最終章 現点回帰編
終局の地へ
決戦前夜
人間は弱い。
どんな聖人であろうとも、心の中に僅かでも、利己的な企みを持たない人間などいないだろう。
それが人の弱さだ。悪魔はその些細で、僅かな隙間に入り込む。
─────────最終章────────
─1─
風が気持ち良い。確かに存在を感じつつ、それでいて不快感のない強さで吹いている風が、肌に心地良い。
この世界の風は、どうしてこんなに心を癒してくれるのだろう。俺はこの世界で感じるこの空気が大好きだった。
「帰ってきたな、王都サンダリア。」
太陽がもう少しで頂点に達する頃、俺達四人は全ての結晶の捜索を終え、一旦ルイーザの任務の報告の為にこの都市へ帰ってきていた。
「さぁて、騎士団長殿は喜んでくれるかねぇ。あたしらの報告聞いてさ。」
騎士団本部の前で、ルイーザは伸びをしながら心を整えている。
「どうだろうな、
ジュードは残る懸念に顔を僅かにしかめている。
「何にせよ、後は準備を整えて現地に向かうだけだな、着物の人がちゃんと来てくれるのを願おうぜ。」
俺達がやるべき事はあと二つだ。
最終決戦の地、レーベ北西の雪山───タイナ山の洋館へ向かい、シャドウの討伐と、禍津の封印を成し遂げる事。
そして、元の世界へ帰ること。
────────────────────
───王都サンダリア騎士団本部、騎士団長室───
「そうですか…なるほど、ひとまずご苦労でした。あなた方の情報を踏まえた上で我々も作戦会議を開きます。あなた方の代表者一名で良いので、可能であれば参加頂きたい。」
騎士団長フレデリカ・シュヴァリエは相変わらず無骨な兜を被っていて表情が見えないが、声色からは多少の深刻さが伝わってくる。
「では、私が参加しましょう。他の皆を休ませたいので、どこか休息を取れるような場所を手配して頂けないでしょうか。」
立候補したのはルイーザだった。元々ここに来たのは彼女の任務なので、必然なのだろう。
「もちろんです。以前利用して頂いた宿舎に空きを作ってあるので、そこを使ってください。」
なるほど、ルイーザが予め手紙を送っていた為か、俺達の帰還に合わせてあらゆる物が既に手配済みのようだ。
「ルイーザ、また後で。そちらは任せたぞ。」
宝剣に宿していたメアリーを解放した影響か、ジュードの表情はどこか柔和になった感じがする。本人は全く弱音を吐かなかったが、ずっと無表情だったのはメアリーの魂を維持するのに相当体が堪えていたからなのかもしれない。
「あぁ、こっちは任せな!あんたらも今日はゆっくり休みなよ!」
こうしてルイーザを除いた三人は、騎士団が管理する宿舎へと向かい、ルイーザは騎士団の緊急作戦会議に参加する事になった。
────────────────────
「ふぅ〜…。」
その日の夜、宿舎の自室にあるベッドに横たわっていた俺は、この世界で起こった出来事を思い返していた。
「色んなこと、あったな〜。」
何度も死にかけたし、記憶の結晶を巡る中で精神的に辛い思いも沢山した。それでもどうしてか、この世界ですごした日々は心の底から楽しかったと思えるのだ。
「後悔だけはないようにしねぇとな…。」
この世界に迷い込んだのが偶然なのか、必然なのか…それは今の時点では分からないが、大好きなこの地の空気に再び触れることが出来るかどうかは…正直分からない。だからこそ、思い残す事だけは無いようにしようと決めていた。
「佐藤は…本当に俺の事が好きだったんだな…。」
最後に見た記憶で、佐藤の真意を間接的に知る事が出来た。だから、俺はあの世界に帰ったらまず彼女に謝らなければと思っている。だが───
───例え彼女が俺を許してくれたとして、俺は…どうするべきなのだろうか。
俺は葛藤していた。この世界に来た事で、俺は初めて心の底から異性を好きになってしまったからだ。
だが、俺とケイトが再び会えるという保証は無い…。
自分の気持ちを優先すべきなのか、不明瞭な未来を加味して希望を捨てるべきなのか。
それは、十四歳の俺にとっては、あまりにも大きすぎる悩みだった。
ぼーっとしていた俺にスイッチを入れるように、ノックの音が響く。
「ショウマ坊!ただいま!」
「あ、ルイーザ…!お疲れ様!」
俺はベッドから体を素早く起こして彼女の元へ向かうと、ドアを開けて彼女を招き入れようとした。
「あ、報告だけだからすぐ済むよ!今日はゆっくり休みな…。」
ルイーザは部屋の中に入ってくる事は無く、玄関口で話を続けた。
「作戦会議が終わったよ。決行は三日後。騎士団とあたしらの総力戦だ。」
───決戦まであと三日。多少の猶予が出来た。
この間に、俺はちゃんと決断しなければならない。
─2─
───作戦開始まで残り一日。頭を悩ませまくったり、ジュードやルイーザに相談したりしていたら結局ギリギリになってしまった。
その日の朝、俺は意を決してケイトの部屋を訪れた。
「あら、ショウマ。おはよう、随分早いんじゃない?」
ケイトは寝起きなのか、少し跳ねた髪を手で抑えながら俺を出迎えた。
「あぁ、おはよう。あ、あのさ…。」
俺は意を決して彼女に伝えた。
「ち、ちょっと…出かけようぜ!!!」
────────────────────
───俺がケイトを誘ってから約一時間半。
「ごめん…!お待たせ!」
ケイトは何だか恥ずかしそうに少し俯いて目を泳がせている。
「あ、あぁ…そんじゃ、行こうぜ。」
それから俺達は心ゆくまで街の中を探索した。
流石は王都と言うだけあって、街中には沢山の衣料品店、お洒落なカフェ、劇場が立ち並んでおり、俺達は興味の赴くままに片っ端から楽しんだ。
「あ!ショウマ!見てよ!ダークモカチップ…フラペチーノ…?だって!私あれにする!ショウマは!?」
「ん〜、俺は…バニラクリームフラペチーノにするわ。」
「ふふ…あなた結構甘党でしょ、それ私が昔好きだったやつ。」
ケイトは口に手を当てて笑った。
───こんな具合にカフェでドリンクをテイクアウトしたり。
「あ!俺あれ見てぇ!!最後の騎士王だって!!めっちゃ面白そうじゃん!!見ようぜ!」
「しょうがないわねぇ…。」
───二人で舞台劇を見たり。
「これと…これと、これね。はい!試着してくるから!」
「おぉ〜い…同じの何回着んの…?」
「同じじゃないでしょ!ほれ!素材が違うの!今から着るやつの方がサラサラしてて着心地良さそうなの!」
───こんな感じでケイトの服選びに三時間程付き合わされたりした。
───ただ楽しいだけの幸せな時間も、そうやってあっという間に過ぎていった。
「はー!今日は楽しかった!誘ってくれてありがとね!」
ケイトが満面の笑みで俺の隣を軽快に歩いている。
「俺も!なんだかんだこの世界に来てからこういう時間過ごしたこと無かったし、すごい新鮮だったなー。」
俺はこの時心から会話出来ている気がした。そこに躊躇いも不安も無い。会話の中身を考えることも無い。
「私さ、前にここに来た時、正直あんまり居たくなかったのよね。ほら、私あんまり気持ちよく魔法学校を出ていけなかったからさ。ここで過ごす日々とか、なんか色々昔を思い出しちゃうから…。」
ケイトは少しだけ影を見せた表情をしたが、すぐに明るさを取り戻し───
「でも、あなたのおかげでこの街がまた好きになれた!楽しいって思い出で埋め尽くせた気がするの!」
───俺が、誰かの心を穴埋めできたということだろうか。
ケイトと俺は過去に近い経験をしている。独りよがりになって、ただ自分の目的のためにひた走った結果、孤独だけが周囲にまとわりつくようになったのだ。
ケイトはそれを知っている。俺は断片的にしか知らないけれど、だからこそケイトは俺に心を開いてくれるのだろうか。
(
「ケイト…。」
俺は立ち止まって彼女の名前を呼んだ。
「ん?───」
「好きだ。」
俺はもう迷わない。どんな未来が待っていたって構わない。俺は真っ直ぐ生きていく。
─3─
「ショウマ…これ、渡しておくね。」
俺達二人は、俺の自室で寛いだ時間を過ごしていた。夜も更けてきて、明日に備えてそろそろ寝なければ…そう思っていた時に、ケイトはルビー色に輝く綺麗な宝石のペンダントを俺に渡した。
「うわ…綺麗な宝石だな…。いいの?」
ケイトは幸せそうな笑顔を俺に向ける。
「うん。あなたにあげる。私が魔法学校時代に学校から授与された宝石なんだ。」
「え…そんな大事なものを?」
「うん。ストレザナイトって言うの。ジュードと話して決めたんだ。明日、もし私達がそばにいられなくなったり、あなたが困ったりしたら、これに頼って。」
───それからケイトはその宝石の概要を伝えてくれた。どういう経緯でジュードを頼ったかも、その宝石を俺に渡した背景も。
俺はその宝石を受け取ると、思いを込めるように胸の辺りで握りしめた。
「大丈夫、俺が皆を護る。皆とまた会えるように。ケイトとまた同じ時間を過ごせるように。」
───俺はこの時決意した。必ずまたこの世界に帰ってくると。その為にも、明日は必ず生きて元の世界に帰ってみせる。
俺達二人は、決戦前の最後の時を共に過した。
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