白雪姫は毒林檎を食べない

姫宮未調

プロローグ 目覚め

私はふかふかのベッドで目を覚ました───。



☆。.:*・゜

今は珍しい孤児。ぬいぐるみさえ与えられず、規則正しい生活のみを教わり、18歳で出された。

いつから育てられたかもわからず、拾われてから18年目の春だった。

体は健康そのものでも、無知だった。

与えられた娯楽は童話の絵本のみ。

私の世界情緒の全てだった。

小さな鞄ひとつ持たされただけ幸せかもしれない。

欲を掻き立てるものなどなかったから。

初めての外の国。

与えられたのは「マリナ」という名前だけ。

一緒に過ごしたのは2人の女性と小さな女の子が3人。

挨拶以外の会話はあまりなく、覚えていない。



昨晩のことだった。

「あなたは大人になりました。1人で生きることになります」

いつもの口調で告げられた言葉に私は意味がわからず黙っていた。

「私も嘗ては同じでした。働き口も中々見つからず途方にもくれましたが、こうしてお金を稼げたことにより、小さいですけれど家を持ち、育てられました」

心無しか柔らかい口調だった。

「私が何とかなったからあなたも何とかなる、などと楽観視したことは言いません。私と同じ道を歩めとも言いません。あなたに極端なことを教えてこなかったのは先入観で困らせたくなかったからです」

そっと小さな鞄を手渡してくれる。

「愛情や人情を知らずに育ちました。外は色々な感情で溢れています。知っていればよかったと最初はおもいました。でも、小さなこの世界がすべてではありません。人には個性というものがあります。これからは自分で選択し、自分で決めてください。今までの生活にヒントを散りばめました。あなたはそれをどう判断し、行動するのか」

こんなにも彼女が話すのを初めて聞いた。

「……ごめんなさい。こんなことを言ってはこの道を選んだことを後悔していると言っているようなものですね」

私は彼女が何か告げたくて、でも上手く伝えられないのだと気が付いた。

「……いつも言葉を選んでまっすぐに導いて下さり、ありがとうございます」

私の言葉に、ポーカーフェイスだった彼女が初めて破顔し涙を流した。

「ありがとう……。私は……恋愛を失敗し、たまたま同郷だったエリアと再会したのです。彼女がいなければ今私はここにいなかったでしょう」

ああ、この人は不器用な人なんだとおもう。

「……あなたを見つけたとき、最初はそこに何も無かったんです。でも、急に光出して、光が収束するとそこに赤ちゃんがいたんです」

「それが……私、ですか? 」

「はい。だから何か不思議な運命を持っているんじゃないかと。いい運命か悪い運命かは分からなくて……。エリアと住み始めて間もないころでしたが彼女に『この子を育てたい』と。あなたが最初だったんですよ、マリナ」

私が彼女の運命を決めてしまったのだろうか。

「あなたがいたから、今の私があるんです。結局のところ、外に馴染めなかった2人に光を与えてくれたのはあなたです。本当の家族のようにずっといたいとおもいました。ですが経済力が足らないことを知りました。外を見てきただけの無知な私たちではここまでが限界です。ごめんなさい」

「ミス・カサンドラ。私は1度たりとも冷たいとも厳しいともおもいませんでした。あなた方は『生きる』為に必要なことを教え、育ててくださいました。だから私は今まで飢えることなく、安心した睡眠を得られ、空腹を満たせる食事を与えられ、清潔でいられました。これ以上の贅沢はありません」

スラスラ出る言葉。嘘は無い。

「マリナ……、あなたの未来に何があるか分かりません。ですが、幸多からんことを願います」


翌朝、早くに私は出る。

「……18年間、ありがとうございました」

しっかりと扉を閉め、18年間過ごした箱庭に会釈をした。


……


……


……


「……行きましたか? 」

「ええ、優しい子でした」

「ミス・カサンドラ。随分とがお上手ですこと」

「……私たちとあの方はでなくてはいけませんから」

「そう、ですわね。まぁ、そこ以外は大体本当ですけれど……早くに出て下さって助かりましたわ」

「ミス・エリア、口数が増えましたね」

「だってそうでしょう? ミス・カサンドラ。くらいは歓談したいものですわ」

窓から走り去るマリナを見つめる養親のふたりの背後に黒い禍々しい渦が現れる。

「……にしたいんですか? 」

「ふふ、ちょっと生きたくなりましたわ」

「わざと淡白にしましたのに、あんなに良い子にお育ちになられた……」

「また、なんて思ってしまいましたわ」

「同感です」

「ごきげんよう、ミス・カサンドラ! 」

に導かれんことを! ミス・エリア! 」


渦が開ききる前に別々に飛び出すふたり。

一瞬にして箱庭が廃墟に変わる。

3人の子どもたちはちいさな木偶人形となり、その場でくずれた。

まるで、何十年も前からそうだったかのように。


──ダン!!


渦から大きく、真っ黒な甲冑を纏った屈強な男が飛び出した。


──バキバキバキ!!ドスン!!


見事に床が抜け、1階の床板にも穴を開けた。

「……」

予想していなかったのか、真顔で固まっている。

「ロジャー氏!! 大丈夫ですかぁ?! 」

「……隊長とよべ!! 」

2階の穴から覗く青年の声にハッとして怒鳴りつけた。

「いや、俺は案内人なんであなたの隊員では……」

「うるさい!! 案内人ならなんで?! 」

「……間違えてはないですよ」

「じゃあここはなんだ?! 」

「きまってるじゃないですか。……んですよ」


☆。.:*・゜


そんなことも知らずに走る私の目の前が眩しく光出した。

私をミス・カサンドラとミス・エリアに会わせてくれた光だろうか。

きっと大丈夫! と速度を緩めず突っ込んだ。


そして、冒頭に戻るのだ。


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