202日目 脳内シャーロック「寒い日の駐車券」

 こんにちは、レンズマンです。昨夜は武士道と夜更かしで通話をしてしまったので、昨日の日記を今から書きます。

 昨日はとんでもないドジを晒してしまいました。人さまにご迷惑までおかけしてしまったので、これは反省しなくてはなりません。


 昨日、僕は近所の図書館に行きました。昨日は随分寒くて心が外出を拒みますが、絶対に図書館に行かなくてはならない理由がありました。何故なら、昨年末に借りた本の返却期限が、正に昨日だったからです。作業がひと段落した午後、15時ごろに出発の用意をします。午前中に行かなかったのは、ひょっとして午後から気温が上がるかもと言う淡い期待でした。ところが、午後になっても気温は上がらず、僕は自動車で向かう事を決意します。 図書館の駐車場は立体駐車場で、駐車券を受け取って中に入る必要があります。僕は入ってすぐの一階に車を停めて、財布など最低限の荷物を持って車を出ました。今日は寒いですし、さっさと用事を済ませて帰ろうと思ったのです。ところが、新たに借りた本が面白くて、約一時間ほど図書館に滞在することになりました。さて帰ろうとした時、僕は駐車券を失くしたことに気が付きます。僕は一体どこで駐車券を失くしてしまったのでしょう? みなさんも、一緒に考えてみてください。

 

 「また失くしモノか」警部はもともと細い目を更に細めて、心底呆れている様子だった。「この馬鹿眼鏡はいつになったら己のドジを治すんだ。カスみたいな推理に付き合わされる読者の気持ちを考えたことがあるのか。大方、車に駐車券を忘れていたという話に違いない。多くのドライバーは駐車券を運転席上部のサンバイザー(日よけ)に挟んだり、ボードの上に置いたりするだろう。こいつもそうして、愚かにもそれを忘れているだけだ」「この日記の読者は、奴のドジを笑いに来ているのですよ、警部。それよりも――」シャーロックは合わせた手を額に寄せる。端正な顔の中に沈む鋭い視線を僕に投げかけた。「図書館内で立ち寄った場所を正確に教えてもらいたい」彼にそう詰められては、話さないわけにはいかない。僕は、図書館に入った後、真っ先に一階の総合受付に向かいました。「本を返却するためだろう」警部はわかり切ったことを言うなと言いたげに、尚の事不機嫌さを増している。ところが、僕は首を横に振った。総合受付には、駐車券を「機械」に通すために立ち寄ったのだ。そうすることで、この図書館では駐車料金が二時間無料になる。「なんだと? では、この時点では駐車券を持っている。ということは、駐車券を失くしたのは図書館内に絞られるではないか」「続けて」呆気に取られている警部と異なりシャーロックはとにかく話を進めるように僕に促した。それから僕は、本を返すために二階の総合受付で返却手続きをして、検索機を使って今日借りる本を選んだ。しかし、検索機では場所が絞れなかったため、レファレンスに立ち寄って印刷した情報を基に司書さんに本探しを手伝ってもらった。借りたのは、「超高速! 参勤交代リターンズ」と、同作者のもう一冊。前作を読んだことで内容が気になったので、窓際の席を探して、開いたところを狙って席に座ったんだ。だけど、目の前がちょうど開閉可能な窓だったので隙間風が寒く、そこからさらに席を一つ横に移動した。目の前には市役所庁舎があって、眼下にはパン屋さんの移動販売が行われていたのをよく覚えています。僕はそこで30分ほど読書をした。読書時間に関しては、僕は読書をするときはノルマのタイマーを動かしているから間違いない。それから――「ちょっと。よろしいかな」何か気になった様子で、シャーロックが僕の話に割って入る。「本を読んでいた時、荷物はどうしていたのかな」財布の入ったカバン、それから貸し借りする本を入れるための袋は近くの机に置いていた。「ありがとう。続けたまえ」シャーロックは安楽椅子に深く腰掛ける。一方警部は無駄な話を続ける僕に苛立っているらしく、貧乏ゆすりが激しくなっていた。ええと、どこまで話したかな。そう、本を読み終えてから、再び二階総合受付に立ち寄って実際に本を借りる手続きをして、それから図書館をあとにしました。ところが、駐車場に戻って清算をしようとした時に僕は顔を青ざめます。駐車券が無い事に気が付いたのです。いつもならスマートフォンの手帳型ケースに挟み込んでいるのに、今日はそうした覚えがない。一体どこにやってしまったのやら……。

 「話にならん!」警部は顔を真っ赤にして怒った。「今まで立ち寄った場所を総当たりに探して行けばいい話だ。そんなしょうもない話の為に私を呼び出さないでもらいたい」彼の怒りはもっともだが、それで済めばこんなに大げさな話にはならないのである。当然、僕は彼にNOを突きつけた。図書館内、前述した場所のどこにも駐車券は落ちていなかったのだ。僕は、駐車券を見つけられなかった。「なに? 本を読むために座った席を間違えたのではないか。鞄を置いたと言っていた、あそこが一番怪しい」それは僕も考えたが、目の前の景色が印象的だったので席を間違えることは無い。仮に、僕の後に座った誰かや、通りすがった誰かが駐車券を拾ってしまう事も考えられたが、結果的にそれはなかった。「むむむ……」警部は随分真剣に唸っている。それから何かをひらめいたらしく、頭上に電球が浮かんた。「わかったぞ。トイレだな。虚弱馬鹿眼鏡の事だ、出発前に食べたおやつのドーナツが腹をもたげたに違いない」この程度で腹を下すものか、と僕は言い返してやりたかったが、僕に関して言えばあり得ない話でもないので反論はできない。だが、今回に限っては、珍しく一度もトイレに入らなかったのだ。「なんだと。珍しい」ついに警部が黙り込んでしまったのを見て、シャーロックが微笑んだ。「警部、そろそろ正解を言い当ててもよろしいかな」「なにを。シャーロック、君にはこの難題の答えが見えているのかね」「簡単なことですよ」微笑みを湛えていた彼の表情がすうっと変わっていく。冷たいまなざしは、馬鹿眼鏡に対する軽蔑の意図を含んでいた。「駐車券は総合受付で見つかったんです」「なに? 総合受付だと? だが、さっきこの馬鹿は前述の場所では見つけられなかったと」「そうです。だが、よく考えていただきたい。この馬鹿眼鏡が自力で物を探して見つけられるでしょうか? 事実、今回は本を探すために司書の手を借りている」これに関しては心外だ。普段なら、検索機に表示されるMAP表示を頼りに自力で本を探している。だが、今回探した本がたまたま対応していなかっただけで……。「機械に頼れるならまだしも、駐車券は機械に場所を教えてもらえない。この馬鹿眼鏡には荷が重すぎる探し物だと言えるだろう」僕は黙った。「彼は自力では見つけられなかった。だから、受付を頼ったのです。いきなり総合受付を頼ったのか、レファレンスに声をかけたのかはわかりませんが、どのみち落とし物案内をする場所は限られる。冷静に考えればわかることですがね」警部は自分をバカにされたものと思って憤ったが、彼の皮肉の先が僕を指しているのは明らかだ。彼の思う通り、僕は最初にレファレンスに声をかけている。本を尋ねた時においてしまったのかもと思ったからだ。だが、結果的に総合受付を案内され、司書さんには駐車券を落とした哀れな愚か者と言わんばかりに冷ややかな視線を向けられることになる。「結果、落とし物を届けてくれた親切な第三者によって駐車券は。ただし、見つけたのはこの男ではない。……ということです」全てが正しくて僕は戦慄する。シャーロックに追いつめられるたび、僕は恥を世間に露わにしていくのだ。だが、最も重要な秘密、最大の恥だけは気づかれていない。僕は参りました、なんてへらへらとした笑みを浮かべながら、内心はほくそ笑んだ。「まったくもって紛らわしい! 見つかったなどと、最終的には自分で見つけたような口ぶりを。中途半端な見栄が尚の事みっともない」警部の容赦のない罵詈雑言に僕は心を冷やす。しかし、シャーロックは優しく微笑んでくれた。「そう悪く言うものではありませんよ。今回、この男は嘘だけはついていない。推理の公平性を保とうという彼なりの矜持があるのでしょう。そうだろう? Mr.馬鹿眼鏡」優しい口調が一変、急に厳しく恐ろしい声色に変わったことで、僕は金縛りにあったような心持ちになってしまった。まさか、気付かれているのだろうか。そう頭によぎった時点で、名高い諮問探偵が僕のドジを見逃してくれるはずもなかった。「そう、この男は嘘だけは言っていない。だが、隠し事はたくさんしている。この男はまだ、『見つかった場所』を隠している。それこそが、今回の謎に含まれる最大の恥だ」断言するシャーロック。それにはさすがの警部も狼狽えた。「最大の恥? ここまで生き恥を晒しているのに、まだ大きな恥があるのか?」警部の言いようにシャーロックはどっと吹きだしてしまった。ひとしきり笑った後、彼は何度も頷く。「ハハハッ、ですが、そうです。お忘れでしょうが、この馬鹿眼鏡は我々の想像を絶するドジなのです。それが前提条件であることをお忘れなく。いいですか、確かに今回の主題は駐車券を失くしたことです。だが、実は犯したドジはもう一つある。この男は、本を返しに来たにもかかわらず、本を持たずに図書館に入ったのです」「な、なに? 何を言っている?」探偵の言う意味が分からず、警部は目を見開いたまま固まった。想像を超えたドジに脳が思考を拒否している。「最初の証言を思い出してください。この男は、『財布など必要最低限の荷物だけを持って車を出た』と言いました。ところが、本を窓際の席で読んでいた際は『財布の入ったカバン、それから貸し借りするは近くの机に置いていた』と証言しています。明らかに荷物が増えています。では、いつ増えたのか。最初に駐車券を『機械』に通した後、本を返却するとき。この男は、肝心の本を車に忘れてきたことに気が付いたのでしょう。あるいは、家に忘れたのか。どちらにせよ、彼は一度駐車場に戻った。わかりますか? コイツは図書館内のどこにも、立ち寄った場所に駐車券はなかったと言った。であれば、考えられるのは図書館の外、立体駐車場しかない。この男は、駐車券を一度館内に持ち込んだにもかかわらず、わざわざ駐車場に戻ってから失くした、奇跡のドジなのです」警部は驚きと呆れで声を失っている。僕はと言えば、全ての恥を晒されたことで雪のように白い顔をしているに違いない。しかし、シャーロックの追い打ちは想像を超えて続く。「冒頭でやたら寒さを強調していたのも、当時の寒さを理由に慌てたことを言い訳にするつもりだったのでしょう。ドジの癖に自分の外に原因を見つける事だけは得意な、どうしようもない男です。なんせ、この恥を晒すだけの日記を書くために午前中の二時間を費やすような男ですからね。生産性を期待するだけ無駄と言うものです。さあ、もう満足でしょう。僕は無駄にした時間を埋め合わせるために、コカインでもたしなむとするよ」そう言って、彼は安楽椅子を回して僕らに背を向けた。彼はすこぶる機嫌が悪い。何故なら、今回はあろうことかこの馬鹿眼鏡が彼にとって最大の友人であり助手である男の真似事をして語り手を担ったからだ。せめて、彼が居てくれたなら、シャーロックの皮肉も多少はマシだったかもしれない。

 

 というわけで、駐車券を駐車場で失くした話でした。更新が遅れた上に長々としょうもない話をして申し訳ありません。

 ざっと記事を見返したところ、前回の脳内シャーロックは102日目。約百日前でした。別に普段よりも人気のある記事と言うわけでもありませんが、この形態で自分の恥の話をするのが好きなので多分またやります。変な形のホームズの夢小説見たくなってきました。ちょっと興奮します。誰だってホームズに追いつめられたいでしょう?

 こんな馬鹿眼鏡のカス推理に付き合ってくれる警部はひょっとしたら人格者なのかもしれない。そして、それは読者の皆様も同様です。いいことしたな、くらいに思っておいてください。皆さんの今日のいいことノルマは「無職の恥晒し」で決まりです! ……嫌? そうかぁ。


 では、いい加減この辺で。お疲れさまでした。

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