属性を併せ持ち、幻惑とデバフの効果を持つ。

 ドロシーに似合ったキレイなスキルだ。


「すっかりリルムのオモチャだね」

「悪い気はしないわ」

「じゃあじゃあ、リコリスちゃんのオモチャは?♡」

「……悪い気はしないわ」


 デレうまぁ♡




「くふぁ……。一日ボーッとしてるの最高だな」

「年寄りじみてる」

「百歳差以上つけてる歳上に言われた。何も考えずにさ、こうやってのんびり釣り糸を垂らす。幸せな時間だと思わない?」

「そうね」


 あたたかい日差し。

 柔らかな風。

 穏やかな時間。

 これが幸せでなくてなんだろうか。


「ぬぁぁぁ! ルドナ、もう一勝負! 次で絶対勝ちますから!」

『もう疲れたのでございますよ……』


 あの一角だけ穏やかとは縁遠いけど。


「しかし、それにしても釣りすぎたな」


 私たちはおろかウルも満腹そう。

 残りは【アイテムボックス】に……って、生きてるからダメか。

 とりあえず捌くだけ捌いといて、いい天気だし干物も作っておこう。

 醤油つけてお刺身とか食べたいなぁ。


「最後に大物でも釣って終わるかな」


 とは言ったけども。


「シギャアァァァァァァ!!!」

「ここまでとは言ってねえ。なんだこれ蛇か?」

「ギガントレイクボア。淡水に住む大型の蛇よ。気性は獰猛。肉食。焼けた魚の匂いにでもつられたんでしょうね」

「めちゃくちゃ冷静だなドロシー」

「あなたが何とかするでしょ?」

「するけども」


 鮫みたいな鋭い牙で襲いかかってくるもんだから、とりあえず蹴ったよ。

 倒した。


「イェイ」

「化け物」

「どっちに対して言った貴様。てかどうすんのこれ」

「【アイテムボックス】にしまっとけばいいじゃない。ギルドに寄って解体してもらえば?」

「そうするか」


 鱗が硬くておいしそうじゃないし。

 湖畔に横たわる蛇をしまおうとして、


「あーーーー!!」


 女の子の叫ぶ声で手が止まった。

 振り返ると、冒険者らしい四人組。

 新しい出逢いも旅の醍醐味……なんだけど、どうやらこの出逢いは一癖ありそう。

 なんとなく、ね。




「ちょっとあんた! そのギガントレイクボアは、あたしたちが依頼を受けて討伐しに来たのよ! それを横取りなんてどういう了見なわけ?!」


 中学生くらいのチビっ子が指を差して詰めてくる。

 ていうかネコ耳!

 獣人か!

 うーん可愛い! お菓子あげたい!


「聞いてるの?! これは立派なギルドの協定違反よ! しっかり直訴させてもらうんだからね! あんたたち新人? これだから駆け出しは困るのよ! いったいあたしたちを誰だと思って――――」

「待ちなさいよ」


 なんかドロシーが怒ってる。


「あんたたち冒険者でしょ? 依頼クエストでこの蛇を討伐しに来たらしいけど、こっちはたまたまここに居合わせて、たまたまこいつが襲ってきたから返り討ちにしただけ。なのに、その言い草は何? 何故こっちが責め立てられなくちゃいけないのか、納得のいく説明が欲しいわね」

「だ、だってそれは……」

「だって、何? 何か間違ってること言ってる? ねえ、ちゃんと目を見て話しなさいよ小娘」


 圧すっげぇ。

 伊達に皇族じゃないって感じだ。


「失礼」


 すると、女の子を庇うようにリーダー格らしい人が前に出たんだけど。

 ……なんで能面?

 着物に下駄も。それに刀。

 ていうかこっちにもそんな文化あるんだ。

 たぶん異世界特有の、なんとなく和風な国のアレだ。


「リーニャ」

「ミオ様……」

「無礼な物言いをどうかお許しください。ギルドで依頼クエストの受注が重複したと勘違いをしてしまったようです。リーダーとして仲間の非礼を心から謝罪いたします。申し訳ありませんでした」


 謝る所作の一つ一つが丁寧で、雰囲気がもう美人のそれ。

 ていうか……ボイン!!!

 肩露出してる胸の谷間エッッッッッロ!!

 清楚っぽいのに着こなしが花魁おいらんとか、もう!!

 エッチぜんの国出身?!

 無条件で好き!!


「ゴメンなさい……早とちりして…」


 おほぉ、しょんぼり顔もいいねぇじゅるり。

 おっとヨダレヨダレ。


「全然気にしてないよ。そっちのリーダーさんも頭上げてください」

「寛大な心に感謝します」


 まあまあ。

 まずは美しい谷間を眺めながら自己紹介でもねぇウヘヘ。




「私たちは人魚の魔眼セイレーンアイ。冒険者として各地を転々としています。私はリーダーのミオ=ホウヅキと申します」


 美しいお名前で。

 突っかかってきた弓兵アーチャーが猫獣人のリーニャちゃん。

 斧を背負ったワイルドな女性がアンナさんで、僧侶っぽい格好のお姉さんがメノローアさん。

 うーん美女がよりどりみどりで迷っちゃうね。


「ご丁寧にどうも。アタシはドロシー」

「アルティです。それと、こっちの締まりのない顔をしているのが、百合の楽園リリーレガリアのリーダーであるリコリス……でした」

「現在進行系でリコリスじゃわ」

「ところで」 


 無視☆


「ミオ=ホウヅキといえば、音に聞こえた"海斬り"と覚えがありますが」

「ええ。恥ずかしながら」

「海斬り?」

「海に巣食うクラーケンの群れを単身斬り伏せた世界でも有数の剣士。かの鳳凰フェニックス級冒険者ですよ」

「ほぉ」

「分不相応なあざなと自負しています」


 鳳凰フェニックス級ってことは、上から二番目か。

 この人強そうだもんな。

 佇まいっていうか、雰囲気っていうか。

 谷間覗く隙が無い…


「んで、そんなスゴい人が依頼クエスト受けてるなんて露知らず、リコリスが討伐対象を倒しちゃったってわけね」

「人が悪いみたいに言うじゃんか。まあ素材とかは特に必要じゃないので、魔石なり何なり好きなだけ持ってってくれていいんですけど」


 ミオさんは能面越しにもわかるくらいキョトンとした。

 そんな変なこと言っちゃいました?


「ギガントレイクボアといえば、市場価格でも大金貨5枚はくだらない希少な魔物です。しかもこれほど状態がいいなら、白金貨が動くかもしれません。それを無条件に引き渡すと?」


 あーそういうこと。

 白金貨かぁ……そんだけあったら高級娼館とかオール出来ちゃうんじゃない?

 惜しすぎる……けどそれ聞いて撤回するのはダサいよね。

 この葛藤、僅かコンマ数秒。


「ステキな女性に巡り合わせてくれた神様へのお布施とでも思ってくれれば」


 手を取って指先にキスしてめいっぱいカッコつけたった。


「なんとも魅力的な方ですね」

「よく言われます」

「異常性ナルシスト」

「媚薬お化け」


 お前ら後で泣かしてやるからな。




 そんなこんなでギガントレイクボアを譲って、リーシャさんたちが解体中。

 アルティとドロシー、リルムもお手伝いしてて偉い。


「欲のない方ですね」

「いやぁ、欲まみれですよ」

「…………」


 本当に、みたいな目すんな我が仲間ども。


「何かお礼をしなければいけませんね」

「なら、今度デートでもどうです?その能面の下の秘密まで暴いちゃいますよ」

「フフッ、魅力的なお誘いですね。機会があればぜひ」


 おおお、わざと胸寄せて…結構なお手前だことで…

 やりおるわこのお姉さん…


「しかしそれだけではお礼に釣り合いません。こんなもので足しにはなりませんが、よろしければどうぞ」


 お、マジックバッグ。

 見た目以上にいっぱい入る魔法の鞄。その巾着タイプだ。

 中から取り出したのは…お酒か?


「私の故郷、ヒノカミノくにの酒です」

「ヒノカミノ国?」

「日の神が治むる国と書いてヒノカミ。海の果ての小さな島国です。この装いも、ヒノカミノ国のものなんですよ」


 出ました異世界版和風国。

 てことはこのお酒も日本酒かな。


「これはヒノカミノ国で飲まれている清い酒…清酒といいます。この澪波れいはは私の実家の父たちが作った銘柄です」

「ミオさんのお父さんって杜氏なんだ。家が酒蔵だと、跡取りとか大変そう」

「詳しいですねリコリスさん。ええ、まあそれなりに。それが嫌で冒険者になった節もあるくらいで。よろしければどうです?一献」


 いやぁ、そんなねぇ。

 まだ昼間なのに、杯なんか出されちゃったら。

 断るのも失礼ですし、ねえ?


「よろこんで」


 白い杯に注がれる透明な酒。

 周囲に漂う甘い香りの波。

 これが吟醸香ってやつかな。


「ミオさんも。ご返杯で」

「では失礼して」

「ステキな出逢いに」

「新しく生まれた友情に」


 乾杯。

 くぃっと喉の奥に流し込めば、仄かながらにしっかりとしたアルコールで口の中が熱くなる。

 桃やメロンに似た果物の匂い。確かに舌を伝う米の甘み。

 前世含めて初めて飲んだ清酒はこれになるけど、きっとこの澪波という酒は極上の部類に該当するんだろう。

 ていうかぐだぐだとした考察なんかぶった斬られるくらい、このお酒おいっし好きだわこれ。


「うまァ…」

「米という穀物を原料にして作られるんですよ」

「米かぁ……久しぶりに食べたいなぁ」

「こちらの大陸では、小麦や豆が一般的ですからね。私もたまに食べたくなります。海沿いの街なら、ヒノカミノ国との交易品も並ぶので米もありますが」

「ほうほう。海ねえ、アリだな」


 これから夏になったら海で水着でポロリしちゃったりなんかして…

 くーったまらん。


「お気に召したようで。まだストックはありますから、もう一升はお仲間とどうぞ」

「いやいやすみませんねヘヘヘ。くいっ」

「コク」


 いいんだけど、能面付けたままどうやって飲んでるのそれ。

 ミステリアスな人だこと。


「くぁー酒と美女、最高だな」

「本当に」

「てかこの酒、焼き魚にめっちゃ合う」

「お酒が進んで困りますね」

「あ、熱燗にも出来ますよ。私魔法使えるんで」

「いいですね。ではとっくりを…出すのが面倒なのでラッパ飲みしちゃいまーす♡」

「おっほぉミオさんイケる口ですなぁ♡」

「ウフフ、口でイケる口でもありますよ?♡」

「うっひょおエッロマジですかちょっとテイスティングよろしいか?」

「ウフフフフ」

「ウヘヘヘへ」


 ほろ酔い美女と下ネタマシマシサシ飲みたーのしー。




 ――――――――




「かなりな清楚系美女っぽいのに蓋を開けたら残念なのねあの人」

「お酒が入ると……」

「いつもは頼れるリーダーなんだが……」

「うちと同じなんですね」


 困ったものだと全員でため息をついて、


「おーいアルティー!リーダー命令じゃちょっと谷間に酒注がせろよーいヘヘヘヘ」

「興味ありませんか?人って何度で凍るのか」

「リーニャリーニャーいつもベッドの上でやってるニャンニャンポーズしてくださーいウフフフフ」

「一度だってしたことないでしょ適当なこと言わないでください!!」


 やれやれと更に深くため息する。

 リコリスの手持ちの酒も加えた酒盛りが進み、挙げ句の果てには瓶を回し飲みする始末。

 呆れたメンバーたちはリーダーを置いてその場を後にし、近くの街で宿を取った。

 リコリスとミオは翌朝目を覚まして、寂しくいたたまれない気持ちになったのであった。




 ――――――――




「普通自分たちのリーダー野晒しにして行くかね。女だらけの野盗に襲われたらどうすんだよ」

「まったくです」


 迎えに来てくれたから赦すけども。


「それはそれで喜ぶ気がするけど」

「酔っ払いに構う時間って人生の無駄じゃないですか?」

「舌の根でとうがらし栽培でもしてんのかお前ら」

「ミオ様もです。お酒は程々にといつも言ってますよね」

「リコリスさんとのお酒が楽しくてつい」

「いやぁ本当に楽しかったですね。またいつか飲みましょ。次はコッチの方もお手合わせしてくださいね」

「リコリスさんはおもしろい方ですね。それじゃお手合わせじゃなくて貝合わせになってしまいますよ」

「あ、いっけね☆ テヘペロ☆」

「3……」

「怖えよ何のカウントダウン始まってんだ」


 さて、名残惜しくも人魚の魔眼セイレーンアイの皆さんとの別れのとき。


「皆さんはこれからどこへ?」

「ギルドへギガントレイクボアの討伐の報告に。実際倒したのはリコリスさんですけど。そちらは?」

「リーダー次第ってところね。自由気ままな旅だから」

「可愛い子がいるところならどこへでも行くけどねっ。後は楽しいことがあれば」


 それなら、とミオさん。


「ここから南に、レミルブルという街があります。毎年この時期に花祭りという賑やかな催し物が開かれるのですが、確かもうそろそろだったと記憶しています。そちらに向かってみるのは如何ですか?」

「花祭り?」

「出店も多く人も賑やかで、この地方の名物なんです」

「うーん、なんか楽しそうな予感。よっし、次の目的地はそこに決めた! 行くぞーレミルブル! 待っててね可愛い女の子たち! ミオさん、どうもありがとう!」

「いずれまた。美しき緋色の人」


 ミオさんたちは風と共に去っていった。

 いい人だった、また会いたいな。

 この国で活動してるって言ってたし、冒険者やってたら縁もあるだろう。


「私たちも行くか」

「はい」

「ええ」


 レミルブルの花祭り。

 どんな楽しいことが待ってるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る