獣と剣
その眼は、冷たくて鋭かった。
心の底から恐怖を感じた。
「なに、死合おうた事を忘れたか?貴様は俺の事を“転生者”と思っていたようだがな」
すると突然、身体の中から黒い靄が飛び出し、剣人へと襲いかかる。
「rrrrr……!!arrrr……!!」
ただ、悲しそうに呻いている。
「あぁ、そうだ。俺と貴様で闘り合った。あの時はお前の負けだったがな」
「frrrr……frrrr……」
ただ、悔しそうに呻いている。
その光景をポカンと見ているだけの僕にいつの間にか、鋭い眼差しがこちらを向いていた。
「お前が件の小僧か。俺は原初の剣。話は宿主から聞いてある」
原初の剣と言ったその男は、
「……それで、小僧よ。なぜお前に狂が宿っている?」
「そ、それは……」
思わず縮こまってしまう。
だが、鋒のように鋭いその視線に逃れることは出来ないと悟り、仕方なく黒い靄と出会った時の事を話した。
「なるほど。壊れた自分に嫌気が差して自死を望み、叶えるために前々から噂されていた森の中へと入っていた……と」
そこまで呟いて、男は苦い顔をした。
「貴様はアレか?バカなのか?」
突然のバカ呼ばわりに困惑する。
「森に入ったところで貴様は死ぬ手段が無かった。首を吊る為の縄は持っていたか?掻き切るための
言葉に詰まっていた。
確かに、どうやって死のうかも考えていなかった。
この森に入れば勝手に何かが殺してくると思っていた。
あの記事を見た時から勝手に身体が動いていたんだ。
それなのに……無自覚に人を殺してしまっていた。
「……」
何も言えなかった。何も反論出来なかった。
「無力な自分を呪いたいか?」
男が言葉を投げかける。
「死にきれなかった自分を、そのクセ厄災の力を手にした自分を殺したいか?」
そして、原初の剣は何かを投げる。
枯葉の積もる地面に突き刺さったのは、一本の短刀。
「なら、ソイツを使って腹を斬れ。介錯ならやってやる」
原初の剣は一本の日本刀を手に呼び寄せる。
鞘から抜いたその刀は月光を跳ね返し、ギラリと輝いた。
「さぁ、どうした。腹を斬らぬならこちらから斬るぞ」
僕はただ、地面に突き刺さる短剣を見つめるだけ。
アイツの言う通りだ。今なら死ねる。この地獄から解放される。やれ、腹を斬れ、腑をぶちまけろ。
しかし、短剣に手を伸ばせない。腕が震えて動かない。
結局は怖かったのだ。死ぬ事が怖かった。
もう失うものが無いと強がっていた。
未来は真っ暗だと諦めていた。
壊れた自分が一番嫌いだった。
それでも、身体は生きたがっていたのだ。
「で…」
気がつけば、霞んだ頭に鮮明に言葉が浮かんでいた。
「できませんッッ!!!!!!」
迫真の叫びが森の中に響き渡る。
「死ねません。死ねないんです!!確かに僕には何もない、でも死にたくないんです!!」
原初の剣の眼差しが更に鋭くなる。
「分かってます、僕はワガママです。僕は臆病なだけなんです。精神がやられただけ、狂ってるって言い訳してるだけのただのクズです。でも僕は、僕は———」
顔がくしゃくしゃになっていくのがはっきりと分かる。何度も大粒の涙が頬を伝っている。
「もういい、泣くな」
原初の剣が刀を鞘に納める。
「よく言えた。そしてよく理解した。貴様に宿る我儘、それが狂の原動力だという事を」
「ワガママが……?」
「まぁ、正確に言えば“殺される”事を前提に日々を生き続けている。要は無自覚にも被虐を望んでいたというべきか。それが貴様の根幹にある」
原初の剣は静かに僕を見つめている。
哀れみはなく、煌めきを持って。
「貴様は死にたいという願望だけを持って死にに来た。その手段を持たずに森へとやってきた。狂からしてみれば貴様は恐れる事なく自らを捧げているも同然の事。そしてそれはとてつもなく極上の狂気」
彼の瞳がギラリと輝く。
「貴様は確かに原初の獣に選ばれた。恐れる事も泣く事もない。誇れ。貴様は死を思い、命を喰らって生きろ。その命を自らの死の為に使え」
———狂気というのは、多種多様だ。正義を突き詰めた結果や、自らの快楽の為、ありとあらゆる人が持つ、獣へと回帰する為の手っ取り早い手段。
ああ、そうだった。
狂気は、王の為だけに有るものではない。
どんな有象無象にも必ず狂気を孕んでいるのだ。
僕が王になる事など到底無い。
それでも、僕は死ぬまで狂ってやろう。
内に宿る獣の王と共に暴れてやろう。
死ぬ為に生きる。それがどんなに難しい事なのかは分からない。けれども、何も無いよりかはちょっとマシになるんじゃないかな。
———-
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