6.百合の楽園

 しばらく話してから、私たちは城を後にすることにした。

 リエラが門のところまで見送りに来てくれて、今後どうするのかを訊いてくる。


「そうだな。風が呼ぶ方にでも」

「ステキです」

「リエラも来る?歓迎するよ」

「王女でなくなったら、そのときはぜひ。またこちらに見えることがあれば、いつでも訪ねてください。そのときはお土産話をたくさん聞かせてくださいね」


 リエラは私と握手を一度交わすと、アルティに近付いて小声で何かを囁いた。


「話に聞いていた以上に魅力的な人ですね。きっと引く手あまたでしょうけど、盗られないように気を付けなきゃダメよ」

「リエラ、それは無理です。リコは私一人で抑えられるような人じゃありませんから。きっとこれから、たくさんの人がリコの魅力に気付く。たくさんの人がリコを好きになる。でもそれでいいんです。リコを一番好きなのは、この私ですから。性欲にかまけてあちこち声をかけるのは戒めますけど」

「……フフフ。なんだかちょっとだけ、リコリスさんの気持ちがわかった気がします。頑張ってくださいね、恋する大賢者さん」


 女の子がヒソヒソ話で顔赤らめてるのからしか摂取出来ない栄養がある。

 てぇてぇ〜。

 誰かこの空間国宝認定してくれぇ。




 リエラと別れ、その足で冒険者ギルドへ向かう。

 大通りに面して場所はすぐにわかった。

 いいねいいねなんかワクワクしてきた。

 これぞ異世界転生!って感じ。


「知ってるアルティ? こういうときはな、だいたいルーキーとか女とかはガラの悪いゴロツキに絡まれるのが定番なんだよ。おいおいこんな小娘が冒険者かよ、ってさ。そしたらドカーンて実力見せつけて一目置かせんの」


 そんで、なんの騒ぎだ!とか言ってギルドマスターが出てきたり、ランクが上の冒険者が試験官やったりするんだ。

 知ってる知ってるこっちは異世界転生大国日本出身だぞ。

 

「言ってる意味がわかりません」

「すぐわかるって。行くぞー突撃ー!」


 勢いよく扉を開けてそして舐められないよう先にカマす。


「よぉ野郎ども! 景気はどうだ? どいつもこいつもシケたツラしてやがるぜ! 私はリコリス! 今日から冒険者になる期待の新人だ! この顔をよく覚えておけよ! 今日という伝説の始まりに私に出逢えたことを幸運に思うがいい! ハーッハッハ!ってだーれもいない! なんで?! そんなことある?! 定休日?!」

「何も無いじゃないですか」

「ちーがーうー! こういうんじゃないー! ランクの壁に絶望して新人を潰すようになった中堅冒険者は?! おもしれぇ奴が来たぜって意味深に呟くマッチョおじさんは?! こんな女となんか組めるかよって粋がる生意気新人はー?!」

「いいからさっさと登録を済ませますよ」

「私の鮮烈なデビューが……」

「鮮烈ではありましたよ。始まりましたね、伝説が」


 煽ってくんな倒置法で。


「ううぅ……」

「すみません、冒険者登録を」

「はいはい、かしこまりました」

「お姉さん可愛いね。どこに住んでるの?今度遊びに行ってもいひぃん!」


 お尻蹴られたぁ……


「失礼しました。改めて登録をお願いします」

「は、はぁ。ご登録はお二人様ですね。では、私コノハが担当させていただきます。登録手数料に銀貨2枚が必要に……はいありがとうございます。それではまずこちらの水晶に手を触れてください。お二人の犯罪歴を調べます」

「犯罪って?」

「正当防衛を除く一般市民の殺害や窃盗などの重犯罪が該当します。犯罪を犯していた場合は水晶が光り、その場合はギルドの規則に則り登録は認められません」

「リコ、性犯罪は」

「ヤってねーよ!」


 失礼極めてんのかったく清廉潔白に決まってるだろうが。

 ほーら光ら……光らない……よね? よし光らない。

 ふー……何もしてないのにおまわりさんに、ちょっとお話いいですか?って訊かれるくらいドキドキした。


「罪を犯したときは私の手で罰を下しますね」

「何教に則ってんだ」

「はい、問題ありません。次にこちらの書面に記載を」


 氏名、年齢、出身、学歴……履歴書みたい。

 ん、職業か。


「職業って何もしてなかったら無職って書いていい?旅人ではあるんだけど。一応農家の出身でもあるかな」

「そうですね。そのまま農家と書いていただいても構いませんし、もしくは剣が使えるなら剣士という風に書いていただいても結構です。従魔を連れているようなので、てっきり従魔士だと思っていたんですけど」

「まあちょっといろいろあって」


 職業欄はさして重要じゃないってことか。

 ギルドって言っても案外お役所仕事だな。

 いいや旅人って書いちゃお。なんかカッコいいし。


「アルティは何て書いた?魔法使い?」

「ええ」

「魔法使い……アルティ……ああやっぱり! しろがねの大賢者様ですよね! 前に大賢者襲名のお披露目パレードでお顔を拝見したことがあります! こんなところで会えるなんて感激です!」

「どうも」

「うぇーい有名人じゃーん」

「絡み方」

「大賢者となりますと、さすがに最低ランクの粘体スライム級からスタートとはいきませんので……精霊エレメンタル級からのスタートとなります」


 冒険者ないしギルドは、実績を加味した実力をそれぞれ8つの等級に分類している。

 最低ランクの粘体スライム級。

 子鬼ゴブリン級。

 妖精フェアリー級。

 精霊エレメンタル級。

 悪魔デーモン級。

 魔狼フェンリル級。

 鳳凰フェニックス級。

 そして最高ランクの神竜ドラグニール級。

 精霊エレメンタル級というのは、その中でも中堅冒険者に与えられるようなランクなんだとか。


「私だけですか? リコは?」

「へ? あ、それは」

「普通に粘体スライム級からだろ」

「じゃあ私精霊エレメンタル級を辞退して粘体スライム級から始めます」

「へ?! いや、でも、ギルドの規則でそういう風になってまして……その」

「知りません。粘体スライム級で登録してください」

「ですからあの……」

「はやく」

「怖いってアルティ。お姉さん困らせんなよ。すみませんねうちの子が。大丈夫なんでもうそれで登録しちゃってくださーい」

「リコ」

「お揃いがいいんなら、私がサクッとランク上げればいいだけでしょ。すぐ追いついてやるから待ってろ。てなわけでよろしくお願いしまーす」

「は、はい! すぐに登録手続きを! あ、そうだ……お二人、パーティーはどうされますか?」

「パーティー? 組む組む組みたい! ね、ね! いいよねアルティ!」

「はい」

「それではパーティー名の登録もご一緒にお願いします」

「ほいほい。何にしよっかなー。カッコいいのにしようぜー。バーン!って感じのさ。アルティはどんなのがいい?」

「なんでもいいです」

「えー? じゃあリコリスとイチャイチャするハーレムの団にしよっと」

「マジメに」

「なんでもいいって言う奴に限ってこれだ……。それじゃあ……」


 よっし决まったー。

 ちょっとなんやかんやあったけど、これにて冒険者登録完了。

 ギルドカードももらったし、いよいよ始まるぞ私たちの旅が。

 諸国漫遊可愛い女の子ナンパの旅!

 ……なんかAVのタイトルみたいだな。

 まあいっか。

 よーっしゃー待ってろよ麗しの美女たちー。




 ってウキウキでギルドを出たら…


「ヘッヘッヘ」

「女二人で冒険者かぁ?」

「女だけじゃ不安だろ。おれらのパーティーに入れよ。守ってやるからよ」


 今かぁ〜。

 もう少し早く来いよゴロツキ〜。


「だから必要ないって言ってるでしょ!」

「わ、私たちに構わないでください……!」


 しかも私らじゃないんかいて。

 男十人くらいに女の子二人が絡まれてる。

 はいはいテンプレテンプレ。


『マスター、わたくしがあの者たちの目玉を抉ってきましょうか?』

『ボクが心臓を一突きにしてやってもいいぞ』

『拙者が喉笛を噛み切るでござるよ』

『食べちゃうー?』


 うちの従魔が血に飢えすぎな件。

 殺しは無しって日頃から言ってるだろって。

 いや、好戦的なのはリルムたちだけじゃなかったわ。

 アルティの周りの魔力マナが不快そうに荒ぶってる。


「リコ」

「わざわざ大賢者様が手出す必要ないって」

「いえそうではなく」


 騒ぎを起こすことないって?

 いやいやいやいや女の子が困ってたら助けるだろ。

 それにせっかくの門出だよ。

 そんなん派手な方がいいに決まってるでしょ。


「おら、来いよ。優しくしてやるって言ってんだ」

「この、うるっさい!」

「おっと」

「このっ、このっ!」

「なんだそのパンチは。お手か? 飼い主募集中ってか? ギャハハハ!」


 舐めきってる男の頬に女の子のパンチが掠めた。

 すると男は眉間に皺を寄せ、耳障りな声を上げた。


「ガキが、あんま調子乗ってんじゃねえぞ!!」

「!」

「そォれぃっ!」


 私は人混みを跳び越え、怒った男の後頭部を蹴ってそのまま踏み潰した。


「ダッサいなぁ。男が女に手ェ上げてんじゃねーよ」

「え、あ…」

「大丈夫? 子猫ちゃんたち」


 ウインクパッチーン☆

 決まったわ。

 向こうでアルティがドン引きな顔してるのは後で言及しよう。


「あなたは……?」

「通りすがりのスーパー美少女でーす。こんな可愛い子たち囲んで悪さしてんなよ発情猿ども。それでも冒険者か、ああ?」

「てめえには関係ねえだろうが!」

「しゃしゃり出てきてんじゃねえよ!」

「お前も混ざりてえのか? あぁ?!」

「んなわけないだろ私みたいな美少女がお前らみたいな肥溜め産まれ掃き溜め育ちのオークもどきと釣り合うとでも思ってるー? お前らの股間の貧相な棍棒じゃ、ゴブリンのケツ穴も確定させらんないよ。わかったらさっさと帰って男同士で乳繰り合え。誰得にもなんないショータイムの始まりだ」

「ほざいてんじゃねえ!!」

「よっと」


 足引っ掛けてやったら転んで鼻打ってやんの。ウケるーププーwww


「おいおい汚い血で街を汚すなよ」

「この!!」

「やる気かー? なら全員もれなくブチのめしてやんよ。こう見えてもケンカは無敗だぜ?」


 不敵に笑いながら腰の剣をチラつかせてみる。

 ケンカしたことないから嘘じゃないよね、てへっ。


「どうせハッタリだ!! 構わねえやっちまえ!!」


 バカのくせに鋭いな。

 多勢に無勢で周りからは心配の声が上がったけど、こっちは何年英雄様の剣を見てきたと思ってんだって話で、そこらのゴロツキなんか止まって見える。

 脂ぎった男を殴って手が汚れるのが嫌すぎて、突っ込んでくる男たちは全員蹴った。


「せいやー!」


 顎を蹴り抜いて、鼻先に一発強烈なのを叩き込んで、首を刈り取って、脳天に踵落とし。

 男たちはある者は苦悶の声を漏らし、あるものは気絶した。

 どうアルティ見てるー?って手を振ったりしてみるよ。

 

「お、おいお前ら!! 相手は女一人だぞ!!」

「女は弱い、男に従ってなんぼみたいなクソ思考だから、お前らは非モテブサメン粗チンくんなんだよ」

「こ、ノ……クソアマがぁぁ!!」


 本当のことを言われて怒った男が剣を抜こうとしたけど、危なそうなので抜き切る前に蹴り折ってやる。

 そのままこめかみにつま先をめり込ませてやったら、男は無様に昏倒した。

 男たちは……このまま放置でいいか。

 見回りの衛兵さんとかがなんとかするだろうと、華麗な立ち回りに興奮した周りの拍手喝采に応え、終始唖然としていた女の子たちに声をかけた。


「大丈夫? 怖くなかった?」

「は、はい」

「ありがとうございます」

「君たちみたいな可愛い子が無事でよかった」

「「……!」」


 はい落ちた顔いただきでーす!

 旅立ちの前に宿で胎内巡りでも一発……


「…………」

「ハッ!!」


 うぉーゾクッとした……

 この人混みの中でピンポイントで私に向けられる怒り……覇気か?

 はいはいわかりましたよアルティさん。

 行きます行きます。


「それじゃあね。またどこかで」

「あ、あの! せめてお名前を!」

「名乗るほどの者じゃありませーん!」


 私はまた人混みを飛び越え、アルティの腕を組んで走り出した。


「行こうっ、アルティ!」

「はいっ!」




 ――――――――




 これは私たちが王都を去った、ほんの少し後の話。


「ふぅ、やっと書類整理が終わった」


 冒険者ギルド王都本部ギルドマスター、ジェフ=ランドルフは疲れた顔で階段を降りてきた。


「お疲れ様ですギルドマスター」

「ああ、コノハ君もね。さっき外が騒がしかったようだけど、何かあったのかい?」

「乱闘……というかケンカです。うちの冒険者が」

「穏やかじゃないね。最近は大した依頼も無いから、彼らも暇を持て余しているんだろう。困ったものだ。それで?」

「はいっ。もうすっごかったんですよ! 大勢を一人であっという間に倒しちゃったんですから! それもとってもキレイな女の子が!」

「女の子?」

「あ、これその子の登録用紙です。サインをお願いします」

「アルティ……大賢者のアルティ=クローバーか! コノハ君、僕が忙しいのを気遣ってのことだろうが、さすがにこれはその場で呼んでおくれよ。挨拶くらいしたのに」

「アハハ、す、すみません…」

「それでもう一人……リコリス…?」

「そうその人です! すっごくカッコよくて、すっごく強くて、でもちょっとお茶目なところもあって。それに赤い髪がとーってもキレイでした」


 赤い髪……とジェフは口元に手を置いた。


「どうかしたんですか?」

「いやね、十年近く前になる話なんだが。まだ僕がギルドの一職員だった頃。王国の西にあるクローバー領に魔物が大量発生した時期があってね。貴族が襲われるという事件があったんだ」

「そんな事件記録にありましたか?」

「公にはされなかったんだ。なんせ結果的に魔物は全滅したが被害は少なく、その貴族が箝口令を敷いたことで、表ざたにはならなかったんだ。だがしかし、そのとき魔物の素材を持ち込んだ兵士がつい口を滑らせたんだ。この魔物を倒したのは赤い髪をした小さな子どもだ、ってね」

「子どもが魔物を? フフッ、まさか」

「私も心身共に疲弊したが故の妄言だと本気にはしなかった」


 その翌年のことだと話を続ける。


「"冬の到来"……ナインブレイド第一学園で未だ尚、語り継がれる伝説が生まれた年だ」

「ああ知ってます知ってます! 私の友だちが学園に通ってたので聞いたことがありますよ。確か後の大賢者アルティさんが入学された年のことですよね。それまでの試験成績記録を全て塗り替えたとかいう。すごいですよねぇ。さすが天才というか」

「僕も又聞きではあるんだが、友人の教師によると、じつはその年はアルティ=クローバーともう一人、アルティ=クローバーの成績すら上回った天才がいたと言うんだ」

「あのアルティさん以上の? フフフ、もうギルマスったらおかしいんですから。だってアルティさんの成績は筆記と実技両方満点だって話ですよ? それじゃあ試験自体が有って無いような話じゃないですか。それにそんな人の話なんて、王都に長くいますがきいたことがありませんよ」

「無理もない。なんせそのもう一人は学園には二度と現れなかったのだから」

「現れなかった? 入学を辞退したということですか?」

「いや、そもそも試験に登録をしていなかったらしい。しかし、その場にいた数名は確かに覚えていると言う。まるで叡智の神の使いが現れたような回答を。冴え渡る剣を。地を割る剛力を。そして、燃えるような赤い髪を」

「赤い髪……それってもしかして!」

「さあね。今となっては知りようもない、ただのおとぎ話だよ」


 2枚の用紙に目を落とし、記入されたパーティー名に微笑んだ。


百合の楽園リリーレガリアか。将来が楽しみだね」


 ギルドマスタージェフは、いつか大輪の花を咲かせるであろうその人物に、静かに激励を送るのであった。




 ――――――――




「さて、どこ行こうか」

「決めてないんですか?」

「シシシ、行き当たりばったりの方が旅って感じするだろ」

「無計画」


 そういうのが楽しいんだっての。


「アルティはどこ行きたい?」

「どこでも」

「私と一緒ならって?おーい可愛いこと言ってくれるじゃーん」

「…………」

「ありゃ……? からかったつもり……なんですけど…?」

「…………バカリコ」

「ちょちょちょ待ってってアルティ! 先行くなよー!」

「うるさい!」


 めっちゃ照れてんじゃん。

 はーーーー好き。

 反応が可愛すぎて道半ばでリコリスさん死んじゃうよいいの?

 私に押し倒されても知らんよ? いいの? ん?

 押し倒すといえば……

 

「言い忘れてた。マージョリーおば様妊娠したって。次帰る頃にはお姉ちゃんだな。いつになるかわからんけど」

「ついに溢れ出る性欲に耐えきれず人の母親に手を出しましたかこの性暴力加害者!!」

「誰が性暴力加害者じゃ!! 普通に妊娠しただけだが?! 人の母親孕ませて私のことをお母さんって呼んでいいよ♡とか狂気すぎるだろ悪夢か!!」

「じゃあお父さんと呼べということですか!!!」

「お前のお父さんもおば様を孕ませた種馬も総じて辺境伯様だっつってんだろ!!!」


 なんて感じで、最初の最初でドタバタしつつ。

 騒がしくも楽しい旅が始まったというわけです。

 天下泰平。異世界は今日も晴れ。

 私たちは当てのない旅路を行くのでした。

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