第22話丸の内線に乗って

「よ、良かった、間に合った……」


 私は今にも出発しようとしている丸ノ内線に、息を切らしながら乗り込んだ。


 発した声に驚き、何人かの乗客は私を軽く睨み、再び戻った静寂と共に、各自それぞれ好きなことを再開する。


 ただ1人を除いては……


 見たところ、年の頃私と同じ20代後半いくかいかないかの彼の隣に座る。


 それから、恥ずかしさを隠すように身なりを整えたものの、矢張先程から送る視線が気になるので

「あの……何か?」

と、少々突っ慳貪な瞳を向けて訊ねてみた。


「済みません、かなり慌てていたので何かあったのかと思いまして」


 彼は謝ると同時に私から視線を逸らす。


「妻が産気づいて、池袋の病院に運ばれたと連絡があって」

「お子さん?」

「はい」


“初めての子供です”と素性の知らない彼に、そう説明すると

「おめでとうございます!」

と、まるで自分のことのようにお祝いをしてくれた。


「僕はこれから、声を当てに行きます」

「声?」

「初の主役です」

「そうですか、それはおめでとうございます」

「どちらもめでたいですね」

「そうですね」


 私も彼もにこやかに笑いお互いを讃えあう。


 そんな他愛もない話をしているうちに、気付けば私は目的地の池袋駅に到着していた。


 そして、別れ際に彼に一言“応援している”と伝え、足早にこの場を去る。


 こんな面白い縁があるのなら、地下鉄の移動も悪くないと、普段はJRを利用している私はそう思った。


「……彼の名前を訊くの、忘れた」


“この先縁があるかもしれないのに“と、後悔の念を抱いて呟く。


 数十年後、再び出会う縁があるとも知らない私は、出口へ向かって歩き続けた。


令和3(2021)年11月15日17:24~17:53作成


Mのお題

令和3(2021)年11月15日

「東京の地下鉄から始まる物語」

※地下鉄丸の内線を使用

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る