未踏の地を銘々歩く
先週が誕生日だった。
しかし、なぜかここ数日に「誕生日わすれてた、おめでとう!」と約一週間遅れでのメッセージが集中した。
それぞれ別々のコミュニティだから、示し合わせたのではなく、それぞれに思い出すきっかけでもあったのだろうか。なんにせよ嬉しい。
ある友達は、お祝いメッセージのあとに「報告が2つある」と続けた。
「ひとつ目は、出張で北極に行く」とのことで、これには驚いた。
本当にかっこいいと思う。
私はドキュメンタリー番組、特に極地観測船の密着などは、なかなか縁遠い世界なので好んで見ており、その度にワクワクしている。
まさにそんな所に友達が行くというのは感激だった。なんだか羨ましくもある。
「報告ふたつ目は、北極から帰ってきたら結婚することになりました」
これは私たちが普段から如何に物語というものに影響を受け、訓化されているかという話でもあるのだけど、まず「死」がよぎった。
猛烈な吹雪の中、極夜の北極で力尽きた友達がひとり氷に横たわり、ロケットペンダントにある婚約者の写真を眺めている。
そういうシーンを思い浮かべた。
「俺、北極から帰ってきたら結婚するんだ」
洗練された様式美である。
くれぐれもご安全に、と念を押した。
その後は、ホッキョクグマやアザラシらにとっても、婚約状態にあるヒトを見るのは珍しいことなのではないかと盛り上がった。
今日は午前中に本屋をうろうろしていると、また「ついに28歳」とお祝いのLINEが来た。
偶然にも、ちょうどそのタイミングで店内にはNIRVANA「Smells Like Teen Spirit」が流れていて、カート・コバーンならもう死んでいるのか、とベタに思った。
そのあと、セルフレジでいくつか本を精算しようとして、新500円玉が使えない機体に、そうとは知らず新硬貨を投入し、ビービー!!!! とブザーを鳴らしてしまった。
こういう事はそれなりの頻度で起こっているのだろう、離れたところにある有人レジからダルそうに店員さんが出てきた。
私は何をやっているのだ……。
このとき気付いたのだが、友達の北極行きというめちゃくちゃカッコいい様子に私は友達として感激しながら、同時に圧倒もされており、「それに比べて私なんか……」と卑屈になっていたのだった。
カートコバーンなら死んでいる年齢になって、友達は北極に行き、私はブザーの爆音を響かせている。このことが情けなかった。
店員さんはダルそうに私が入れた硬貨を取り出すと、「で、どうします? これ両替します?」と訊いてきた。
私は恐縮しつつそれをお願いし、店員さんから別の500円硬貨を受け取る。
卑屈モード全開で落ち込みながら、改めて硬貨を投入した。
ビービービー!!!!
また!?
慌てて、しかし今度は自力で投入したばかりの硬貨を取り出すと、なんと両替してもらった500円玉も新硬貨だったのである。
「すみません、両替してもらったものも新500円でした」有人レジに報告しにいくと、さっきのダルそうな店員さんは「えー!?」と声を上げて恥ずかしそうにしていた。隣の別の店員さんが「『えー!?』じゃないよ」とつっこみ、それが可笑しくて3人でヘラヘラ笑った。
このかなり小さな事件のおかげで卑屈モードから脱することができた気がする。それぞれのペースでいくしかないのだ。
本屋では、小川哲「君のクイズ」を買った。
あとは益田ミリ「永遠のおでかけ」を買った。益田ミリは私が高校生くらいの頃から朝日新聞にエッセイを連載していて、それが大好きなのだけど、本を買ったのは初めてかもしれない。
他には若林正恭「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」も買った。めちゃくちゃ面白かった。もうすでに何回も読み返している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます