厄災。その惨禍(讃歌)

 それは惨状というには余りにも酷すぎるものだった。

 森の中には何人もの死体が転がっている。

 昏い夜の森の隙間に白い月の光が差し込み、無様に散らばっている死体を照らし出している。


 既に噛みちぎられた死体があれば、爪に抉られたような傷ができた死体もある。

 だがその死体は全て例外なく森の養分になっていく。


 奪い取った活力、魔力は樹海の隅々まで行き渡り、木々を成長させる肥料となる。

 そして、その木々の大元に接続されている獣の王に全てが辿り着く。

「arrrrrrrrrrrr……urrrrrrrrrrr……」

 量だけでなく質も良い魔力がそれの身体の中を巡っていた。


 ざわざわ……森が震える。

 また、森に入ってきたのか。

「あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃっっ!?!?!?」

「ゆるしてくれぇぇぇぇ!!」


 森の中にさまざまな断末魔が聞こえてくる。

 助けを乞う声も聞こえる。

 慟哭が聞こえる。

 後悔する声が聞こえる。

 嗚咽が聞こえる。


 森の中に響くのは、愚かな者達の叫びの合唱。

 ただ虚しく響き渡り夜空に吸い込まれ、残る肉体は全て木々の養分となるのだ。


 哀れだ。

 しかし獣の王は嘲笑う事なく、その叫びを聞いているだけ。

 黒い靄を燻らせて、空を見上げていた。


 獣はいくら王であろうとも人にはなれない。

 だが、人の模倣はできる。

 個の人間持つ思考、感性の再現は出来ずとも、人としての特徴を捉えたオーソドックスな人間としての外殻だけは再現出来るのだ。

 それもサンプルが多ければ多いほど、人間の型の細部まで綺麗に再現出来るようになる。

 

 そして、森の中で黒い靄から生まれたのは、普通といえば普通すぎる平凡なただの人間の殻だった。


 吉崎大には全く似ていない、もう一つの人間がそこにいた。

「frrrrrrrr……」


 それでも、人間らしくはない。ただ喉の奥か唸り声を上げ、夜空を見上げる。

 黒い空にぽっかりと浮かぶ白が眩しい。

 それでも、がある今ではこちらを祝福するかのように輝く様に見える。

 獣は祈る。月に向かって膝をつき、静かに瞳を瞑り、

 明日が来る事を祈った。


 *


 原因不明の配信者連続失踪事件。

 メディアはダンジョン配信の危険性やダンジョンへの侵入を止めるように呼びかけるが、そんなもので熱を帯びている人々を止められる事はもう出来なくなっていた。


“旧場広町樹海にはレアなアイテムが散らばっている”


 ゲソミンを始め、有力な配信者達が森の中に消えていく中、樹海内では配信者達が今までに手に入れたレアで高価なアイテムが落ちている事がわかったのだ。

 それが憶測ではなく、理論と実証を持って明かされた事実であるが故に、旧場広町樹海へ向かう人々を増加させる一手となってしまった。


「……」


 一人。

 宙に浮く剣の上で月下の地方都市を見下ろす者がいる。

 確固たる証拠は既にある。

 がファミレスでベラベラと喋っていた通り、特機の隊長が話した通り、あの森にいるのは——“原初の獣”。

 星に生まれた生命の根源が日本の地方の森の中にいる。

 魔力の集中する東京ではなくただの地方に、だ。


「日本の地は久しいな……さて、を死合おうじゃないか」

 剣の上で立つ男は月の光を背景にニヤリと口角を上げ、笑った。

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